第77話『俺、平穏を取り戻す』
「才能を奪って、成り上がる!」
無職で底辺だった俺が、美少女ヒロイン達とともに現代社会を攻略していく物語、ぜひ覗いてみてください。
ちょっと空き時間に、俺の成り上がりハーレム物語をどうぞ!
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──それは、久しぶりに何も起きなかった朝だった。
雨も降っていなければ、記者が玄関先に待ち構えてもいない。
ノアが連れ去られることも、ヤクザに囲まれることも、社員が会社の前で戦闘態勢に入ってることもない。
なんというか……ちょっと拍子抜けするくらい、普通の朝。
でも、そんな普通こそ、今の俺には、宝物みたいに思えた。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~」
俺は椅子に深くもたれかかり、デスクの上に顔を伏せたまま、あえて間延びした声で溜息を吐く。
「やっと、何も起きねえ……」
この三日間、マジで地獄だった。
倉庫での拉致、ノアの救出、敵の情報戦、SNSでの戦い。
会議、会見、調整、報道圧力、そして証拠操作まで──
俺はただの会社経営者なんだけどな……。
静かなオフィスで、ふわりとコーヒーの香りが漂う。
窓の外では、社員たちの笑い声が、うっすらと聞こえていた。
──そのとき。
「……んふふ~っ、じゅんく~ん、つかれてるの?」
やけに柔らかい声が、すぐ耳元で響いた。
その直後、背中にふわりと何かが落ちる。
あったかくて、甘い匂いがする毛布──それを、そっとかけてくれたのは。
「ミリー特製、癒やし毛布だよ! じゅんくん、いっぱいがんばったからね?」
「……って近い近い! 顔が当たってるぞ!」
「えへへ、気のせいなのっ♪ ほらっ、ね? よしよし……よくがんばったねぇ」
ミリーは俺の頭をなでながら、まるで子供を寝かしつけるみたいに、優しく声をかけてくる。
その指先が──すげぇ落ち着く。
ああ、やばい、寝そう……。
「ちょっと……もうちょっとだけ……甘えていい?」
「いや、ミリーはいつも甘えてるようにしか見えないけど……」
「だって~……こわかったんだもん、あの日……潤くんが……」
一瞬、ミリーの指が止まった。
その声は、ほんの少しだけ震えていて──
「……でも、じゅんくん、かっこよかったの。すっごく。だから、ちゃんと休んで?」
「……ああ」
素直に、その言葉に頷く。
この子に心配かけてたんだなって、改めて思った。
──と、そのとき。
バンッ!!
事務所のドアが勢いよく開いた。
「おっはよーーーッッ!! 潤くん! 元気しとったかーーっ!? ウチ、めっちゃ元気やからな!!」
爆弾みたいな声量と共に、カエデが登場。
そして手には──やたらデカい弁当箱が三つ、重ねてある。
「これ! 帰還記念・ど根性弁当や! うちの全力ぶち込んだった!」
「……ド根性……?」
「唐揚げ十個! ハンバーグ二枚! 厚焼き玉子はデザート扱いやで? あと、白米五百グラム!」
「いや炭水化物多すぎだろ! 俺、相撲部屋じゃねぇんだぞ!?」
「ほな、ご主人様に食べさせてあげるっちゅうのは?」
「自分で食うから黙って渡せや!」
「ふふっ……はい、どうぞ。箸も用意したで? 一緒に食べよ~」
ミリーもノリノリで、自分の分のおにぎりを差し出してくる。
「今日は、潤くんにちゃんと元気つけてほしい日なの。だから──栄養とって?」
二人が差し出す弁当&おにぎりコンボに、俺の胃袋がギュルッと鳴る。
……まあ、こんだけ用意されたら、食うしかねぇな。
「……いただきます」
「「やったー!」」
歓声が上がるオフィス──それを、ひとり静かに見つめる影がいた。
「……騒がしいですね」
ノアだった。
スーツに身を包み、ブレのない歩調で──まるで、ずっとここにいたかのように、当たり前のように立っていた。
「潤様」
彼女は静かに、丁寧に一礼した。
「本日より、業務に復帰させていただきます」
その言葉に、社内の空気が一変する。
「ノアさん……!」
「帰ってきてくれたんですね!」
「よかった……本当に……!」
誰かの声が震え、誰かの拍手がゆっくりと始まり、それが全員に広がっていく。
ノアはそのすべてを、まっすぐ受け止めながら、言葉を続けた。
「……皆様、ご心配をおかけしました。これからも、潤様とこの会社のために──私のすべてを捧げます」
言い切ったその声には、迷いがなかった。
社員たちは口々に「おかえりなさい」と言い、何人かは涙ぐんでいた。
その中心にいる俺はというと──
「……よし、これで本当にようやく落ち着くな」
そう、コーヒーを一口啜った。
──が。
「社長……」
ある社員が、おずおずと手を挙げた。
「ぶっちゃけ、あのときヤクザを薙ぎ倒したのって……やっぱり社長ですよね?」
「……まぁ、俺だよ」
そう言った瞬間、周囲の空気がビクリと揺れる。
「でもあれ、どう見ても普通の動きじゃなかったですよ。アチョーって叫びながら横に滑ったり、カニみたいに歩いたり……」
「しかもあの滑り込み肘打ち! 誰が教えてくれたんですか、あれ!?」
(……やべぇ。このままじゃキモい動きが社内に拡散される)
だから俺は──言ってしまった。
「……あれは俺の技じゃない。裏の社長の技だ」
「裏の社長……!?」
「うん。俺は表の社長。影としてこの会社を支えてる、本物の達人がいるんだ」
(苦し紛れの嘘にもほどがあんだろぉぉぉぉお!?)
「俺があれだけ動けたのは、その人から技を教わったから……でも、あれはまだ未完成なんだ。真似しないほうがいい。マジで」
そう言った瞬間、社員たちの目が異常にキラキラし始めた。
──ここから、伝説は加速する。
「裏の社長って……風の玉を手のひらで作れるって聞いたことあります!」
(螺旋丸じゃねーか!!ナルトかよ!俺チャクラ練れねぇよ!!)
「しかもなんか分身して戦うこともあるらしくて──」
(多重影分身もセットかよ!俺が百人になったら逆にトラブルしか起きねぇよ!!)
「私は、手を合わせるだけで敵を消し飛ばすって噂を──」
(あれだろ!?零の掌!!ネテロ会長かよ!!裏の社長、年齢いくつだよ!?)
「なんでもポケットから秘密道具を出してピンチを切り抜けたって」
(それ完全にドラえもん!!しかも猫型どころか人型になってるじゃねぇか!!)
「気を高めて髪が金色になって空飛んだって話も──」
(サイヤ人混ざってきたよ!!もはや宇宙規模じゃねぇか!!)
「口から雷出したって噂もあります!」
(ガッシュベルじゃねーか!!)
「黒いノートに名前を書かれると死ぬって聞いたことある」
(それは触っちゃダメなノートだって!呪いとか超常バトル混ぜてくるな!!)
「未来の日記で行動を予知して動くって裏の社長日記……」
(未来日記まで出してきたら……もうそれ敵役のやることだからな!?)
「社長!社訓にあえて敗北を受け入れろってありますけど、あれって裏の社長の敗北を知りたい精神が由来なんですか!?」
(グラップラー刃牙かよ!!あいつ強さの概念に飢えてんだろ!?)
「空から人が降ってきたとき、傘を差し出してくれたって話も聞きました!」
(それ完全にトトローーーッ!!裏の社長、スタジオジブリの住人かよ!!)
「社長! 裏の社長に認められた証って、何かあるんですか?」
「え? えーと……手刀一閃を成功させると、称号がもらえる……とか?」
「それって選ばれし弟子みたいなやつですか!?」
「……うん。○○の呼吸 壱ノ型って」
(鬼滅ーーーーーーッッ!!!)
(俺、もう何人目の伝説を背負ってんだよ……!)
気付けば社内のホワイトボードには「裏の社長の格言」と称した謎の標語がズラリと並び、
有志によって社員内秘密結社・裏社長継承の会なるものが発足していた。
──いや、なんで俺が一番困ってんだよ。
「社長、我々も修行させてください! 滑り込み肘のやり方を!」
「蟹歩きからの逆腕立て式かわしも教えてください!」
(やめろおおぉぉ!!その動き、マジで恥ずかしいやつだから!!)
もうやめてくれ──俺のライフはゼロよ!!
そして。
「お待たせしました。書類のチェック、完了しました」
事務所の空気を一変させる静かな声。
リアだった。
「ここ三日間の報道対応、SNSのコメント対策、関係者からの問い合わせはすべて処理済みです」
「……ほんと助かるよ、リア」
「それよりも、潤さんが裏の社長の一番弟子として社内に完全に認知されている件ですが──」
「やめてくれ……」
「ちなみに、幼い頃に家族を殺され復讐のために育てられた説が、今朝時点で社員内共有率38%。」
「誰が俺を勝手に哀しきダークヒーローに仕立て上げたんだよ!!」
「記憶を失って社長に転生した説が24%。会社を守るためだけに造られたアンドロイド説が17%です」
「どこいった人間要素!!」
「私は無駄に天才だけど無能に擬態する型破り主人公説に一票を投じています」
「その言い方地味にキツいからやめて!!」
ミリーがくすくす笑いながら、潤の肩にこてんと頭をのせる。
「でも、じゅんくんが実は伝説の何かって言われてるの、ちょっと嬉しいかも」
「喜ぶな。俺はただ、キモい動きしただけだからな」
「ただって言わないでよぉ! じゅんくんのこと見てたら、なんかこう……映画のヒーローが帰ってきたみたいな気分になるんだもん!」
(やめろ、最終決戦後のED感出すのは)
「じゅんくんが影から守ってくれてたんでしょ? その姿、ちゃんとミリーは覚えてるよ」
「……お前、そうやって綺麗に締めようとすんな」
「えへへ♪ だって、かっこよかったもん」
(……くそ、ちょっとだけ報われた気がするじゃねぇか)
すると、今度はノアがゆっくりと歩いてきた。
書類を胸に抱え、静かな目で潤を見つめる。
「潤様。たとえ社内にどのような噂が飛び交おうと──私だけは、潤様の真実を知っております」
「……ノア」
「私は、真の潤様を信じておりますので、何も心配しておりません」
「……ありがとう、ノア」
「……ですが」
「……ですが?」
「もし本当に気を操る格闘家だったとしても──」
「やめろぉぉぉぉおおお!! そこ乗っかるなぁぁぁぁあああ!!」
ノアの冗談に、オフィス中がまた笑いに包まれた。
誰もが笑ってる。
泣いてる奴なんか、ひとりもいない。
あの戦いが嘘だったみたいに、明るくて、温かい空気だけがここにある。
──これが、俺の欲しかった日常だったんだ。
そして、リアがふと声を落として呟いた。
「ですが──この平穏、長くは続きません」
「……やっぱりか」
潤は、コーヒーを啜りながら答える。
「次は何が来る? 世界征服のオファーか?」
「できれば、フィクションのままで終わってくれると助かるのですが……」
リアは静かに一枚の紙を差し出した。
「匿名の投書です。社長とノアさんの関係は健全か?とのこと」
「……速いな、展開が」
「これが平和の代償です」
──平穏は、一時の幻。
だけど今だけは、この日常を味わっていたかった。
「じゃあ……昼休みまで寝るわ。俺、疲れた」
「社長」
「……ん?」
「それは、サボりです」
「ちぇっ」
そうして、俺はもう一度毛布に包まれる。
ミリーが笑いながら肩に寄り添い、カエデが「ほな、添い寝したろか~?」と隣に飛び込もうとするのをノアが睨み、リアが黙ってブランケットを整えた。
──平和って、悪くねぇ。
俺は目を閉じながら、そっと呟いた。
【あとがき小話:エンリの休日 — 一日編】
06:30
ゆっくりと目を覚ます。
まだ薄暗い部屋。カーテンの隙間から、朝が滲み込んでくる。
ベッドの端に腰をかけて、まずは深呼吸をひとつ。
06:45
白湯を飲む。体の芯が温まるのを感じながら、静かに背中を伸ばす。
そのまま、部屋の観葉植物に水を。
「おはよう」とは言わないけれど、心の中で語りかける。
07:15
朝食は優しい味のスープと、ほんの少しのパン。
ひと口ごとに時間をかけて、丁寧に食べる。
「今日も元気に過ごせますように」
誰に向けた祈りかは、自分でも分かっている。
08:00
洗濯、掃除。
手を動かす時間が好き。何も考えなくていいから。
けれど、たまに──誰かの笑顔が思い浮かぶときがある。
09:30
買い物。
レジで並んでいると、後ろに小さな子がいる。
「よかったら先にどうぞ」と笑って譲る。
そういう自分が、少しだけ好きだ。
11:00
カフェで読書。
内容は覚えていなくても、風の音や遠くの会話が心地いい。
コーヒーをひと口。少しだけ砂糖を入れるのが、癖。
13:00
帰宅して、お昼はパスタ。
誰かのレシピをまねて作ってみる。
次に会ったとき、話せるように。
14:30
少しだけ昼寝。
疲れていなくても、目を閉じる時間は大事。
16:00
手紙を書く。
誰にも出さないけど、“誰かに宛てている”気持ちだけは本物。
静かに、心の整理をする時間。
18:30
夕飯を作る。
その日いちばん心を込める時間。
味見をして、ふと「これ、あの人は好きかな」と考える。
20:00
ゆっくりお風呂に入る。
お気に入りの入浴剤。湯気に包まれて、目を閉じる。
今日も誰かの支えになれたなら、それだけで充分。
22:00
ベッドに横たわる。
目を閉じる前に、今日一日を静かに振り返る。
「……おやすみなさい」
誰かの幸せを願いながら、眠りにつく。
作者:pyoco(優しさって、“行動の音が静か”なことかもしれない)