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才能奪って成り上がる!無職の俺がヒロイン達と社会を支配するまで  作者: pyoco
第3章『初心者の作者が本気出すでしょう』
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第206話『俺、あの日のノアを知らない』

今回と次回は、あとがきをお休みします。


実は、ヒロインたちの過去をこうしてしっかり描いたのは、今作で初めてかもしれません。

だからこそ、今回は余計な言葉を挟まずに、彼女たちの“理由”をまっすぐに届けたくて。


ノアはなぜ、そこまで想うのか。

カエデはなぜ、あんなふうに笑うのか。


少しでも彼女たちの想いに触れて、好きになってもらえたら嬉しいです。



──バタン、と玄関が閉まった音が、やけに耳に残る。


あっけないほど簡単に、カエデは出て行った。


それなのに……部屋には重たい沈黙だけが残った。


誰も、何も言えなかった。

さっきまでの言い合いが嘘みたいに、言葉が出ない。


その時、静かに──けれど確かな決意を孕んだ声が落ちた。


「……エンリさん。カエデが……言い過ぎました。ごめんなさい」


ノアだった。


静かに、けれど深く頭を下げている。

その仕草には、どこか悔しさすら滲んでいた。


「……いいえ。私のほうこそ……言い過ぎました」


エンリもまた、俯いたまま小さく答える。


普段はお互いの個性を尊重している彼女たちが、ここまで感情的にぶつかり合うのは初めてだった。


「……カエデの怒る気持ちも、分かるんだ。きっと、誰が見ても、あの母親は許せない存在だって思う。でも……」


言葉を探すように、俺は視線を落とす。


「それでも、ユカリちゃんの気持ちを……完全に無視して、力で引き離すっていうのも……なんか違う気がしてさ……」


どちらも間違っていない。

どちらも、正しいとは言い切れない。


だけど、どちらも──ユカリちゃんの幸せを願ってた。それだけは確かだった。


「……きっと」


ふいに、ノアがぽつりと呟いた。


「カエデさんは……ユカリちゃんに、自分を重ねて見ているんだと思います」


「……自分を?」


俺が問い返すと、ノアは少しだけ目を伏せた。


そして、小さく笑う。……寂しそうに。


「それは……私が──」


 


──ノアとカエデの、あの出会いの日のことです。


 


ノアの口から語られたのは、

かつて彼女が“救われた”日と、

そしてカエデが“誰かを救おうとした”始まりだった。



──────


 


私は、かつて──

裕福な家庭に生まれました。


大きな屋敷と、何人もの使用人。

お行儀よく、お勉強も音楽もこなして……

世間的には、誰もが羨む“お嬢様”。


でも、私にとっての幸福は……そんな肩書ではありませんでした。


 


──お父様が、忙しい仕事の合間に見せてくれる笑顔。

──お母様が、毎晩寝る前に歌ってくれる子守唄。

 


ただ、それだけで、胸がいっぱいだったんです。


 


「ノア、お利口ね」

「大好きだよ、ノア」


その言葉を、毎日もらえることが、

当たり前になっていたあの頃。


……でも、本当は、そんな日々こそが奇跡だったのだと、

私は、後になって知るのです。


 


──あの日までは。


 


あれは、クリスマスの夜でした。


ツリーに明かりを灯して、家族で囲むテーブルには、

お母様の焼いたクッキーと、七面鳥と、紅茶。


 


プレゼントを開けて、笑い声が響いて──

私が「パパ見て!」って、新しい人形を見せた、その時でした。


 


……玄関が、破壊された音がしました。


ガシャン、と。

まるで世界が割れたような、そんな音。


 


何人もの──

本当に、何人いたのかすら分からない……

武装した男たちが、屋敷に踏み込んできたのです。


 


その瞬間、時間の流れが歪んだように感じました。


声が割れる。

空気が重くなる。

心臓の鼓動だけがやたらと大きくて、うるさくて。


 


誰かが怒鳴る声。

誰かが泣き叫ぶ声。

何かが壊れる音。

金属がぶつかる音。


そして、鉄と血の匂い。


 


──私は、必死に走って、台所の奥の戸棚に身を押し込みました。


泣きそうなのを必死に堪えて、

息を殺して、音を聞かないふりをして。


「お願い……止まって……止まって……!」


……何度も、心の中でそう叫びました。


 


けれど地獄は、終わらなかった。


どれだけ時間が経ったのか、わかりません。

私は、ただ震えて、怖くて……

“助けて”という言葉すら、声に出せなかった。


 


──やがて、静かになりました。


聞こえていた悲鳴も、足音も、何もかもが消えて。

私は、ようやく……戸棚の扉をそっと押し開けました。


 


そこにあったのは──


朝の光。


そして、その光の中で、

血に染まったまま、静かに横たわる両親の姿でした。


 


声は出ませんでした。


涙も、出ませんでした。


その瞬間、私の心は……たぶん、一度死んだのだと思います。


 


それからの私は──

親戚に“保護”され、たらい回しにされました。


誰もが言葉では「心配してるよ」と言いながら、

誰一人として、私の目を見てはくれませんでした。


 


“相続”という名のもとに、

両親が遺した資産は手続きされ──

私自身は、使い終わった紙くずのように、施設に送られました。


 


……あの日から、私はずっとひとりでした。




誰かに頼るのが怖くて。

優しさにすら、疑いしか抱けなくなって。


どんなに賢くふるまっても、

どれだけ強がっても……

心の奥は、ずっと空っぽだったんです。


 


──そんな私の前に、ある日。

唐突に現れて、いきなり距離感ゼロで踏み込んできた子がいました。


とんでもなく明るくて、

とんでもなく自由で、

とんでもなく真っ直ぐな──


……今となっては、ちょっと迷惑なぐらいに、お節介な人。


 


──彼女の名前は、カエデと言います。


 


(スッと目を閉じるノア)


 


……あの子との出会いがなければ、

今の私は、ここにいなかった。


 


だから──


 


カエデが、どうしてそこまで怒ったのか。

私には、痛いほど……わかるんです。


 


 


──────





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