第217話『俺、空気でも緊張する』
ここまで読んでくれて……ありがとぉおおおお!!
もうね、じゅんくんじゃないけど……作者、めちゃくちゃ跳ねて喜んでるのーっ!
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なんでも全部嬉しいのっっ!!
1PVでも飛び上がるレベルで元気出るから、
このままのテンションで、応援してくれたら……
ミリー、うれしくて舞い上がっちゃうよぉっ♪
(……ほんとに……助けてほしいのーっ!!)
──都内某スタジオ前、午前九時。
「……名刺交換、終わった……」
俺はスーツの襟元を引っ張りながら、思わず天を仰いだ。
こんなに“名刺が重い”と思ったのは初めてだ。
テレビ局、広告代理店、制作会社、衣装・メイク、さらに謎のオーガニックブランド代表まで勢揃い。
あれ、俺何しに来たんだっけ?
「……潤、名刺の向きが上下逆でしたよ」
「俺の社会的立場も上下逆転しかけてるよ……」
隣にはリア。
今日は“ノアのCM撮影の立ち会い”という名目で、俺とリアが代理で来ている。
普段ならエンリが全部やってくれるんだけど──最近は別件で忙しくて、比較的暇な俺とリアに役割が回ってきた形だ。
「……正直、私の読書時間を削ってまでついてくる意味、ありました?」
「おい、それを言うな……俺だって朝から“肌に優しいミネラル水”のこだわりについて3回聞かされた男なんだぞ」
「ひとりで聞けば2回で済んだのでは?」
「そんな物理演算みたいな話ある!?」
「でも……まぁ」
リアが控えめにスケジュール表を覗く。
「こうして現場を見るのも、悪くはないですね。ノアさんの“現場での顔”、気になっていたので」
「……リアって意外とミーハーだったりする?」
「違います。ただ、好奇心と観察欲が旺盛なだけです」
「なおさら怖ぇわ」
そう言っている間に、スタジオの奥からスタッフの声が飛んできた。
『──本番入りまーす!ノアさん、スタンバイお願いしまーす!』
白いレースの衣装に身を包んだノアが、ゆっくりと撮影スペースに歩いていく。
照明がふわりと灯り、セットの天蓋ベッドが浮かび上がった。
……って、ベッド!?
「なあ、あのCMって何のCMだったっけ……」
俺が動揺しながら聞くと、リアが淡々と答える。
「LUVISという高級スキンケアブランドの新商品。テーマは“夜の誘惑と密着の余韻”です」
「うわ、夜!密着!余韻!なんか全部アウトな単語が連打されてる!」
「ちなみに今回は“恋人未満の関係”がテーマで、演技指導にはキス寸前までの距離感が含まれているようです」
「キス寸前て……いや、あのノアがそんな大胆な演技なんて──」
その瞬間、ノアがふとこちらを振り向いた。
カメラが回っているとは思えないほど柔らかな目で、まっすぐこちらを見つめ──
微笑んだ。
──ふわぁぁぁぁぁっ!?
いやなんだ今の!?!?
空気が一瞬止まったぞ!?
スタッフの誰かが息飲んだ音したぞ!?
俺の胸も飲まれたぞ!?(語弊)
「……あれが、ノアさんの本気です」
「ほんとに!? えっ、あれ本気!?普段の何百倍も溶けかけてたぞ!?」
「ノアさんは、“潤が見ている”と認識した瞬間に演技のギアが切り替わります」
「ギアっていうか愛のド直球じゃなかった!?」
──その後、ノアは撮影の中で
「手に触れる寸前の指先」
「距離一歩の沈黙」
「喉元をそっと押さえるカット」などなど
もはや地上波ギリギリアウトな“ギリギリ芸術”を披露し、現場の男スタッフたちが全員沈黙するという事態が発生。
リアが腕を組み、ひとこと。
「……この演技を日常的に浴びている潤が無傷でいる方が不思議です」
「無傷じゃねぇからな!?むしろ心に永久ダメージ受けてるからな!?」
──そして俺たちは、CM明けに流れる“視線だけで溶かすノア”の15秒版を見て、
制作スタッフが真顔で言った「エロくないんです、これが愛なんです」という謎の感想に頷くしかなかった。
────────────
ノアの撮影現場から一歩離れたロビー。
静かな空調音と、たまに響く「休憩入りまーす!」の声だけが聞こえる。
──俺とリアは、場違いなソファで並んで座っていた。
「……で、リア? 撮影スケジュールってどんな感じなんだ?」
俺が水を一口飲みながら尋ねると、リアはタブレットを軽く操作して見せた。
「えぇ……このCMが終わった後、同じビル内でノアさんのバラエティ番組の収録が控えています。午前中はみっちり潰れると見ていいですね」
「マジか……朝から夜の誘惑CMで、そのあとバラエティって……ノア、マルチすぎんだろ……」
「……あなたがついていけてないだけです」
「ぐぅ……」
ノアが“撮影に集中できない”という理由で、俺とリアはロビー待機になったわけだが──
たしかに、現場で俺と目が合った瞬間、演技が“恋人ガチ勢”に切り替わるノアを見て、それも納得だった。
「まぁ……気長に待つかー」
俺が伸びをした、そのときだった。
──カツ、カツと足音が近づき、明らかにこちらを意識した視線を感じた。
「──あっ、あのっ!」
顔を上げると、見覚えのある少女がこっちでピタッと止まっていた。
……どこかで見たなこの子……えーと……握手会で……
「この間の……握手会の人ですよね!?」
「んあ?」
間抜けな返事と同時に顔を向けると──
そこにいたのは、Sweet Shinyのアイドル・エマちゃんだった。
「あ……あのっ、この間は本当にごめんなさいっ! ちゃんとお詫びもできなくて……!」
「ああ……いや、気にしなくていいよ、あんなの──」
「そうはいきません! わざわざ来てくれたのに……私のせいで……!」
「俺は別に──」
「潤なら大丈夫ですよ。こう見えて人畜無害な“雑草”みたいな存在なので」
「は!?」
俺はリアを振り返って全力抗議する。
「ちょ、雑草ってなんだよ!?なんか絶妙に傷つくんだけど!?それ害あるだろ!?てかお前、握手会のこと知らねーだろ!?」
「ええ、知りませんけど? でも、どうせあなたのせいなんでしょ?」
「ぐっ……ひどい……ひどいよリア……。俺たち、この間“暑い夜に語り合った仲”だったのに……。後ろから抱きつかれたし……」
チラッ。
──ささやかにリアを煽ると、リアの頬がみるみる真っ赤になった。
「っっ……! あ、あれは不可抗力でっ!そもそもその誤解を生むような表現は──っ!」
「いやーでも事実だからなぁ、記録にも記憶にも残るわー。俺の背中が語ってるわー」
「黙ってください!!」
「ええっ」
──そんなふたりのやり取りを目の前で見ていたエマちゃん。
彼女の顔が……見たことないくらい真っ赤になっていた。
「あ、あの……!実は、今日はSweet Shinyのメンバー全員で撮影があるんです……!」
「へ、へえ……そうなんだ」
「でっ、できればこの間のお詫びも兼ねて! メンバー全員と……写真撮影とか、どうですか!?」
「へっ!?」
え、それって──ファン得すぎるやつじゃん。
いや俺、別にファンってほどじゃないし……
でもここで断ったら、逆に悪い……?
リアは完全に傍観モード。
「……どうせまた流されるんですよね?」みたいな目をしてるのが悔しい。
「……まぁ、それでおさまるなら……」
俺はしぶしぶ頷いた。
こうして──
俺は、キラキラした世界の住人たちと並んで、ぎこちなくピースを決める羽目になったのだった。
「笑ってください!」
「笑えねぇよ!!緊張で顔引きつるわ!!」
「エマさん、ありがとーね! じゃ、そろそろ俺は──」
全員との写真撮影も終わり、そそくさと退散しようとしたその時だった。
「ちょっと待ったぁっ!」
ぴたっ、と俺の足が止まる。
甲高く響いたその声の主は──
ピンクのフリフリ衣装に、ぶわっと跳ねたツインテール。
キラキラの瞳をこちらに向けている。
──たしか、ユズハの推しって言ってた……ライラちゃん?
「あのさー? 私も一緒に写ってあげたのにぃ~? 感謝のひとつもなく終わり~? って、何ごっこ?」
めんどくせぇぇぇぇ!!!
「えっと……皆さん、本当にありがとうございました!楽しかったです!」
──そう。全体に対してのお礼だ。
特定の誰かに向けたわけじゃない。
だから終わりだ。
俺の中では終わったんだ……!!
だが。
「ねぇ? ちょっと待って? それって、みんなへのやつでしょ? 私には?」
「いや、あの、“皆様”って言ったし……」
「そう、“皆様”って言っただけだよね? 私には“個別”に言ってないよね?」
はぁぁぁぁ!?!?
なにその謎ロジック!!?
心の中で全力ツッコミを入れながら、俺は表面上だけ笑顔を貼りつける。
「……ライラちゃん、ありがとうございましたー! ではっ!!」
──逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。
すると背後から、
「ねぇ、あんた名前は?」
「……潤です。潤うって書いて潤です!!」
言いながら、俺はもう斜め後ろを向いていた。
「へぇ、うるお……あん──」
何か言いかけてたけど、知らん。聞こえなかった。空気の流れにかき消された。
──そういうことにした。
──これが、“モブを極めた男”の逃げの美学である。
見せろ背中! 聞かせろ無言!
残すな記憶! 刻むな存在感!
──なぜなら、ここはノアが仕事してるビル。
この建物のどこかで「潤様が女性と親しげに会話していた」なんて報告が流れた日には──
……思考がそこで停止した。
想像だけで、全身の汗腺が全開になるレベル。
俺は息も足音も殺し、そっとリアの元へと帰還した。
──モブ、完遂。
あとがき小話
作者『ねーねーノアたん、この前の記念回みたいにさ〜、ほら、にゃんにゃんしてよ〜。癒しが欲しいのおおおおお!』
ノア『…………』
作者『……ノア?』
ノア『……頭にウジでも湧きましたか?』
作者『開幕からエグい!?』
ノア『にゃんにゃん……? いつ、私がそんなことを……?』
作者『いやほら、記念回とかで、あったじゃん!? ちょっと甘々なやつ……えっと……?』
ノア『記憶にありません』
リア『そのような記録、確認されていません』
作者『いやいやいやいや!? ちゃんとあったもん! ここにログも──』
(スマホを取り出す作者)
──表示:ログは削除されました──
作者『………………………………あれ?』
ノア『……“なかったこと”にしておきました』
リア『事実を捏造する方が悪いんです』
作者『なんで俺が歴史改変食らってんの!?』
ノア『作者様。にゃんにゃんを求めるその精神こそ、問題なのです』
リア『……知性の放棄ですね』
作者『言い方ぁぁぁぁぁあああああ!!!??』
──このあと、作者は反省文(4000字)を提出させられました──