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第11話:逃避



 求道者の孤独に魅入られてしまうのは、私もまた孤独を感じながら生きているからかもしれない。大学時代の友人や会社の同僚を見れば多くが結婚して家庭を持っているし、そうでない人も仕事や趣味の世界にべつの拠り所があって仲間がいる。私だけが孤独だった。プライベートの時間をすべて創作に捧げて友人とは疎遠になってしまったし、職場の人間とは良好な関係を築いてはいるが適度に距離を保つようにしている。平日の日中は黙々と仕事に取り組み、それ以外の時間は黙々とキルト制作に打ちこみ、黙々と孤独への一本道をひた走っていた。


 もちろんそれが悪いとは思わない。この数年間の経験から、私はなにかを作ること、そして表現することの難しさと素晴らしさを痛いほど理解している。デザインを考えるとき、糸を縫うとき、私はほかのすべてのことを忘れている。自分の作品、そして自らの心の最も深い部分とひたすら向きあっている。創作の果てに行きつく涅槃のような時間は、私にとっての精神安定剤だった。けれどもひとたびキルトを離れると、それまで忘れていた問題が急に目のまえに立ちあらわれて、心臓をつかまれたような気分になる。


 結婚。出産。健康。老後。気がつけばそんな単語をスケッチブックに書き連ねていた。私が見ないふりをしてきたものたちである。文字にしてみるとどれも画数が多くて角張っていた。それぞれの文字のとめ、はね、はらいが心のいちばん繊細な部分に引っかかり、傷をつけていく。私はスケッチブックを抱きしめたまま背中を丸めて小さくなった。


 のめりこみやすい性格は母ゆずりだった。学生時代は読書に、社会人になってからはキルトに。そのキルトにしても母の影響で始めたものなのだ。ただ私と母には決定的に異なる点がある。母は孤独に耐えうる人間だが、私は耐えられない人間だということだ。独りでいると不安になるし、ときどき泣きたくなる。自ら離婚を選択した母はひたすら作品をつくり続けることで孤独を克服したという。母の背筋はぴんと伸びている。自ら孤独へ突き進む人間はやがて孤高になる。


 私もまた傍目には孤高への道を邁進しているように見えるだろう。だが私にいわせれば逆だった。そもそも私は孤独から目を背けるためにキルト制作を始めた人間なのだ。孤独からの逃げ道に創作を利用し、創作に励んだ結果さらなる孤独に陥る悪循環のなかでもがいている。副業として成立して稼ぎにもなっているのだからいいではないかと自分に言い聞かせてもみたが、ほんの気休めにしかならなかった。創作を仕事の一部として捉えなおしたところで胸のつかえは取れない。仕事ばかりで孤独な人がみな、その生きかたを正当化できるわけではない。


 スマートフォンが振動した。マッチングアプリからの通知だった。


『未送信のメッセージがあります』


 アプリを起動し、編集の途中だったmasaへのメッセージを開く。納得の行く文章がなかなか思いつかず、初めまして、とだけ入力されたまま数日間も筆が止まっていた。既読確認の機能がついているから、相手は私がメッセージを既に読み、かつ無視をしていることまでわかっているはずだ。もちろん、意図的に無視をしたわけではない。ここ最近は仕事が忙しかったのと、キルトのデザインのことで悩んでいたから文章を考える時間がなかった。


 だが、それをまさしく無視というのではないか。私はソファから飛び起きて、返事の続きを考え始めた。

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