第187話『私、悪者だ』
作者『……なあ潤、今って、夏だよな?』
潤『間違いなく夏だろ。7月後半だぞ?』
作者『……なのに、蝉いなくね?』
潤『あっ、言われてみれば……たしかに。今年、まだ一回も聞いてない……』
作者『いつもなら「ミィィィィィ!!」って爆音響いてたのに……静かすぎて逆に怖いわ。数年前なんて、ポケGOしながら歩いてると、それぞれの木に蝉びっちりで……』
潤『もはや虫の巣だな。』
作者『今年の夏、どうなってんの……』
──悪徳リクルートエージェント社・社長室。
その日の社長室には、珍しく全員が揃っていた。
中心にあるのは、マイから届いた一通のメール──
重苦しい沈黙の中、全員がその内容を見つめていた。
リアが、鋭く口を開く。
「……さぁ。馬鹿馬鹿しいですね」
眉ひとつ動かさず、冷ややかに切り捨てた。
「この状況で“警察に任せて製品のリリースを優先する”など、正気の判断とは思えません」
俺は、その言葉にひっかかりながらも──素直に思ったことを口にした。
「え、でも……別に良くない?
製品自体は完成してるし、もう販売始めちゃえばいいんじゃないの?
売上で繋げば、その間に解決も狙えるし──資金さえ回ればさ」
その意見に、ミリーとユズハがすかさず乗ってくる。
「そうだよー!じゅんくんの言う通りっ♪
製品そのものはバッチリなんだし、リリースすれば企業イメージもアップ〜〜!」
「それにぃ、今さら止めても、もう流れ止められないですよね?
だったら逆に“売れてます”って実績出しちゃえば、信頼って後からでも……」
俺は一瞬「それな」ってなりかけたが──
ふと、エンリの声が、静かに割り込んだ。
「……いいえ。
“コミュニケーションAI”とは、信用が命なのです」
その言葉に、ミリーとユズハが小さく口を閉じる。
「ユーザーは、自分の思考や会話を預けます。
ときには社内の機密、あるいはプライベートの全記録まで……
その“最奥”を扱うものに対して、たとえ技術が優れていても──信用がなければ誰も使わないんです」
リアが、眼鏡越しに俺を見据えながら続けた。
「つまり──“自社の資金すら管理できない企業”に、
あなたは個人情報や戦略データを預けられますか?」
「…………」
俺は、言い返せなかった。
(……確かに……
どれだけ機能が良くても、“盗まれる可能性がある”ってだけで──全部パーじゃん……)
俺の表情から察したのか、ノアが口を開いた。
「問題は、Neulogic社がこの深刻な状況にも関わらず、
“警察への依頼”という静観策を選んだ点にあります」
「外から見ればそれは、一見安全な対応に見えるかもしれません。
しかし──“企業としての自主調査能力が無い”とも解釈されてしまいます」
俺「……それ……マイさんに言った方がいいんじゃ……?」
ノアは少しだけ目を伏せて、静かに答えた。
「……伝えたところで、動けない。
──それが、正直なところではないでしょうか」
「犯人の特定もできず、“誤って外部に情報が漏れた”となれば──
最悪、“銀行の審査自体が打ち切り”となり……
AIの販売どころか、企業そのものが沈む可能性があります」
──ズゥン……と、部屋全体の空気が重くなる。
誰も口を開かず、息を潜めるように沈黙が続いた。
俺は、ため息をひとつだけ吐いた。
「…………なんとかするしか、ない……か」
誰に届くでもないその言葉が、
小さく、部屋の中心で転がった。
──────
Neulogic社・メインホール。
壇上を見上げる会場に、数百人もの社員が整列していた。
空調の音すら気になるほど、空気は重く張りつめている。
その中を、社長であるマイが一歩ずつ壇へと向かう。
社員たちの間を縫うように、財務担当役員の川合が前に出て、慌てたように声を張った。
「マイ社長!? 一体どういうおつもりですか!?
先日の役員会で、“今回の件は警察に任せて静観する”と決まったばかりでしょう!?
今からでも遅くありませんから! こんな場で社員全員に『誰が盗ったのか』なんて問いかけたら……
学校の犯人探しじゃあるまいし、馬鹿げてますって!」
それでもマイの足取りは止まらなかった。
「……ええ、わかってる。……本当に馬鹿げてるって、自分でも思ってる。
私、どうかしてるわ……」
だが、その歩みには迷いがなかった。
川合はその言葉に少し安堵した様子で微笑む。
「ですよね? 榊原さんもおっしゃってましたし……あの人の言う通りにしておけば、また何とかなりますって。だから──」
その言葉を遮るように、マイは振り向いた。
「──でもね、それでも……あの潤とかいう男に、賭けてみたくなったの。
本当に、私どうかしてるわよね」
川合の笑みが凍りついた。
その顔から血の気が引き、そしてようやく悟る。
もう、誰にも止められない──と。
壇上に立ったマイに向けられる社員たちの視線は、それぞれに違っていた。
疑念。不審。不安。怒り。希望。
そのすべてが入り混じり、言葉にできない重さとなって場を包んでいた。
「──本日、皆さんにお集まりいただいたのは、我が社の存続に関わる重要な事案について、正直にお話しするためです」
マイの声がマイクに乗り、ホールの隅々まで響く。
「……すでに噂として耳にされている方もいるかと思います。
社内で運用されている一部の資産について、不正に引き出された痕跡が発見されました。
さらに、複数の取引先との見積もり書についても、“不正なかさ増し”の証拠が──」
会場がざわめく。
あちこちから小声が漏れ、沈黙を破るように一人の男が声を上げた。
三橋だった。
「それって……社長の責任問題じゃないですか!?
しかもこのタイミングで!? 俺たちの今までの努力を、台無しにするおつもりですか!?」
同調するように、あちこちから怒号が飛ぶ。
「ふざけんなよ!」「何考えてんだよ社長!」
マイは一瞬だけ口を閉ざした。
しかし、すぐに顔を上げて言葉を重ねる。
「……この会社に懸ける想いは、誰にも負けないと、私は自負しています。
それは“社長”という肩書きだからではなく、一人の人間として──
この会社と、ここにいる皆さんと共に歩んできた私だからこそです。
だからこそ、私はこのまま見て見ぬふりをしたくありません。
……どうか。この件について何かご存じの方がいらっしゃれば、力を貸してください」
マイの言葉が終わった瞬間、再び場に沈黙が戻った。
……だが。
それを引き裂くように、柔らかな声が壇に届く。
「──マイ社長の熱い想い、我々も、よく理解していますよ」
榊原彰人。財務担当役員。
この件のキーパーソンでもある彼が、マイクなしでゆっくりと歩み出た。
「ですが、社長。困難を乗り越えてきたのは、何も社長お一人ではありません。
社員一人ひとりが、毎日必死にこの会社を支えてきたんです。
だからこそ、今こそ冷静になるべきです。
銀行からの融資判断が迫るこの時期に、社内で混乱を広げるのは、得策ではありませんよね?」
榊原の言葉は静かだが、会場の空気を一気に傾けた。
「すでに方針は決まりました。“警察に任せる”と。
今は、それを信じるべき時ではありませんか?」
すると、先ほど反発していた三橋が真っ先に拍手を送る。
それに釣られるように、社員たちからも賛同の拍手が広がっていく。
──まるで、導線が張られていたかのように。
その中心で、ただ一人。
顔を引きつらせながら、会場の片隅で小さく呻いた男がいた。
はぁぁぁぁぁぁ?
潤だった。
【あとがき小話】
最近、作者の破天荒キャラが崩れつつある件について
ミリー『被告人・作者〜っ!!あなたは……えっと……なんだっけ?』
リア『はぁ……“キャラがブレブレで方向性迷子罪”です』
ミリー『そうっ!ムレムレ迷子罪っ!判決、アウトーーーーー!』
潤『ちょっ!雑すぎるだろ!?てか“ムレムレ”って何だよ!?おい作者!?これ、いいのか!?』
作者『いやぁ……最近バニー服出しても誰も驚かないし……
変に真面目に語っちゃったせいで、ふざけづらくなって……』
潤『あーあーあー!作者が反省し始めたぁぁぁ!?』
ユズハ『異議ありっ♡裁判長!作者は迷子なんかじゃありません!
“ド陰キャのくせに、勘違い陽キャを拗らせた痛いやつ”なだけです♡』
作者『ゲフッ!!』
潤『おいおい、クリティカル入ってるから!?』
ノア『はい。弁護人として申します──この者は“黒歴史の自爆テロ”を繰り返し、
自分語りの末に人生を供養しようとしております。
もはや……救いようがございません。』
作者『ゲフッゲフッ……ッ……!』
潤『もうやめてあげてっ!作者のライフはとっくにゼロよっ!?』
カエデ『……せやけど、最後に決めるんは読たんやろ?』
潤『おお!そっか!読たんは絶対──』
カエデ『読たん、聞くで?──“作者って……痛いやつ?”』
読たん(…………コクリ)
作者『グハァッ……ッ!!ピクピク……』
潤『トドメ刺されたァァァァァ!!』