第12話:自信
眉間にしわを寄せてスマートフォンに向かう。『初めまして』という出だしはお決まりとして、続きをどう書くのかが問題だった。やはりまずは返事が遅れてしまったことへの謝罪が必要だろう。まるでビジネスメールを送るときのような緊張感を味わいながら、文字を入力していく。
『初めまして。
ご返信が遅くなってしまい、すみませんでした。
私も小説を読むのが大好きで』
と、そこで手が止まる。いちばん好きな作家を挙げようとしたのだが、誰を紹介するのがいいだろうか。かつて英語の授業で『one of my favorites』という素晴らしい表現を教わってから、私はいちばん好きなものがいくつあってもいいと考えるようにしていた。芥川龍之介の名前が真っ先に浮かんだが、いざ紹介しようとすると、本当にいちばん好きな作家と言っていいのか不安になってくる。いつのまにか『one of my favorites』のなかから『my favorite』を決めようとしている私は欧米的な思想には馴染めないのかもしれない。
本棚に並んだ本を入念に確かめる。私は整理整頓が苦手なので、棚には同じ作家の本がばらばらに並んでいる。三浦綾子の『氷点』の隣に川端康成や太宰治が数冊続き、その隣に『続氷点』が並んでいるのを見て軽い絶望をおぼえた。結局、気の利いた返しが思い浮かばなかったので、『純文学が好きですがそれ以外のジャンルも読みます』というごくありふれた回答に落ち着いた。
おそるおそる送信ボタンを押し、スマートフォンをテーブルの上に伏せて置く。なにかしていないとスマートフォンが気になってしまうので、流し台に残った洗い物を片づけようと席を立った。
最後の皿を洗っている最中にスマートフォンが鳴った。masaからの返信だった。こちらが数日放置していたのだから、返事があるとしても何日か先だろうとばかり思っていた。もしかしてmasaは私からの返信を待ちわびていたのかもしれない。淡い期待が一瞬だけ頭に浮かんだが、私はすぐにそれを打ち消した。私は私が自分で思うほど魅力的でないことを理解している。
メッセージを開封すると、返信を寄越してくれたことへの感謝と、彼もまた純文学が好きなのでこれからもぜひ話をしたい旨がごく簡潔にしたためられていた。絵文字を伴わない落ち着いた文体が好もしい。私もぜひお話ししたいです、という一文が自然と出た。




