第2話 河村所長
――その人は、“親父ギャグ界の大魔王”だった。
入社式の翌日。私たち新入社員は、それぞれの配属先に分かれて初出勤。
私は豊洲営業部所属になった。なぜか。たぶん、面接で言った「人と話すのが好きです!」ってやつを、真に受けられたせいだ。
いや、たしかに人と話すのは嫌いじゃない。が、“親父ギャグ連発の人”と話すのは、話が別だ。
そんな不安を胸に、営業所の扉を開ける。
「おはようございまーす……」
「おっ! おはよう、今日から君が来るって聞いてたよ!」
元気に迎えてくれたのは、河村所長。40代後半くらいで、顔はちょっと強面。だけど笑うとめっちゃ優しそう。
――が、油断したそのとき。
「さっそくだけど、これが君のデスクね。……ま、ここが“君の城”ってやつだな! シロアリに食われないように注意!」
……え、いきなり!?
ツカミが“城”からの“シロアリ”て!!
テンポの速さ、入社式の社長を超えてる可能性あるぞこの人!!
「あと、電話が鳴ったら取ってね。“電話にでんわ”なんて言ってたら、出世できんよ? ……なーんてね!」
だっ、だからそのテンポやめて!? こっちはまだ着席すらしてないのよ!?!?
いやまあギャグの質はともかく、笑顔でしゃべってるし、悪気はないのはわかるんだけど……でも!
「それじゃあ改めて、紹介しよう。わたしが営業所の所長、河村だ。“かわむら”って覚えてね。川のように流れるような指導と、村のように温かい雰囲気がモットー! ……ま、たまに氾濫するけどね!」
それ、指導ミスって怒鳴る宣言だよね!?
しかも自分で言ってて笑ってるし! うわぁ、これ、いま笑っとくべき? どうすんの?
と、そこへ救いの神が現れた。
「所長ー、ギャグはそこそこにしてもらわないと、新人また逃げますよ」
え? “また”???
現れたのは、30代くらいの男性社員。声も低めで、落ち着いてて、いかにも常識人って感じ。
ああ、よかった……常識人……!
「おっとっと、失敬失敬。紹介しよう、彼は星乃くん。先輩社員で、楓ちゃんの教育係をお願いしてる」
「星乃です。よろしくね」
「よ、よろしくお願いしますっ!」
よし、安心安全そうな星乃さん。さっそく隣のデスクに案内され、OJT(なんの略かは知らんが教育係のこと)開始。
初日は社内研修と事務処理だけとのこと。ふぅ、外回りとかはまだないらしい。よかった……今のところギャグもないし……。
「ちなみにね、楓ちゃん、営業の心得って知ってる?」
「え、心得……ですか?」
「そう心得」
所長、戻ってきちゃったーーー!!!
「こー!!のー!!そらのしたぁー!!!」
「ロードオブマイナーか。」
声に出ちゃった。ああ……もう、抑えられない。脳内ツッコミ、口から漏れてた。
「おっ、いいねいいね、反応がいい子だ! 将来有望! じゃあついでにもう一発、“取引先には気をつけよう、うっかりドアを開けたら、はい、ひょっこりポン”」
「……」
正直、怖い。
星乃さんが横でめっちゃ笑いこらえてる。
午後には先輩社員たちとの顔合わせがあり、そこでも所長の親父ギャグは炸裂。
「営業先には、礼儀を忘れず! “お礼を言いまSHOW!”」
「いえーい!」(先輩たち、なぜかノってる)
「そして、打ち合わせ中は“打たれても耐える精神”が大事! ……ただし物理的にはNG!」
「わかりまーす!」(いやわかんないよ!?)
なんなのこの会社。全体的にギャグに寛容すぎる……
ここ、ヴェイル・オブ・スリープ営業部、親父ギャグへの耐性ないとまじでやばい……!
でも、その日の帰り道。駅に向かいながら、ふと気づく。
「あれ……今日、ちょっと楽しかったかも……?」
もちろんギャグは苦しい。でも。
誰かがボケて、誰かがツッコんで、みんなで笑って。
なんだろう。会社って、もっとギスギスしてると思ってた。
なのにこの営業所、空気があったかい。
ボケても怒られないし、ミスしても怒鳴られない。先輩たちはニコニコしてるし、星乃さんはわかりやすく丁寧に教えてくれる。
親父ギャグはきついけど……
この場所、けっこう……いいかもしれない。
その夜。
父に「初日どうだった?」と聞かれ、私はこう答えた。
「おとうさんより強い親父ギャグ師、いたわ……」
「なにぃっ!? それは戦争だ!!」
「違う!やめて、!会社に乗り込まないで!!」
親父と私の“親父ギャグ戦争”が始まるのは、また別の話――。