第205話『俺、雨の中で現実を見る』
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──雨の中を車で走らせ、
ユカリちゃんの住むアパートに到着する。
「ここがおうちー!ありがとう、カエデちゃん!じゅんくん!」
後部座席から元気よく手を振るユカリちゃんに、思わず笑みがこぼれる。
車を一旦止めると、カエデがシートベルトを外してぼそりと呟いた。
「……玄関まで送ってくわ」
「大丈夫だもん!」
ユカリちゃんはそう言って、頬をぷくっと膨らませた。
……なんて、愛おしいんだろう。
「ユカリちゃんが心配なんだよ。カエデはさ」
そう言うとカエデは傘をさして、ユカリちゃんと一緒にアパートの階段を上がっていく。
俺は車内で待機しながら、
2人の小さな背中をぼんやりと見送っていた。
──しばらくして、カエデが戻ってくる。
「遅くなっちゃったな。……ユカリちゃんのお母さんに挨拶でもしたの?なんか言ってた?」
何気なくそう尋ねた俺に、カエデは一拍置いてから言った。
「……なんかな。ちょっと引っかかったんや……」
カエデはこういうとき、無駄に勘が鋭い。
「で? なんかあったのかよ?」
「家、誰もおらんかった」
「……仕事、大変なんだな」
「……部屋ん中、ゴミだらけやってん」
「……それは、あんまり良くないな……」
運転席のハンドルを握ったまま、
カエデはまっすぐフロントガラスの向こうを見つめていた。
「なぁ、潤くん。ちぃと引っかかんねん。……親、帰ってくるまで待っとらん?」
「……まぁ、いいけど」
正直いつ帰ってくるのかもわからないし、
帰りたいって気持ちもある。
でも──カエデの顔があまりにも真剣だったから。
俺はそれ以上何も言えず、助手席に身を預けた。
──1時間。
──2時間。
時計の針は、22時になろうとしていた。
窓の外は、まだ雨。
ユカリの部屋の明かりだけが、ぽつんと灯っていた。
「……見逃しただけじゃない? もう帰ろうぜ」
そう俺が口にすると──
カエデは、小さく首を振った。
「……いや、まだ“見てへん”もんがある」
その声は、どこか──覚悟を含んでいた。
──そして数分後。
アパート前に、一台の車が滑り込んできた。
ワイパーの音に紛れて、俺たちはその車を無言で見つめる。
「……あれか?」
女が降りてきた。
見覚えはないが、あの部屋の方へ向かっている。
会社帰り、には見えない。
服装も派手で、足取りもふらついている。
傘もささず、運転席側へふらっと寄ると──
男の方と、何やら話し始めた。
……雨の音が激しいはずなのに、
声は、はっきりと車内まで届いてくる。
「ちょっと〜、どう? うち、寄ってくぅ?」
女の声は、明らかに酔っていた。
足元も覚束なく、笑いながら身体を揺らしてる。
「えー? お前んとこガキいんじゃん?」
「いいのよ〜、最悪ベランダ出しとくか、外にでも散歩させときゃ〜♪」
「おいおい……それヤバいって」
「ん〜〜なら今日はいいわよ〜。でもでも、今度旅行行きた〜い♡」
「ったく……仕方ねぇな〜」
──車の中で聞いていた俺とカエデは、
言葉もなく、ただそのやり取りを見つめていた。
ワイパーの音がやたら大きく感じる。
カエデがハンドルを握る手に、ぎゅっと力が入ったのがわかった。
でも──
俺も何も言えなかった。
ただ……胸の奥に、じわりと何かが広がっていった。
それが怒りなのか、戸惑いなのか、
悲しみなのかさえ、わからなかった。
でもひとつだけ確かだったのは──
「ユカリちゃんの笑顔に、嘘はなかった」ってことだ。
──この女の、どこを見てあんなに“好き”って言えたんだろう。
いや、違う。
きっとユカリちゃんは、“好き”でいようとしてたんだ。
────その“努力”が、なにより哀しかった。
──その言葉を聞いた瞬間、
カエデが飛び出した。
「……ウチがあの女、ぶっ飛ばしたるわ!!」
「待てって!!」
俺は咄嗟に腕を伸ばして、カエデの肩を掴んだ。
「ここで怒鳴り込んだって何も解決しねぇだろ!
悪化したらどうすんだよ!? ユカリちゃんが余計に傷ついたら……!」
カエデの表情が、悔しさでぐしゃっと歪む。
それでも言い返さず、ギリッと奥歯を噛みしめて──
「……チッ……しゃあない……」
そう呟いてハンドルを握り直す。
そのまま、車はエンリの家へ向かって走り出した。
車内には、何も会話がなかった。
雨の音とワイパーだけが、やけに響いていた。
──そして、エンリの家に到着。
ドアを開けると、出迎えた2人が顔を上げる。
「随分と遅かったので……心配しましたよ?」
「潤様、何かトラブルでもございましたか?」
俺は黙って頷き、
ユカリの家で起きたことを、全て話した。
2人は静かに耳を傾け、
何も言わずに聞き終えた。
──その沈黙を、最初に破ったのは、エンリだった。
「……ユカリちゃんは、お母さんのことが大好きなんです」
ぽつりと落ちたその言葉に、カエデが眉をひそめる。
「は?」
「本当なんです。あの子、いつも言うんです。“ママは頑張ってる”“優しいママなんだよ”って、目を輝かせながら……」
「──それがどうしたん?」
エンリは、ぎゅっと胸元を押さえた。
「だから……私は、その想いを裏切りたくないんです。現実がどうであれ、あの子にとっては“ママ”なんです。たった一人の、たった一人の……」
「……」
「間違っていても、嘘だったとしても……私が、勝手に“悪い人です”って決めつけて、ユカリちゃんからお母さんを奪うようなこと──したくないんです……!」
エンリの目が揺れていた。
迷いと、優しさと、そして……痛み。
カエデは立ち上がり、ゆっくりと息を吐いた。
「……エンリ。優しいんは、分かってる。でもな──」
その声には、怒りではなく、必死な願いが滲んでいた。
「“信じたい”ってだけで、子供が救えるなら、ウチかてそうしてるわ……!」
「私は、信じたいんです……。何度裏切られても……!」
「それ、アンタの話やろ!? ユカリちゃんの気持ちの話や言うて、結局“自分が信じたいだけ”やないか!!」
エンリが、ぎゅっと拳を握る。
「……それでも、私は見捨てたくない」
「はぁ!?」
「何度でも向き合って、話して、やり直せるって──そう信じて、救いたいんです……! 子供も、親も……どちらも」
「綺麗事や!!」
カエデの怒声が飛ぶ。
「“どっちも”なんて甘いこと言うて、結果“誰も”救えんかったらどうすんねん!?」
「それでも……!」
「ウチはな、現場で見てきたんや! 血が出るほど殴られても、“ママが好き”言うて泣いとる子を!」
「……っ」
「それでも、“お母さんを信じたい”言うてるその子の前で──加害者かばう大人を、何人も見てきたんや!!」
カエデの声は怒りを超えていた。
それは、叫び。悲鳴。痛みの記憶だった。
「ユカリちゃんが泣いとったん、見たやろ!?
それでもまだ、あの母親に“チャンス”やるんか!?」
「……ユカリちゃんが、望んでいるのなら……」
「アカンわ……!」
カエデが顔を伏せ、ギリ、と歯を食いしばる。
「アンタの“救い”は……自己満足や」
「……っ」
「当事者の痛みを“見てるふり”して、ほんまは見てへん。
アンタが救っとるんは、子供でも親でもない。
自分自身の、罪悪感や!!」
その言葉に、エンリが一瞬、目を見開いた。
「じゃあ、カエデさんの言う“救い”って……暴力ですか!?
力で叩いて、親を排除して、それで終わりなんですか!?」
「違うわ!! せやけどな!!」
カエデは真正面から叫び返す。
「“綺麗な正義”語って、子供を守れへん奴が──救いなんて、語る資格あらへんやろが!!!」
二人の視線がぶつかる。
……涙が滲んでいた。
怒りの中に、悔しさと、信じた相手への想いが滲んでいた。
互いを、信じていた。
同じ方向を向いていた。
それでも──“救い”の形が違った。
だからこそ……ぶつかってしまった。
──そして、カエデが言った。
「……エンリ。あんたのこと、見損なったわ」
その声は、静かだった。
けれど、どんな怒声よりも深く、胸に突き刺さった。
カエデは踵を返し、玄関へ向かう。
「カエデ!!」
俺が叫んだ時には──
ドアが、音を立てて閉じられていた。
……残されたのは、しんと静まり返った、重苦しい空気だけだった。
【あとがき小話】
初めて──ヒロイン同士の“ガチ喧嘩”を描きました。
書いていて思ったんですが、
エンリの「相手を信じたい」って気持ちも、
カエデの「それでも、守るべきものを優先する」って考えも、
どっちも、すごく人間らしくて──
どちらかが“正しい”って話じゃないのかもしれませんね。
きっとこれは、
読む人の数だけ、答えがある話なんだと思います。
……え?
「お前ほんとに作者か?」って?
うふふ──じゃあ、ちょっとだけ確かめてみましょうか。
ほら、小指。見て?
紫色の鎖……ついてますよね?
──ね、やっぱり。
あなたも、ここに辿り着く運命だったんですよ。ニチャァ……
潤『今までで一番怖いわ……』