第82話『俺、カフェで戦う』
※0話あとがきにて、ユズハちゃんが接客中の「BARキラっテーラー」営業してますよ~?
なろう版なら匿名コメントもできるので、
晩ごはんのことでも~、好きなアニメの話でも~、ちょっとした愚痴でも大歓迎ですっ♪
ご来店、お待ちしてますねぇ?
エンリとカエデ、そして俺は――
いつも利用しているファミレスのボックス席にいた。
最近は、もやし生活から少しだけ脱出できるようになった。
とはいえ、まだまだ贅沢はできない俺にとって、
“もやし以外の外食”というだけでご馳走なのだ。
「あっ、潤くん、見て見て~! このチーズハンバーグ、めっちゃとろっとろやん! ウチ、これに恋してまうかも……ふふっ、でも潤くんの方が美味しそうやなぁ?」
おい、俺を料理と比べんな。
しかも“美味しそう”って、どこを見て言ってんだよ。
せめて食欲じゃなくて色気で言ってくれ。頼むから。
「潤さん、今日のセットメニュー……もやし抜きですよ。すごいですね。成長、ですね」
エンリ、それで褒めてるつもりか。
いやまあ、もやしに比べりゃ何食っても感動モノなんだけどさ。
そんな“子供が苦手克服しました”みたいな目で見ないでくれ。
――強いて言えば、落ち着いたカフェで優雅な時間を過ごすはずが、
テーブル上ではすでに小さな戦争が始まっていた。
「なぁ、ウチのポテト一本あげるから、潤くんのナゲットと交換しよ? な?」
「それなら、私も潤さんのサラダ……ひと口、欲しいなって」
はじまった――恒例の“潤ランチ争奪戦”。
これが、俺たちの日常。
俺が二人を威嚇しながら飯を守っていると、
後ろの席から、いきなり――
「おう! にーちゃん久しぶりだな!」
――割とデカめの声で呼びかけられた。
「……は?」
誰だよ。
内心、即ツッコミが脳内を駆け抜ける。
だが振り向いた先には、見覚えのない男がニヤニヤ笑って立っていた。
パーカーにジーパン、髪は無造作、顔は……知らん。
マジで知らん。記憶のどこを探してもヒットしない。
(いや、ちょっと待て……最近は顔が知られてきたせいで、やたら声かけられることも増えたからな。下手に“誰ですか”なんて言って、炎上でもしたらたまったもんじゃねぇ)
なので――
「……お、おう。よっ、元気そうじゃん?」
俺は全力の作り笑顔で返す。
すると男はさらに調子に乗り、ガツンと俺の背中を叩いてきた。
「ははっ、変わってねぇなぁ、にーちゃんよォ! ここで会うとはなァ!」
(誰だお前ほんとに!?)
カエデとエンリが、怪訝そうな顔でこちらを見る。
だが男は気にする様子もなく、そのまま大きめの声で話し続けた。
「おりゃよ〜、最近調子悪くってよ〜」
(知らんがな)
とりあえず話を合わせるしかない。
「そうなんですね〜……ちょっと良くなってきたみたいで、なによりです……」
知らんけど。
男は席を立ち、トイレの方を指差すと――
「ちょっと行ってくるわ!」
「……勝手に行けよ」
心の中でぼそっと毒づきつつ、俺は食事に戻る。
すると、カエデがじっと俺の顔を見たまま、怪訝そうに言った。
「……潤くん、知り合いなん?」
「いや……俺は覚えてないんだよね。二人は?」
エンリとカエデは、無言で首を振る。
どうやら、二人もまったく知らないらしい。
そのまま食事を終えて席を立ち、
あの謎のおっさんが戻る前に、さっさと会計を済ませて出ようとした――
……のだが。
伝票が、二枚。
「なんで二枚あんねん!? ウチらこんな料理頼んどらんで!?」
カエデが驚きの声を上げ、レジにいた店員に詰め寄る。
「あの、すみません……さっきお客様とお話されてた知人の方が、『こっちが払ってくれる』って言ってたんですよ」
「……いやいや、待って。あの人、知り合いじゃないから!」
俺は慌てて割り込んだ。
「たしかに話しかけられたけど、マジで誰だかわかんなくて、適当に合わせただけなんだよ。ホントに。名乗られてもないし、向こうが一方的に……」
言い訳じみてるのは自分でも分かってるが、これはガチで冤罪だ。
身に覚えがないどころか、背中叩かれた以外接触ゼロだぞ。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
――と、そのとき。
奥から、白いシャツにネームプレートをつけた男性が現れた。
年の頃は四十代前後、柔和な雰囲気だが、目はしっかりしている。
胸元のプレートには『店長・吉田』と書かれていた。
「話は聞かせてもらいました。……うちも、やられましたか」
「……え?」
呟いた店長の言葉に、一瞬耳を疑う。
「“うちも”って……どういうことですか?」
俺が聞き返すと、店長は苦笑交じりに説明を始めた。
「実は最近、このあたりで“他人に払わせる型”の食い逃げが相次いでまして。ターゲットに適当に話しかけて『あの人が払ってくれる』とウソをついて、自分は逃げる……って手口なんです」
「なにそれ……手が込んでるというか、発想がクズというか……」
「ええ、本当に。先月も、別のカップルのお客様が同じような被害にあって、警察に相談したんですが……なかなか現行犯じゃないと、対応が難しくて」
(なんだよそれ……ていうか、俺のナゲットとハンバーグの平和な時間を返せ)
「……お客様、今回はお気の毒でした。お会計は、お客様方の分だけで結構ですので」
「えっ、あ……ありがとうございます……」
一応の良識対応にはホッとしたが、それでもやるせない気持ちは残った。
(ま、しょうがないか。怒っても、もうどうしようもないしな……)
俺がため息交じりにレジに向き直ろうとした、そのとき。
「……店長さん、ウチらにまかせてくれません?」
「えっ?」
横で静かに口を開いたのは――エンリだった。
その目は、珍しく鋭い。
普段の“おっとりお姉さん”な雰囲気はどこへやら、声にも明確な意志がこもっていた。
「ウチもやられっぱなしは嫌いやし……潤くんにこんなモヤモヤさせたまま帰らせたないしな」
カエデも、ポンと俺の背中を叩く。
「せやせや、潤くんが我慢しようとするなら、ウチらが代わりに動くしかあらへんやろ?」
「ちょ、ちょっと待って!? なに勝手に参戦モード入ってんの!?」
「……というわけで店長さん。このへんに監視カメラあります? 目撃証言とかも、まとめて教えてください」
「ご協力できることがあれば、遠慮なく。絶対に、逃がしませんから」
二人とも――やる気満々である。
俺の“もういいやモード”なんて、彼女たちの前では一瞬で踏み潰された。
(……いや、まぁ、心強いのは確かだけども……)
店長は一瞬ポカンとしていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「……わかりました。実は店としても、少しでも手がかりを掴みたいと思っていたところです。どうか、お力を貸してください」
──店長に案内され、俺たちは厨房裏のモニタールームへ。
モニターには、複数のカメラ映像がリアルタイムで流れている。
エンリが無言でキーボードを操作し、店長が隣でタイムスタンプを口にした。
「この時間帯ですね……たしか、十三時すぎでした」
映像が巻き戻され、再生ボタンが押される。
画面に映し出されたのは、例の男――“謎のオッサン”。
「……いた」
男はボックス席の中央あたりに一人で座り、メニューを眺めていた。
一見するとただの中年の昼食風景。だが、違和感はすぐに訪れる。
「……なんやこれ。注文、刻みすぎやろ」
カエデがモニターを指差す。
確かに、男は最初のセットを頼んで食べ終えたあと、
小刻みにデザートやビールを一品ずつ追加注文していた。
「まるで……時間を稼いでるみたいですね。
長く滞在して“次の獲物”を待ってる感じ……」
エンリの声は静かだが、確信に満ちていた。
その直後、別の客――スーツ姿のサラリーマンが近くの席に座る。
男は視線だけをそちらに送り、しかし一切声はかけない。
「この人、対象じゃなかったってことか……」
「……判断基準は“話しかけやすさ”やろな。愛想ええとか、気が弱そうとか、若そうとか」
カエデのトーンが少しずつ鋭くなる。
そして数分後、画面に映る出入口が開いた。
「……あっ、これウチらが入ってきた時間や」
俺たち三人が入店。店内を見渡して、ボックス席に着席する姿が映る。
その瞬間、男の顔が――ピクリと動いた。
「……こっち見てんじゃねーか、完全に」
まるでロックオンされたかのように、男の目線が俺たちに釘付けになる。
俺たちが食事を始め、カエデとのナゲット攻防戦が勃発していたころ。
男は――チラ、チラ、チラッ……と、銀魂の端役みたいにわざとらしくこちらを覗き見ていた。
そして――来た。
「おう! にーちゃん久しぶりだな!」
画面越しにも響く大声で、俺に話しかける。
「……うっわ、完璧にタイミング計ってるやん」
「いや、怖すぎるだろ……なんだよこの“会話スタート型なすりつけ詐欺”……」
俺は映像の中で、愛想笑いを浮かべながら適当に相槌を打っていた。
今となっては後悔しかないが、あのときはマジで誰か分からなかったんだから仕方がない。
男は満足そうに話を終えると席を立ち、トイレのほうへ向かう――
が、入る気配はなく、廊下で立ち止まり、こちらをもう一度チラリと確認。
「こっから……逃走パート、開始ってわけか」
次の瞬間、男は席に残した伝票を手にし、レジカウンターへ。
何も言わず、ただ店員に伝票を渡し――
無言でこちらを指差す。
その顔に浮かんでいたのは、まるで“当然だろ?”と言わんばかりの図々しい笑み。
そして――そのまま店を出ていった。
「…………」
言葉を失った。
いや、何その堂々感。
“知り合いアピール一発でタダ飯ゲット”って時代の新技かよ。
「……やっぱり最初から全部、仕組んでたんやな」
カエデのこめかみがピクリと動く。
さっきまでの明るい声は消え、感情のない低音だけが響いた。
「相手を選んで、反応を見て、“いける”と踏んだら一気に押しつけて逃げる。
この手口……初犯じゃないです。動きに迷いがない」
エンリの目も冷たい光を帯びていた。
「……」
俺は映像を凝視しながら、静かに息を吐いた。
「つまり……最初から俺らを“財布”にするために張り込んでたってわけか」
これは、間違いなく――
計画的な犯行だ。
俺は《名推理》の分析結果をもとに、すぐさま歩き出した。
「……恐らく、犯人の最後の注文はビールとデザートだった」
「ええ……そうですね」
エンリが静かに頷く。
「……で、それがなんなんや? 潤くん?」
「……考えてみろ。甘いものとアルコールのあと――しょっぱいもんが欲しくなるだろ?」
「はあ?」
「いいか? 人間というのは“味覚のバランス”に支配されている。甘・酸・苦・塩・旨。
このうち、ビールとデザートは“甘と苦”に偏っている。なら、次は――塩分だ!」
「いやいやいや、欲求に忠実すぎるやろ……」
「しかも右手は公園。左側は飲食店街」
俺は指をさしながら説明を続ける。
「なら左へ行く。これは自然な選択行動。
その中でも“手早く食える・かつ塩気の強いもの”を選ぶとしたら――そう、ラーメン!」
「……そこまで断定します?」
エンリの声に、俺は即答した。
「店長が言ってた。“うちもやられたか”ってな。
つまりこの男、短期間で複数店舗を狙っている。なぜか? 顔が割れる前に一気に稼ぐためだ」
「つまり……今日が勝負日ってこと?」
「そういうことだ。逃げ切る気満々のやつが“腹減ったから帰る”わけねぇ。
もう一軒、行けると思ってるからこそ、ここで決めに来る。俺ならそうする」
「潤くんが犯人やったら怖いわ……」
「とにかく、飲食店街を回る。“しょっぱい系”を扱ってる店を重点的に見ていく」
俺たちは即座に行動に移った。
ラーメン・中華・牛丼・立ち食いそば。
店の外から窓越しに中を確認していく。
「……! あっつ!! 潤くん、あそこや!!」
カエデが店の前でピタリと止まる。
指差した先――そこには、あのオヤジがラーメンをすすっている姿があった。
「間違いない……あいつだ」
一同の緊張が高まる中、男はラーメンを食べ終え、立ち上がる。
そして、レジへ――伝票を出す。
「……きた」
店員に伝票を渡しながら、隣席の客を指差す。
「……あの人が払ってくれるって言ってました」
そして店を出た──その瞬間。
俺たちは、一斉に立ち塞がった。
「なんだお前ら!?」
男が警戒を込めた声を上げるが、カエデが一歩前へ出て叫んだ。
「なんだ、やあらへんでぇ!! 無銭飲食現行犯や!!」
外の騒ぎに店内の空気が一気に凍る。
エンリは無言で店員に歩み寄り、警察への通報を指示。
その間に――男は一か八かで俺の方向に駆け出してきた。
(来たな……!)
俺は静かに構える。
《威圧(Lv4)》
《格闘(Lv8)》――発動。
男が突っ込んできた瞬間、
俺はキモい挙動でヒュッと体を捻り回転し、肘と膝で男の動線を潰す。
『アチョォォォォ!!』
「うわっ!? な、なにその動き!?」
「キモいんは否定せんけど、効果は抜群やからな……」
体勢を崩した男をそのまま肩固めの形で抑え込み、地面に押し倒す。
「これにて、確保完了。あとは通報と映像保存をよろしく」
男が呻きながら、観念したように動きを止めた。
そう――
今度こそ、“決定的な現行犯”だ。
* * *
警察に男の身柄を引き渡し、俺たちはようやく家路についた。
道すがら、ふと見上げた空は、昼間とは打って変わって穏やかで――
……なんだろう、なんか変に達成感ある。
ただひとつ、間違いなく言えるのは。
ファミレスでの食事が、ここまでハードになるとは思わなかった。
「ふふ……でも潤さんが守ってくれたから、私は安心して食事ができましたよ」
エンリが優しく微笑みながら、そう言った。
「ウチもや。潤くん、ようやったな! ちょっと……かっこよかったで?」
――まぁ、頑張った俺!
【あとがき小話:焼き魚とミリー】
今日は執筆しながら焼き魚を食べたんですが……
ミリーの声が脳内に鳴り響きました。
「え〜っ、骨多いのイヤなのーっ! ミリー、身だけほぐしてくれないと食べないのーっ!」
「ミリーはさ、おにぎりとか、甘い卵焼きのほうがいいのっ♪」
……たぶん、焼き魚食べただけでミリーが出てくる僕は、ちょっと末期かもしれません。
でも、キャラって不思議なもので、
一度頭の中に住みつくと、日常の中で勝手に喋ってくるんですよね。
気づいたら、晩ごはんの献立にまでコメントしてくる始末です。
──ということで、ふと気になったんですが、
今日のあなたの晩ごはん、なんでしたか?
BARキラっテーラー(0話あとがき)では、ミリーやユズハが耳をそばだてて待ってます。
よければ、ふらっと話していってくださいね。