第228話『結城と言う名の歪み』
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「──あんた達? なんで余計なもんまで連れてきてんのよ?」
その声に、男の手が止まる。
ミリーの目の前、振り上げられた工具が宙で凍りつく。
「はぁ……ほんっっっと、バイト君たちって、使えないわねぇ〜?」
場に響いた声とともに、奥から現れたのは──結城だった。
その姿を見たエマが、反射的に叫ぶ。
「結城さん……!? どうしてこんな──」
「──どうして?」
結城の声がピクリと跳ね上がる。
「よく言えたわね……! 私から、居場所を奪っといて!!」
ヒールの音を響かせ、結城がエマににじり寄る。
そして──バチンッ!
乾いた音が倉庫に響く。
エマの頬を平手で叩いた。
抵抗もできず、ただ俯くしかないエマの髪を、結城は無造作に鷲掴みにした。
「ねぇ……私から全部奪っておいて……さぞ、楽しい日々だったんでしょうねぇ?」
耳元で囁くように、吐き捨てるように。
「でも安心して? もっと人気者にしてあげる。
──“現役アイドルの羞恥動画”、ネットに公開するの!」
その顔は、完全に“アイドル”ではなかった。
ゆがんだ笑み。濁った瞳。口元だけが笑っている。
「バズるわよぉ〜? 良かったわね? 人気者さんっ♡」
場が、凍りつく。
異常な空気に、すぐさま雇われのバイトたちが言葉を失う。
「お、おい……俺らの仕事、終わったよな? 金を早くくれよ」
「そ、そうだ。そしたら、俺らはもう帰るから……な?」
3人を拉致したバイト連中は5人。
全員が──目の前の女に関わりたくないという本能的な恐怖を滲ませていた。
「──ああ、バイト君たち?」
結城がゆっくりと振り返る。
「お疲れ様っ♡」
ブシィッ!!
その瞬間、バイトのひとりの顔面に向かって、催涙スプレーが噴射された。
「がっ……あああああ!? 目がッ……!!」
のたうち回る男の腹を、結城はヒールで蹴り飛ばす。
そのまま、スマホを取り出し、何かを操作する。
──ドアが開いた。
ズラズラと入ってくる影。
ざっと30人。全員が同じ黒バンダナを額に巻いた、半グレの群れ。
「ねぇバイト君たち? “1人拉致”って言ったよね?」
結城は、くるりと回りながら両手を広げた。
「3人も連れてきたら……契約違反だよね〜?」
「ま、待ってくれって! し、仕方なかったんだよ!? 通報されたらヤバいと思って……!」
「うーん、言い訳は聞き飽きた♡」
舌を出しながら、笑う。
「そんなんだから、あんたら“闇バイト”止まりなのよ?
ねぇ、“お金もらってバイバイ〜”で帰れると思った?」
そう言って、スマホを掲げる。
「今から動画回すから、免許証と学生証、ぜんぶ見せて♡」
「!?」
「それから、“反省の言葉”もねっ!」
男たちの顔が引きつる。
その時──背後から、半グレの一人が笑いながら言い放った。
「お前ら逃げたら……家、行くからな。
お前の母ちゃんと、ねぇちゃんと、妹の動画……**俺らで撮影会な。**わかってんだろ?」
──その一言で、バイトたちの心は、完全に折れた。
絶望の中、何も言えず、全員が倉庫を後にした。
代わりに残ったのは──3人の少女と、30人の地獄。
結城は、くすくすと笑いながら振り返る。
「ま、そういうことだから? 楽しみにしててね、エマちゃん♡」
「それと、残りの2人も──運がなかったわねぇ?」
「エマちゃん。ほんと、良かったわよね?
“デビューもできて、またユニットも組めて。”」
その言葉を最後に──結城は、踵を返して部屋を出て行った。
──残された3人。
その場に崩れ落ちるエマ。
「……ごめん、なさい……私の、せいで……」
涙がぽろぽろと溢れる中、誰も責める者はいなかった。
ただ──倉庫に響くのは、エマの嗚咽と、足音の遠ざかる音だけだった。
「……ごめんなさい……二人とも……」
エマが、震える声で謝る。ぽろぽろと涙が頬を伝って落ちていく。
「だいじょうぶだよ!」
ミリーがにぱっと笑って、明るく言った。
「じゅんくんがきてくれるもん!今もぜったい、みんなと一緒に探してくれてるよ!」
「そ〜ですです♪ うちの先輩、意外と頼りになるんですからぁ〜」
ユズハも、口元を緩めて笑った。
その言葉に、エマは不思議そうな顔をする。
「……潤さんが? ……どうして、そんなに彼を信頼できるんですか?」
「えへへ、それはね〜」
ミリーが胸を張る。
「じゅんくんはね! 絶対、周りの人が困ったら、なんだかんだでいつもバーンってやっちゃうの!」
「うんうん、私達も最初は“え?この人で大丈夫?”って感じだったんですけどぉ〜」
ユズハが目を細めながら、少しだけ笑う。
「……のほほんとしてるくせに、やるときはちゃんとやるっていうか〜……ずるいんですよね、そういうとこ」
エマはしばらく黙って、それからぽつりと聞いた。
「その……お二人は、潤さんのことが……とっても好きなんですね?」
その瞬間、ミリーとユズハの視線がぴたっと重なる。
「うーん……でもね〜?」
「別に、“頼りになるから好き”ってわけじゃないんだよね〜」
ミリーが指をくるくる回しながら言った。
「じゅんくんって、ダサダサなとこがまた可愛いのっ!」
「……それ、良いところ……なんですか?」
エマが戸惑い気味に聞く。
「うんうんっ!守られてるはずなのに、こっちが守ってあげたくなるっていうか!」
「直ぐテンション上がるのに空回って、必死なのにスカッと抜けてて、でもなんか気づくと心配になっちゃうっていうか〜……」
ユズハのテンションが少しずつ上がる。
「……うわ〜ユズハちゃんがじゅんくんにデレデレしてる〜♡」
「ち、ちがいますからぁっ!!せ、先輩が私に夢中なだけですからーっ!!」
慌てふためくユズハの横で、エマはほんの少し笑った。
「潤さんかぁ……確かに、不思議な方ですよね」
「げっ……もしかして……ライバル、増えた!?」
ユズハがビクリと跳ねる。
「ち、ちがいます!そんなんじゃなくてっ!その……ちょっと……だけ……」
顔を赤くしてうつむくエマ。
ほんの少しだけ温度が戻った倉庫に、3人の笑い声が小さくこだまする。
──でも、それは嵐の前の、わずかな静けさだった。
⸻
(あとがき小話)
──社長室・深夜。
一人静かに椅子に座ったリアが、書類の束を閉じ、ふと天井を見上げた。
「……猫、ですか」
ぽつりと誰に聞かせるでもなく呟く。
「猫とは非常に興味深い動物です。
あの肉球の形状は衝撃吸収構造として優れており、静音性能においても極めて理に適っています」
指を組みながら、淡々と続ける。
「加えて、まん丸な瞳──あれは夜行性動物としての機能性を備えつつ、見る者に“庇護欲”を喚起させる造形です。
つまり、“守りたくなるように設計されている”ということ」
「無意識に人間の感情回路へアクセスし、優位性を保つ。
……実に戦略的ですね。猫という種は」
なぜかドヤ顔気味で語るリア。
「さらに、あの“スリスリと身体を擦り付けてくる行為”──
あれはフェロモンマーキングの一種ではありますが、実際には“信頼関係の確認動作”でもあります」
「甘える、というより、“この人間は私のものだ”と再確認しているのです」
「つまり猫は……」
一拍置いて、目を閉じる。
「──支配者です」
その瞬間、社長室の片隅。
なぜかひとつ、封筒に入った小さな箱が置かれていた。
そこには走り書きのメモ。
「リアへ:仕事のご褒美に。
from ノア(この前の発注、まだ生きてました)」
リアは静かに中身を開け──
そこには黒い猫耳カチューシャが、ちょこんと。
しばし無言。
「……これは。
単なるファッションアイテムに過ぎません。
私のような知性の象徴たる存在が装着しても、別段──」
カチッ
装着された。
鏡を見る。
「……ふむ」
リアは顔を伏せ、腕を組む。
「これは、あくまで理論の実証です。
人類がなぜ猫耳に敗北するのか、その根源に迫る──」
そして静かに、誰もいない部屋で。
「……にゃん」