第80話『俺、人材を狩に行く』【後編】
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どんな話題でも気軽にコメントしてもらえたら嬉しいです。
いただいたコメントには、ヒロインズや潤が反応することもあります(笑)
一緒に作品の外でも、ちょっとした会話を楽しめたら嬉しいです!
【六人目】
扉が開いた。
現れたのは、何の変哲もないスーツ姿の女性──だったのだが。
「はじめまして……私は今日から、“家庭を失った女”です……」
「いや、設定から入るんかい!」
「今朝、夫が家を出ました。私は空っぽの食卓で一人、冷えた味噌汁を……」
「その設定、朝から重すぎるって!!」
「ここに来る途中、傘が壊れて……雨に打たれながら決意したんです。“私、もう一度、夢を追う”って……!」
「いや知らんがな!そもそも今日晴れてたよな!?なぁカエデ!」
「めっちゃ晴れてたな。雲ひとつなかったで」
「気持ちが降ってたんです」
「気象庁も困惑だよ!!」
そのとき彼女は急に立ち上がり、両手を広げて叫んだ。
「お願いします!私に、もう一度、愛を! 愛をください……!!」
「ええい誰が愛を審査すんだオーディションで!」
「…………」
「…………」
「……演技、終わりました」
「え、今の!?えええ!?」
「わたくし、魂で演じましたので」
「いや、むしろ魂しかなかったよ!?身体が追いついてなかったよ!?」
「演技とは、そういうものです……じゃ」
すぅっと去っていくその背中──どこか哀愁漂っていた。
「……じゅんくん、あの人……」
「うん……多分この後、焼き魚買って帰ると思う……」
「リアルぅ……」
【七人目】
バタン。
扉が開いた瞬間、空気が凍った。
「……ん?」
いや、違う。
空気じゃなくて俺の脳みそがフリーズした。
舞台中央に立つのは、肌色ボディスーツ一丁の女。
しかも妙にリアル。凹凸まで再現済み。
「おい誰か!!モザイク出せモザイク!!!」
「……潤さん、あれは……?」
「知らん!知らねえけど!裸だろアレ!?完全に裸にしか見えねぇだろあれ!!」
カエデが震える指で叫ぶ。
「え、えっと……審査会場間違ってへん!?ここ芸能オーディションやけど!?」
「正解です。私は“全身で演じる女優”……」
そう言って彼女は、大の字で寝転がった。
「うぉおおい!!なんで寝た!?っていうかそこステージやなくて床や!!」
「“私という存在”の剥き出しをご覧ください……これが、魂の演技──」
「見せるなあああああああああああああ!!!!!!!!」
もう完全に混乱。俺は机バンバン叩きながら絶叫。
エンリが恐る恐る手を挙げた。
「え、ええと……あの……衣装の素材、ラテックスですね。肌触り、良さそうです……」
「なんでそこ褒めたああああああああああああ!!!??」
カエデも目を覆いながら叫ぶ。
「ほなもう、アウト!!超アウトォ!!日本代表でアウトォ!!世界配信されたら終わりやでこれ!!」
彼女は手を広げて、天を仰いだ。
「この身一つで──演技し尽くしてみせます……!」
「カメラ回すなあああああ!!警察呼べぇぇえええええ!!!」
【八人目】
バタン。
扉が開いた瞬間、空気が止まった。
そこに現れたのは──
金髪ツインテール風のウィッグ、アイドル制服、そして某アニメキャラのペラッペラなお面。
「ど、どうも~っす☆ 新人声優アイドルの“ユズにゃん”でぇす♪」
俺「いやバレバレだよな!?ていうか、おまえだよなユズハ!!!」
「ち、違いますぅ~☆ ユズにゃんは~、オーディションに燃える17歳の新星アイドルぅ~♪」
「声そのまんまやんけ!!!」
カエデがすかさず突っ込む。
「ウチでも分かるわ!!お面取ったら100ユズハや!!てかお面ずれてるで!」
「うふふっ、ずれてませんよぉ? これは“演出”ですからぁ♪」
俺は頭抱える。
「いや、なんでお面だけ変えてきた!?せめて声くらい変えようぜ!?演技のオーディションだよなこれ!!」
「じゃあ今から“必殺のセリフ”いきますね~!」
ポーズを決めるユズにゃん。
「『おうち帰ったら、ぎゅーしてもらえるって信じてるんだからっ』」
カエデ「いやプライベートか!!?」
俺「それ俺にしか言わねぇやつだよな!?お前の中でプロと私情の区別どうなってんの!!?」
エンリは無邪気に拍手。
「とても……感情がこもってて、よかったと思います……!」
「褒めんなエンリ!!ノリすぎるなエンリ!!」
ユズハ──いや、“ユズにゃん”は決めポーズ。
「これで、主役確定ですねっ!」
「帰れぇぇぇぇえええええええええ!!!!!!」
【九人目】
ドアが開くと同時に、黒タイツの男がバッとポーズを決めて叫んだ。
「アムロ、行きまーす!」
俺は開口一番、口を開いた。
「……え、なんの?どこへ?」
男はそのままオタ芸風ステップで前進してくる。
「お前はもう、死んでいる。」
「いや誰が!?俺まだ何もしてないんだけど!?いきなり北斗神拳やめてくれない!?」
カエデが横から鋭いツッコミを入れる。
「てか、さっきの声、ちょっと似てたけど誰なん!?なんでノリノリやねん!」
男はビシッと指を差してから、胸に手を当てて高らかに宣言する。
「私、魔法少女になる!」
「ジャンル横断すんなって!!なんで北斗からの魔法少女やねん!!」
エンリは横でふんわり笑いながら小さく拍手していた。
「……元気は、ありました……それは、確かに……」
男は次に拳を天に突き上げて、がなり声を放つ。
「お前が信じるお前を信じろ!!」
俺は一歩引いた。
「いや、いきなりどうした?!」
カエデはすでに頭を抱えていた。
「なんか……めっちゃ刺さるけど……なんでやろ、全部アニメで聞いたことある気するわ……」
そして男はくるっと振り返り、俺らに向けてハートを指で作る。
「だ〜いすきだっちゃ!」
カエデが即反応する。
「ラムちゃんまで来たぁぁぁぁ!?なんの祭りやねん今日は!!」
俺はもう限界だった。椅子に深く腰を沈めて呟く。
「なにこの……“アニメのセリフで構成された存在”みたいなやつ……このオーディション、正気で進めていいのか……?」
エンリがそっと口を開いた。
「……ある意味、貫いているのは……凄いことだと思います。……でも、現実という軸があると、もっと、素敵になるかと……」
「つまり、現実に戻ってから出直してこいってことだよな……」
男は最後まで一言も自分の言葉を喋らず、決めポーズのまま退場していった。
……ある意味、忘れられない存在だった。
【十人目】
先ほどの混沌が嘘のように、スタジオ内の空気が変わった。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、黒髪ショートの少女だった。
年齢は十七、十八といったところだろうか。
派手な衣装は着ておらず、無地のシャツにジーンズ、手に持っているのは折れかけた台本一冊だけ。
でも──
その歩き方、背筋、目線の動きひとつひとつが、何かを物語っていた。
「お名前をどうぞ」
カエデの問いに、少女は一度深呼吸してから口を開いた。
「……秋原ツカサです」
その声は、やや低めで凛としていて──だけど、どこか張り詰めた糸のような緊張感があった。
俺が手元の資料を確認すると、目に入ったのは「オーディション経験ゼロ」「演技経験ほぼなし」という経歴。
でも、不思議と“素人”には見えなかった。
「では、セリフをお願いします」
カエデが促すと、つかさは一歩前に出て、小さく頷く。
その瞬間──
彼女の目が変わった。
『私は──どこまで行っても、脇役だと思ってた。
だけど……それでも、誰かの隣に立てるなら。
この声で、この歩幅で、あの人に届くなら──私は、きっと主役になれる』
……空気が、止まった。
誰も言葉を発せず、誰も動けなかった。
オーディション会場に、静寂が満ちる。
そして。
「……ありがとうございました」
その言葉と共に、つかさはゆっくりと一礼し、台本を胸に抱えて頭を下げた。
沈黙を破ったのは、エンリだった。
「……すごく、素敵でした。
派手な演技ではなかったけれど……胸の奥に、静かに届くような声でした」
「……うん、なんか……染みたわ……」
カエデも珍しく、真顔で頷いていた。
俺は──言葉を選ぶのに少しだけ迷った。
でも、ちゃんと伝えた。
「……よかったら、うちで働いてみないか」
つかさの目が、大きく見開かれた。
「……えっ、あの……私、経験も何もなくて……」
「それでも、俺はいいと思った。たぶん、演技力って“心を動かす力”だろ。
あんたの声、ちゃんと届いたよ。ここに」
俺は胸を叩いて見せた。
それに対して、彼女は──
ほんの少し泣きそうな笑顔で、小さく頷いた。
「……よろしくお願いします」
***
──こうして、カオス極まりないオーディションの果てに。
俺たちは、新たな“仲間”を見つけた。
エンリが柔らかく微笑む。
「きっと、彼女は……まだまだ伸びますね。これからが楽しみです」
「せやな~。にしても、今回はほんま濃かったな……」
カエデが伸びをしながら言うと、ユズハが隣からボソリ。
「ふふ、センパイも……これからもっと苦労するかもですねぇ?」
「それおまえのせいだろ!!!」
俺の叫びが、事務所に響いた。
だが、不思議と疲労感はなかった。
新しい出会い。騒がしくて、にぎやかで、バカみたいで、それでも確かに──
ここから、また何かが動き出す。
そう思わせるだけの“何か”が、この日にはあった。
【あとがき小話:ユズハの休日 — 一日編】
08:37
目覚ましより先に目が覚める。
『ん~……先輩起きてるかな~?』
LINEを開いて既読の時間を確認。返信はない。既に少しむくれる。
08:45
ベッドの中でごろごろしながら「可愛いスタンプでも送ってみようかな~」と呟くが、
「うざって思われたらヤだな~」とスマホを閉じる。
09:30
朝ごはんはヨーグルトとフルーツだけ。
『あんまり食べ過ぎると……先輩の前で動き鈍くなりますしね~?』
誰も見てないのに、しっかり“可愛い”を意識してる。
10:20
メイクをしながら鏡に話しかける。
『今日のユズハちゃんは~、小悪魔度85%ってとこですかねぇ?
先輩が好きそうなのは……これ?これかな~?』
12:00
ショッピングモール。試着して鏡に映る自分にピース。
でも誰もいないと気づいて、さりげなく表情を落ち着かせる。
『……んー、見てる人いないのつまんないなぁ~』
14:15
カフェでスマホをいじる。潤のSNSは未更新。
『ねぇ先輩~?ユズハ、今ヒマなんですよ~?……って言ったら、来る?来ないかぁ~?』
打っては消すを3回。最終的に何も送らない。
16:00
帰り道、知らないカップルの会話が耳に入る。
笑ってるフリをしながら、イヤホンを耳に差し込む。
『はいはい、先輩が一番ってことで~……』
18:00
部屋着に着替えて、香水をひと吹き。
出かける予定はない。でもなんとなく、誰かが来るような気がしてる。
19:45
「次会った時に先輩に言ってみたいセリフリスト」をメモ帳に書いて、
『え~?ユズハそんなこと言いませんよぉ~?』って読みながらひとりで笑う。
最後に「言う勇気:5%」と記す。
22:10
ベッドの上。潤の名前を出さずに投稿した意味深なストーリーをアップ。
『気づいてくれるかな~……ふふっ、さすがに無理ですかねぇ?』
23:00
眠れないまま、潤のアイコンに指を滑らせる。
通知はない。でもなぜかそのまま微笑む。
『……ほんとは、ちょっと寂しかっただけですけどねぇ?』
作者:pyoco(甘え上手は、察されたい上手)