第221話『俺、叱る』
その日の夜──悪徳リクルートエージェント社。
ロビーのソファ前にて、俺は無言で腕を組んでいた。
目の前では、ユズハが正座していた。
いや、正座“させられていた”。
「おい……お前……」
低く、静かに──しかし確実に怒りを滲ませて言う俺に、
ユズハは、目を潤ませながら口を開いた。
「お願いです! せんぱぁ〜い変わってぐだざいぃ〜……!」
「お前のせいで! 面倒事巻き込まれただろおおおおお!!」
俺の怒声がロビーに響く。
──ああ、疲れてんだよこっちは。
潜入でスーツ汗まみれになって、ラアラに脅されて、仕事どころか護衛任務増えたってのに。
なんで、こいつだけ館内放送で“お連れ様”呼ばれしてんだよ!!
「反省しろゃぁぁぁ!!」
「反省したら変わってくれるんですかぁ!?反省!はいっ!今しましたっ!」
即答。
──こいつ、まじで反省って言葉の意味わかってねぇな。
「お前ってやつは……いいだろう……カエデさん、やっておしまい!」
「ウチの出番やな〜♪」
にゅっと現れたのは、ほんわか関西娘──ではなく。
背後にゴツいおっさん数人(※弊社警備部)を従えたカエデである。
「ユズハちゃん、さっ、いこか〜? 筋肉って、ウソつかへんねんで?」
「ひぇ……それだけは……それだけはーっ!!」
ガシィッと両脇を固められ、ユズハはそのまま“地獄の地下室”へと連行されていった。
──名付けて、魂の《マッスルブートキャンプ》。
社内懲罰の名にふさわしい。
……っていうか、お前のせいで俺までマネージャーに謝ってんだぞ。
「……終わりましたか?」
聞き覚えのある穏やかな声が、背後から届く。
振り向けば、うとうとしながらソファに座っていたエンリが、眠そうに目をこすっていた。
「最近なかなか忙しくて……ふぁ……」
「お疲れ……んでどうよ? AIとか電柱社とか、全て投げちゃってるけど?」
俺の問いかけに、エンリはすっと姿勢を整える。
「心配なほど順調ですよ? 電柱社とマイさんのところの会社の業務提携も完了しましたし、このまま成長を続ければ、日本の上位も夢ではないですね〜」
「そんなに!?」
素で声が出た。
エンリは微笑みながら、指でデータパッドを操作しつつ続ける。
「それはそうですよ? 特にAIの部門が大きいですね。市場はほぼ未開拓ですのでスピード勝負。
幸い、元々電子機器に強い電柱社、そしてゲンジさんのバックアップ……今までの全ての出来事が力になっているんです」
──今までの全て、か。
まさかゲンジや電柱社、果てはアイドル事務所まで繋がってくるとはな。
「そうだな〜……」
何気なく口をついて出た言葉だったが──
リアの視線が、冷たく突き刺さる。
「……なんですか? その間抜けズラは」
「いや……なんか、ここまできたのかって……」
少しだけ感慨に浸ってただけだ。
だが、リアは一切容赦しない。
「油断してると足元掬われますよ? 大きくなったって事は、それだけ“守るもの”が増えたってことですし。
何かあった時の世間の風当たりも、当然厳しくなります。──くれぐれも、問題を起こさないように」
「は……はい…………」
──問題を起こしてんの、俺じゃなくて“お連れ様”なんだけどな。
心の中でそう呟いた俺の前で、地下室の扉が軋む音を立てた。
……まさか、ユズハが筋肉に目覚めて帰ってくるとか、ないよな?
俺は小さくため息を吐きながら、天井を見上げた。
──俺、やっぱこの会社でやってける気がしねぇ。
そのままリアの睨みを浴びたまま固まっていると──
社内奥から、再びドタバタと足音が響いてきた。
「いややあああああ!腕がもげるぅぅぅぅ!!」
声の主は言うまでもなく、あの小悪魔。
「ユズハちゃん?まだ30回やで?」
「ダメですぅ!それ以上は髪型に悪影響がぁぁぁ!」
どうやら現在、サーキットトレーニング第5種目らしい。
俺はそっと目を逸らし、溜め息と共にエンリに問いかけた。
「エンリ……あれ、ほんとに更生プログラムなのか?」
「ええ。実際、運動で気分がリセットされる方は多いですから。……一部、破壊的な方向にリセットされる場合もありますけど」
「完全にそっちのパターンじゃねぇか」
エンリはふわっと笑い、再び膝に手を乗せてソファに座り直す。
「でも──潤さんのおかげで、私たちは前に進めているんですよ」
「俺、何もしてないぞ……?」
「“巻き込まれてくれる人”って、貴重なんです。止まらず、逃げず、ただその場にいてくれる。……だから、ありがたいんですよ」
「……そりゃまた、都合のいい役回りだな」
そう言いつつも、胸の奥が少しくすぐったくなった。
──その瞬間だった。
廊下の奥から、ぶっ倒れたユズハが担架で運ばれてきた。
「せんぱぁいぃ……筋肉って……敵……だぁ……」
担架の上でうわ言のように呟くユズハ。
それを見届けた俺は、全てを諦めた表情で、呟く。
「……やっぱこの会社、おかしいわ」
俺は紙袋を手に取り、黙ってその場を後にした。
ジラーチのカードが、首から外れて床に落ちた。
──ああ、今日も一日、お疲れ様でした。
あとがき小話
~ノアの趣味は……支配です?~
作者『ノアはさ、趣味とかないの?』
ノア『はい。潤様のスケジュール管理と監視が趣味です』
作者『怖っ!!』
ノア『他にも、通話記録の確認や、他ヒロインズとの接触時間の記録など……』
作者『ガチの監視じゃん!? 趣味っていうか業務内容じゃん!?』
ノア『趣味と実益を兼ねております♪』
作者『ブラック企業の人事部かよお前!?』
ノア『ちなみに……今日のカエデ様との接触、3時間12分──長すぎませんか?』
作者『いやちょ、まっ──』
ノア『潤様……誰とどれだけ過ごすかは、私が決めるべきだと思うんです』
作者『なんでお前がそんな独裁国家みたいなことを!?』
ノア『では、今後はすべての会話に私を通していただくルールで……♪』
作者『俺がノアの秘書なの!? 立場どっち!?』
ノア『ふふっ……潤様を誰にも渡さない。それが私の人生ですから♪』
作者『趣味の話どこ行ったよ!?!?!?!?!?』
──ご清聴ありがとうございました。