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第18話:読書



 キルト教室からの帰りに新宿の書店へと立ち寄った。そこは地下一階と地下二階にわかれていて、私は何度か訪れたことがあるのだが、どのジャンルがどこにあるのかおぼえられずにいつも迷ってしまう。地図を読むのも苦手なら、道をおぼえるのも苦手だった。小学校に通い始めたころ、下校中に迷ってしまって泣いていたところを川瀬のおじいちゃんに何度か助けられた。中学に上がった直後も同じミスをしたが、そのとき川瀬のおじいちゃんはすでに寝たきりになっていたし、私も泣くほどの年齢でもなかったので誰の助けも借りずに自宅までの道のりを見つけ出した。


 店内の壁に貼られた地図を頼りに文庫エリアにたどり着くと、スマートフォンの画面と本棚を見比べながら尾崎翠の『第七官界彷徨』を探した。


 それはmasaさんから教えてもらった本だった。メッセージのやりとりをするうちに好きな作家の話題になって、私が吉屋信子を好きだと言ったところ尾崎翠を薦められたのだ。


「尾崎翠の『第七官界彷徨』なんてどう? 吉屋信子が好きならこの人の作品も気に入るかも」


 十分ほど探したものの自力では見つけられず、店の人に探してもらってようやく目当ての一冊を手に入れた。


 帰宅して夕食代わりにインスタントのスープを飲んでから、買ったばかりの本を読み始めた。私は気になる本があると書店に行って紙の媒体のものを買い、じっさいに読んでみて面白いと思ったら、いつでも読み返せるように電子書籍でも買いなおしている。そのことを職場で話すといろいろな反応があって面白かった。上司はまず電子書籍で買って、面白いと思ったら紙媒体でも買いなおすと言い、営業社員の佐藤さんは電子書籍しか買わないと断言した。新人の高橋くんは本をほとんど読まないとのことだった。私と上司や佐藤さんとの違いは、買う本の種類から来るような気がした。私はキルト関連の書籍や美術系の資料をよく買うが、そうした書籍は紙でしか売られていないものが多いので、最初に紙の本から探す癖がついているのだろう。


『第七官界彷徨』を読んでいると、主人公の町子と私自身がだんだん重なっていくようで胸がざわついた。人間の第七官に響くような詩を書きたいと願いながらも、第七官とはなんなのかわからず悩み続ける町子の姿は、デザイン案が決まらずに悶々としている私とそっくりだった。


 私にとって読書とは理解ではなく経験だった。私は読書をするとき、登場人物に感情移入するというよりも、その人物が自分自身であると仮定して読み進めることが多い。私の心を登場人物のなかに封じこめるのが感情移入だとすれば、私がやっているのは登場人物のほうを私のなかへ引きずりこむような読みかたである。両者は似ているが本質的に異なっている。私が町子になりきるのではなく、町子は私であると錯覚しながら読み進めるおかげで、物語はすんなり頭のなかに入ってくるし記憶にも残りやすい。その反面、これは私のためだけに書かれた小説なのだという勘違いを引き起こしやすくもある。

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