第23話:会食
コース料理が予約されていたらしく、次々と皿が運ばれてきた。新しい皿が到着するたびに店員が説明してくれたが、私はフランス料理に詳しくないうえに緊張していたのでほとんど聞き取れなかった。食べるのが遅い私は料理が運ばれてくるスピードに追いつくのに必死だった。小夜子さんと旦那さんは料理を口に運びながらも談笑を絶やさない。同じ料理を食べているとは思えなかった。ナイフとフォークを忙しなく動かしながらだと会話が頭にうまく入ってこず、だんだん二人が違う言語を話しているかのような気がしてくる。
岡村さんはというと、会話にあまり参加せずに黙々と食べ続けていた。
「いつもどんなものを作るんですか?」
スープを飲み終えて一息ついたところで、私は岡村さんに訊ねた。岡村さんは肩をすくめ、気恥ずかしそうに答えた。
「バッグやぬいぐるみを作ることが多いです」
「バッグなんて作るよりも買ったほうが手っ取り早いでしょう」
旦那さんがすかさず会話に割って入ってくる。すでにワインを三杯飲んでいて、顔が赤くなっていた。
「作る過程が楽しいって人もけっこういるんですよ。私もそうです」
私が答えると、小夜子さんが加勢するように言った。
「あなただって、むかし楽しそうにプラモデルを作ってたじゃない。それと同じよ」
「そういうもんかなあ」
一つの作品に取り組んでいるとき、私という存在が現在進行形であると思える。この作品がやがて最高傑作になるかもしれない。いや、最高傑作にしてみせるのだ。創造性という名の薪をくべ、命の火が激しく燃え上がる光景を私は何度か見た。私がいまここに存在し、世界の少なからぬ領域を照らしている感覚。それを味わいたくて、ずっと薪をくべているのかもしれない。
メインディッシュの肉料理が運ばれてくる。骨がついた仔羊肉のローストだった。
「やっぱり仔羊の肉は軟らかくて食べやすいわね」
小夜子さんは完璧な焼き加減の肉に舌鼓を打ち、グラスに残ったワインを飲み干した。私は小さく切った肉を食べながら、いま奥歯で噛みしめている軟らかさの意味を考える。すっかり酔いの回った旦那さんがフランス料理とはなんたるかについて一席ぶつのを聞き流しつつ視線を右に動かすと、岡村さんと目が合った。彼女は相変わらず子羊のように不安げな目をしていた。きっと軟らかい心の持ち主なのだろう。
デザートが終わり、あとは食後のコーヒーを待つだけとなった。小夜子さんがトイレに行くために席を立つ。岡村さんはためらいがちに話しかけてきた。
「最近、タペストリーを作ったんです。サイズも小さいし、志織さんが作ってるのに比べたらまだまだなんですけど」
「大丈夫。サイズよりも、こめる思いの大きさが大事です」
すると旦那さんが私を指さして、
「作品も大事ですけどね、先生。人生だって大事ですよ。いい人を見つけてご両親を安心させてあげないと。あなただけの人生じゃないんだから」
と説教じみた口調で言った。
岡村さんが急に険しい顔になってなにか言い返そうとしたので、私はそれを遮って、
「そうですね」
と笑った。
「そうでしょう。そうでしょう」
旦那さんは腕組みをして満足そうに頷いた。ほどなくして、なにも知らない小夜子さんが笑顔で戻ってきた。




