第20話:期待
デートという言葉を私は数年ぶりに検索した。ただデートとだけ入力すると東京のおすすめデートスポット二百選というサイトが検索結果の最初に出てきて、東京にはそんなにたくさんデートスポットがあるのかと驚かされる。興味本位でサイトを覗いてみると一位は上野動物園となっていて、私は定番だなと思いながら検索エンジンのホーム画面に戻った。
デートに着ていく服を探しているのだった。まず『デート 服装』と検索し、次に『デート 服装 三十代』と検索し、最後に『デート 服装 三十代 ひかえめ』と検索してようやく私が求めていたような情報にたどり着いた。数枚の写真のなかから、私に体型や容姿が最も似ている一人を選び、彼女が着ている服のメーカーと商品名をスクリーンショットにおさめた。カジュアルだが仕事着として使えるくらいには落ち着いているコーディネートで、背伸びをしすぎないお洒落さが私好みだと感じた。
masaさんからのデートに誘われた私は、悩んだすえに承諾したのだった。今週末は小夜子さんとの約束があるので、来週末に会うことになった。
待ちあわせ場所はお互いのアクセスがいい新宿駅に決めた。話しあいのなかでmasaさんは都営新宿線沿いに住んでいるのだと教えてくれた。私は京王線沿いに住んでいる。路線図を見ながら、二人の使う路線が『新宿』と書かれたポイントで連結するのを確かめる。
服を買いに行った日の夜、私は母に電話をかけた。
「めずらしいね。あんたから連絡をよこしてくるなんて」
母は眠そうな声で言った。私は時差のことを考えずに連絡してしまったことを申し訳なく思いながらも、母が先日Instagramに載せた新作の感想を伝えた。複数の色の生地を用いたパッチワークの作品で、色や形の配置には規則性がないように見えるが、よくよく観察すると風景が極度に抽象化されたものであることがわかってくる。『ヒューストンの朝』で描いた街並みのディティールを排除し、本質の部分だけを残したような作風はパウル・クレーの抽象画を思わせた。
「私もいつかこういう作品をつくってみたい」
と私が言うと、母は、
「あんたはとことん写実的だもんね。私はあの作風もいいと思うけど」
と優しくフォローしてくれた。
「私は写実的というより、説明的なんだと思う。ぜんぶを説明しないと気がすまないし、説明してもらわないと安心できない」
「肝心なことを言わない両親に育てられたからかもね」
冗談めいた口調だった。おそらく離婚の理由のことを意味しているのだろう。
「いつか話してくれると信じてる」
と私が言うと母は、
「作りたいものよりも、まずは作れるものをコツコツと、だよ。そうすれば表現の幅が広がって、作りたいものを作れるようになる」
と、親ではなく作家として助言をくれた。




