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第22話:岡村さん



 ほどなくして小夜子さんと旦那さんがやって来た。二人の姿を見て私はほっと胸を撫でおろした。もしも岡村さんが先に来て二人きりになったらとずっと不安だった。きっと私はなにを話せばいいかわからず、しかし黙っているわけにもいかないと焦るあまりまとまりのない話を続けたことだろう。そして岡村さんがつまらなそうな反応を見せるたびに私の話はもっとまとまりがなくなっていくことだろう。初対面の人を失望させることほど私の自尊心を傷つけるものはなかった。


 待たせてごめんなさい、と謝ってから小夜子さんは耳元を指さした。


「素敵なイヤリングね」


 それは桜の花をかたどったイヤリングで、私の数少ない友人の一人からプレゼントされたものだった。私が薄紅色の花びらに指を触れて微笑むと旦那さんが、


「結婚式のときもそうですが、わりかし地味な服を着るんですな」


 とよく通る声で言った。


 私はあまり気にしなかったが、小夜子さんは先に席につく旦那さんの後頭部をムスッとした顔で睨んだ。


 岡村さんは待ちあわせ時刻のきっかり五分前に到着した。旦那さんの会社の人という情報だけで私はてっきり小夜子さんや旦那さんと同じくらいの年齢とばかり思っていたが、じっさいに会ってみると私よりもずっと若い女性だった。髪を後ろで結わえてカンバスみたいに真っ白な額を輝かせる岡村さんは、山羊の群れに迷いこんだ子羊みたいに不安げだった。岡村さんは旦那さんを部長と呼んで頭を下げ、小夜子さんにも頭を下げた。初めましてと挨拶しているところを見るに、小夜子さんもまた岡村さんとは初対面らしい。


 岡村さんは私に対してもほかの二人のときと同じくらい深々と頭を下げた。私は思わず立ち上がって、同じくらいの深さでお辞儀をする。本名の志織と作家名のoriどちらを名乗ろうか悩んだが結局、本名を伝えた。


「今日は仕事じゃないんだから、肩の力を抜いていいのよ」


 小夜子さんは明らかに緊張している岡村さんを、いつもの大らかさで迎え入れた。岡村さんの強張った顔が小夜子さんの笑みによってほんの少しほぐれたようだった。四角いテーブルの各辺に一つ席が用意されていて、岡村さんは余っていた私の右隣に座った。


 私は岡村さんの顔をそれとなく観察した。笑うと頬にえくぼができて、どこがというわけではなく全体的に幼さが残る印象だった。きっと新人社員なのだろうなと思った。だとすると、私に会いたいというのも上司である旦那さんに話をあわせているうちについ口走ってしまっただけで彼女の本意ではないのかもしれない。私はまっさらなカンバスを掲げる彼女に同情するとともに、優しくしてあげたくなった。


「さあ岡本君、今日は先生になんでも質問して」


 旦那さんの口調は引っこみ思案な部下を指導するときのようで、少し圧が強い気がした。私は岡村さんに視線を動かして穏やかに語りかけた。


「私のことでもいいですし、あなたがふだん作っている作品のことでもいいですよ」

「ありがとうございます」


 強張りかけた岡村さんの表情がまた柔らかくなった。


 ほどなくして赤ワインが運ばれてきたのでひとまず乾杯することになった。音頭を誰が取るかという話し合いになるまえに旦那さんが口上を述べ始め、最後に店内に響きわたるほどの大声で乾杯と告げた。

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