第209話『俺の覚悟』
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──翌日、朝。
俺たちは昨日と同じように、再び病院へ向かっていた。
エンジンの音だけが鳴る、沈黙の車内。
と、そのとき。
スマホの着信音が鳴り、全員が一斉にエンリを見る。
「……知らない番号?」
エンリが眉を寄せながらも、ハンズフリー通話に切り替えた。
『……もしもし?』
その瞬間、車内の空気が変わった。
俺は、そっとスマホを取り出し、録音を開始する。
『あの……ユカリちゃんのお母さん……ですか?』
『あんた……あの子どこ行ったか知ってる? 昨日の朝、邪魔だから外に出したのに、帰ってこないんだけど?』
(──“邪魔だから”外に出した?)
一瞬、俺の手がスマホを落としかけた。
だが、運転中のカエデが前を睨んだまま、なにも言わない。
リアシートでノアが、黙って視線を伏せている。
エンリは、できるだけ冷静を保とうとしていた。
「ユカリちゃん……今、病院にいます」
『はあ!? 病院!? ったく面倒くさいわねー!』
『……あんた引き取りに行ってくれる? 今、旅行から帰ってきたとこでさー、疲れてんだよね〜』
さすがのエンリも、声が震えはじめていた。
「あなたは……ユカリちゃんのこと、どう思ってるんですか!?」
その問いに、母親は乾いたため息を吐いた。
『そりゃ娘でしょ? だから何よ?』
『それとも、あんたが引き取ってくれんの? 私には私の人生があるの。あの子のせいでどれだけ大変か……』
『最近、面倒見てるんでしょ? 欲しいならあげるわよ?』
「……っ、“あげる”って……そんな……!」
エンリの声が震える。
ノアが手を握ろうとしたが、エンリは静かに首を振った。
『ったく、面倒くさいわね! とりあえず引き取っておいて。あとは病院の駐車場にでも放置しといて。あの子、歩いて帰ってこれるから。よろしくぅ』
──ブツッ。
電話は、音もなく一方的に切られた。
車内に、誰も声を出す者はいなかった。
誰もが怒っていた。
でも……それを言葉にできないほど、怒っていた。
──病院に着いて、ユカリちゃんの病室をノックする。
「ユカリちゃん! 迎えにきたでー♪」
「わーい! みんなありがとーっ!」
ベッドの上で手を振るユカリちゃん。
昨日と変わらず、明るい笑顔だった。
その笑顔が、余計に痛い。
エンリがそっとベッドの横に腰を下ろす。
「ユカリちゃん? その……今日から、私の家に住まない?」
「ユカリちゃんさえ良ければ……だけど」
けれど──その言葉の途中で、ユカリちゃんが小さく首を振った。
「エンリお姉ちゃんのおうちも好きだけど……ママが心配だから……」
その言葉に、エンリの瞳が揺れる。
(……わかってる。わかってるよ、そんなの……)
ユカリちゃんの声には、**笑顔に隠された“罪悪感”**が滲んでいた。
自分が“母親を心配する立場”にいると信じている。
捨てられたことにも、気づいていない。
その優しさが、残酷だった。
エンリはすぐに微笑みを作り直した。
「そ、そうよね! お母さん、大好きだもんね」
「……とりあえず、一緒におうちに帰ろっか」
「うん!」
ユカリちゃんは何の疑いもなく、エンリの手を握った。
──その手を、誰一人として振り払うことはできなかった。
母親が“クズ”だとは、どうしても……この子の前で、言えなかった。
帰り道、ユカリちゃんが眠りにつくと、エンリが小さく呟いた。
「潤さん……私は、今度こそ……」
「……わかってる。俺も、もう……見てるだけじゃ、いられない」
(もう正義のヒーローじゃない。優しさだけじゃ、救えない)
(なら俺は……)
“正しさを否定する力”で、あの母親の人生を、終わらせる。
──決して、ユカリちゃんの前では語られない決意。
それが、この日。
俺の中に、確かに生まれた。
──────
ユカリちゃんの家の前。
俺たちが車を降りると、ユカリちゃんは少し緊張した様子で、玄関の前に立った。
「……ご、ごめんなさい……」
彼女はそう呟きながら、震える手で扉を開ける。
中から、母親が出てきた。
派手な化粧に寝癖混じりの髪。
作られたような笑顔で、ゆっくりと娘に手を伸ばす。
「あらぁ〜ユカリ〜、心配したんだよぉ〜。もう、次はもっといい子にしようねぇ?」
「うんっ!ユカリ、もっともっとがんばる!」
母親は、そんなユカリちゃんの頭を撫でた。
……笑っていた。“口元だけ”が。
その目は、冷えきっていた。
(……この毒親、演じてるつもりかよ)
俺の中で、何かが静かに切れた。
ユカリちゃんは、母親の機嫌を取ろうとしてる。
信じたいんだ。見ないようにしてるんだ。
“ひどいこと”も、“都合の悪いこと”も、全部。
誰もその場で何も言わなかった。
カエデも、ノアも、エンリも──口を閉ざしていた。
……だから。
俺は、母親の腕を掴んだ。
「じゃ、感動の再会も終わったし……ユカリちゃん。お前のママ、連れてくわ」
「──は?」
カエデたちが一斉に俺を見た。
ユカリちゃんは、ポカンとしていた。
「え……? お兄ちゃん?」
「ユカリちゃん。お兄ちゃん、実はすっごく悪いやつなんだ」
「だから……君のママを、連れてくね?」
「──!? だ、だめっ!」
ユカリちゃんが、驚いて俺の腕にしがみついてくる。
「やめて! ママを連れていかないで!」
「お兄ちゃん、正義のヒーローなんでしょ!?」
「ユカリから……ママを取らないでよぉ!!」
その叫びに、一瞬だけ……俺の手が止まった。
(……あぁ、そうだよな。ユカリちゃんにとって、まだ“母親”なんだ)
でも──
俺は、目を逸らさずに彼女に向き合った。
「ユカリちゃん……」
俺は、パッシブスキル【咎人の玉座】を強く意識する。
俺の存在が、“ただならぬ威圧”を放つように。
「お兄ちゃんはね──ヒーローなんかじゃない」
「悪者だ。……それも、とびきりの悪者だよ」
スキルの影響か、ユカリちゃんの顔から色が引き、震えながらその場に座り込む。
「……お兄ちゃんのこと、恨んでいいよ」
「俺は逃げない。隠れない。ずっとここで待ってるから」
そう言い残して、俺は母親の腕を引いて、家の外へ歩き出した。
「ちょっと!あんた、何様のつもりよ!?離しなさいよッ!」
母親が暴れる。
だが、俺はその場で立ち止まり──
ゆっくりと振り向き、睨みつける。
「黙ってついてこい」
……その一言で、母親は怯えたように口を閉じた。
スキルの効果もある。
でも、これは──俺自身の覚悟の圧だ。
後ろから、ユカリちゃんの小さな声が聞こえた。
「──ママ……」
……でももう、振り返らない。
──────
その後、俺は録音していた音声と、今までの経緯すべてを警察に提出した。
もちろん最初は、まともに取り合ってもらえなかった。
「すぐに逮捕は難しい」「証拠が足りない」「児相を通してから」──
お決まりの台詞ばかりが並ぶ。
俺は、無言で警察署のカウンターに座り続けた。
スキルを最大限に発動しながら──
警察官たちの誰もが、目を合わせないようになっていた。
結果的に、“やむを得ない事情”という名目で母親は一時的に保護され、
その後、児童相談所の動きも加わり、正式にユカリちゃんは保護施設へ送られることとなった。
──それから数日。
ユカリちゃんは施設で生活を始めた。
直接会うことは避けたが、エンリが定期的に様子を聞きに行っている。
「潤さん……ユカリちゃん、毎日“お母さんが立派だから来れないんだよ”って職員さんに話してるそうです」
そう言って、エンリは泣きそうな顔で笑った。
「“お母さんは、偉いから……きっといつか迎えに来てくれるんだ”って」
……そうか。
それでいい。
その“信じる気持ち”だけは、壊さないでいてくれ。
たとえ──
その信じる先に、“俺”がいなくなっても。
【あとがき】
──実は、作者も幼少期、親に苦しめられていた側の人間です。
折れたままの骨を抱えて、誰にも言えず学校に行き、授業を受けていたこともありました。
だからこそ、今回のエピソードは、書くのが本当に苦しかった。
でも、それでも筆を止めなかったのは、過去の自分に「今の姿」を見せたかったからです。
あのときの自分には想像もできなかった──
「今、家族を大切にできる大人になれている」という未来を。
だから思うんです。
あの頃の痛みも、理不尽も、涙も全部……今の自分を作ってくれたんだって。
もし今、誰かが同じように苦しんでいるなら──
どうか、ほんの少しでいい。
ちょっとだけ、前を向いてみてください。
あなたが思っているより、あなたはきっと強い。
何も持っていなくても、誰かに否定されても、
それでも顔を上げて、歩き出すことはできるから。
過去は、いつか“過去”になります。
どうかその日まで、あなた自身を、どうか諦めないで。