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第13話:夢


 いつから読書が趣味になったのか、もはやおぼえていない。物心ついたときから、かたわらにいつも本があった。言葉少なだと評されていた幼少期、私は決して話したいことがなかったから静かだったわけではない。幼いなりに意見があり、反論があり、未熟な哲学があったが、私はそれを表現するのにほかの子どもたちよりずっと時間がかかった。同級生は私よりも精神的に俊足で、ずんずん前を歩いていく。世界から置いてきぼりを喰らったような感覚。それが私の孤独感の原風景だった。


「志織ちゃん、本ばっかり読んでてつまんない」


 同じクラスの子に言われたことがある。給食後の自由時間だった。


「遊ぼうって誘ってもいつも断るじゃない」


 私は読みかけの本を閉じて彼女の顔を見上げた。彼女はいつも誘いを断られていると言うが、私はむしろいつも読書欲を我慢して一緒に遊んでいると思っていた。


「そうだったの。気づかなくてごめん」


 彼女について行くと、数人のクラスメートが椅子を円形に並べて座っていた。みな各々の手帳を広げて見せあっている。当時、女子生徒のあいだでは可愛らしいシールを集めるのが流行っていて、誰もが自分だけの手帳を持ち、タイル型のシールやふわふわした手触りのシールを見開きいっぱいに貼りつけていた。リング綴じの最後には未使用のシールを保管するための台紙が挟まれていて、そのなかで気に入ったものがあれば交換した。


 私もまたシールを集めていたが、母親の理解をあまり得られないために手帳はそれほど埋まっていなかった。


「ねえ、そのシールとこれを交換しない?」


 女の子たちが物々交換に盛り上がるなか、私は空白だらけの台紙を開いたまま石像のように黙りこんでいた。私を誘ってきた子は私以外のみんなと交換し終えてから、私の台紙をつまらなそうに一瞥した。


「志織ちゃんのシールはいいや」

「どうして?」

「だって、どれも地味だもの」


 それから彼女は周囲の子たちと前日の夜に放送されたテレビドラマの話を始めた。取り残された私は「だったらどうして誘ったの?」と言おうとしたが、言葉がうまく出てこなかった。私は黙って自分の席に戻り、読みかけの本を再び開いた。


 ソファで少しだけ眠るつもりが、いつのまにか朝になっていた。丸まったまま眠っていたせいで腰が痛い。


 寝癖のついた頭を揺らしながら起き上がる。外からかすかに雨音が聞こえた。小窓のカーテンを開くと、早朝の線路が雨に濡れているのが見えた。


 夢の残像が朝霞となって頭のなかにかかっていた。あれは私が小学五、六年生のころの記憶だったはずだ。どうして二十年以上もまえのことを夢に見たのだろうか。左胸に手を当てると、重々しい鼓動を感じた。過去の夢を見たあとはいつも嫌な胸騒ぎがする。スマートフォンを確認すると、masaとは別の男性から絵文字ばかりのメッセージが届いていた。私はそれをろくに読むこともなく、ベッドに向かって二度寝をした。

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