第122話『俺、案の定帰りたい……』
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一緒に作品の外でも、ちょっとした会話を楽しめたら嬉しいです!
「いらっしゃいましたー!予約のユズハちゃんでーす⭐︎」
──入店1秒で飛ばしてんなこいつ。
受付の老人が、ぴくりと眉を跳ね上げた。
おい、顔が怖い。演技じゃない。地なのが怖い。
「いらっしゃせぇ……今日は……4名の……4部屋でご予約でしゅね?」
滑舌がバグってる。
(前回の宿の親父……まさか……いやまさか……)
視線を奥の廊下へ向ける。
──前と同じく、照明ゼロの“深淵の回廊”。
(いや、やっぱりここだ!!二度と来るまいと誓ったあの宿!!)
俺の脳内でアラームが鳴る。
【警告:危険領域】
本能がブザーを鳴らしてるのに──
「雰囲気出ててええなー」
「せんぱぁーい♪どさくさに紛れて抱きついちゃだめですよー?」
「やらんわ!!」
──脳筋が二人揃えば無敵理論やめろや!!
ミシ……ミシミシ……
廊下を歩くたびに音がするのは木造だからか、呪われてるからか、もうわからん。
そんななか、ユズハとカエデはなぜかウキウキで先導し、俺とエンリはその後ろを慎重に進む。
(エンリがいなかったら、俺もう入口の地蔵になってるとこだった)
「ちゅきました……ここが……彷徨いの間と渡し船の間でしゅ……運がいいでしゅね?」
──運の定義、破綻しすぎだろ。
部屋名がまずおかしい。完全に“霊界渡航コース”じゃねえか。
「ここの部屋もつい1週間ほど前に空き部屋になりましゅて……」
俺「……ちなみに、どのくらい泊まってたんですか?」
管理人は首を傾げ、涼しい顔で答える。
「えーと3年前から未払いだったので、この間見たら居なくなってましゅた……」
(いやマジで何で“居なくなった”で済ませてんの!?)
「──ごゆっくり……」
どの口が言ってんだよ。
鍵を受け取り、部屋を開けると──
「……パーテーション?」
中央にポツンと仕切りが立っているだけの、ワンルーム。
「おっちゃんあかんて〜♪ パーテーションでふた部屋とかおもろすぎるわ〜!」
「これは流石にユズハも引きますねぇ、面白いからいいですけど⭐︎」
──ポジティブの極地かよ!!
「ていうかDYY感覚で部屋増やすな!!!」
俺の心の中の建築士が怒鳴った。
(……まぁ、ここまでは前回も通った道だ。問題はここからだ)
今回は俺とエンリ、ユズハとカエデで部屋が分かれることに。
部屋名的にはもう俺の方が渡し船確定みたいになってるが、細かいことは気にしない。
……と、思ったが。
「エンリ?さっきから何も話さないけど大丈夫?」
エンリは、座ったまま──無言でにこやかに微笑んでいる。
(え?なんか……怖い……)
普段なら「少し緊張していますが、潤さんと一緒なので大丈夫です」とか言ってくれるのに……なにこの“にこっ”だけ。
(俺、なんかやらかしたか……?)
タイミングよく──隣室から爆音。
「いやああああっ!?」
「うちの腕がっ!!冷たいのがスーッてっ!!」
(騒ぎすぎだろあの二人!!)
迷惑って言葉知らないのかよと思いながら、壁に近づくと……
「……あれ?」
壁の一部、カレンダーで不自然に隠されている。
めくってみると──穴。
(壁に穴!? 向こう側の音、全部聞こえてるのか!?)
耳を近づけると──案の定。
「この人形のしみぃ〜……ほら!こうすると可愛いですよぉ〜!」
「見て見て〜♪ここなぁ、なんかひんやりしてて気持ちええねん!」
──遊園地かよ。
何この楽しみ方。お化け屋敷じゃないの?
むしろ幽霊が同情してくるレベルのはしゃぎっぷりなんだけど。
壁穴の先でワイワイキャッキャと大騒ぎする二人。
それを聞きながら──俺は再び、無言のエンリを見る。
「……」
(な、なんか俺、罰ゲーム受けてる?)
誰も何もしてないのに、背筋がぞわっと冷える。
部屋の気温のせいじゃない。これ、心理的寒さだ。
(帰りてぇ……)
『エンリ? エンリー?』
ちょん、と軽く肩に触れると、
──スッ……と起動音もなく目を開けた。
『あら……潤さん♪ どうしたんですか? 疲れてしまったんですか?』
『いや……なんか、エンリが微笑んだまま完全停止してたから……フリーズかと思って……』
『うふふ、もちろん大丈夫ですよ? 安心してくださいね?』
(こっちが心拍数上がってるんですが!?)
俺は思わず胸を撫で下ろした。
いつも通りのエンリだ。……うん、たぶん。
──その時。
奥の部屋から、地味に地獄の扉が開く音がした。
『じゃあ、うち先に風呂入るわ〜』
『どぞどぞ〜♡』
「いやいやいやいや!!」
何でこの状況でキャッキャしてんだよ!?
ここ、“カーテンを開けたら能面がいる系の部屋”だぞ!?
廃屋リノベ宿だぞ!?
なんでJKのお泊まり会テンションでいける!?
『エンリ? ……どうする? 俺、部屋の外で待ってようか? ……てか、入るよね? お風呂……』
『いえ〜、私はさっきいただいたので、潤さんこそどうぞ?』
『……なるほど。入らなければならない……ということか』
──だが俺には、切り札がある。
【装備:シャンプーハット】
──視界、確保。水の侵入、遮断。
──それは最強の防御魔具
(こいよ怪異……! 洗い流してやるぜ)
俺は風呂場のドアを開けた。
……ギィ……バタン……
──入浴。
……無言。
……完全沈黙。
目を皿のように見開き、首もとまで湯に沈める。
この緊張感、もはや“交渉中のSP”レベルだ。
(……声は? 音は……? 出るなよ、絶対出るなよ)
──……シーン……
(……静かだ……! これなら……!)
\ シュポン /
(シャンプー発動ッ!!)
ガシャンと音を立てながら、俺はハットで頭をガード。
目は見開いたまま、ひたすらガリガリと頭皮をこする。
(前みたいな「後ろにいるよ」ボイスはナシ! OK!)
──無事、生還。
服を着て、エンリの元に戻ると──
『エンリィィィ! 流石にアレはヤバかったって! 堂々と頭触ってくる手とかあったし!? あと! 声! マジで聞き取りたくなかった感じの声が常に耳元で喋ってきてたからな!?』
『まぁまぁ……よしよしです♪』
──やっぱり癒しの女神だ……!
こういう時に“わかってくれてる感”が全身から滲み出てる!
──一方その頃、隣の部屋では。
『いや〜めっちゃ風呂よかったわ〜。なんかおしゃべり機能ついてたし、頭も洗ってくれてん。最高やわ〜♪』
『え〜!? ずる〜い! ユズハちゃんも入りま〜す♡ AI風呂さん、お任せしまーすっ♪』
「ちょっと待ってその風呂、人工知能ついてるのおかしいだろ!?!?」
──あいつら、何で耐性ある側のホラー系女子なの?
感受性バグってんの!?
すると──
部屋の札が、じわ……っと黒く染まりはじめた。
(えっ!?えっ!?なんで!?)
(黒染め札ってアレだろ!?ホラー映画で見たことあるやつ!!)
天井のライトが、**ピッ……ピッ……パチッ!と点滅し──
ついには──バァァァン!!**と点灯。
その瞬間──
家具がガタッ……ガタガタッ……!!!
おいおいおい、なんで棚が揺れてんだよ!!地震か!?ポルターガイストか!?
俺なんもしてねぇよ!?誰だよ呪いの装置オンにしたの!!!
「エンリ!?エンリィィィーー!!助けてーー!!」
俺は震える声で助けを求め、エンリのほうへ走る!
すると──
にこやかに微笑んだままのエンリが、ピクリとも動かず、完全停止していた。
(いやいやいや……笑顔保ったままフリーズって……)
(まさかさっきから一言も喋らなかったの、全部……)
(恐怖で思考停止してただけ!?)
「いやあああああ怖いのかお前もぉぉぉ!!」
──そのときだった。
ヒタ……ヒタ……
足音のような、何かが這うような音が──部屋の奥から響いてきた。
(待て待て待て待て、今の俺の手札は……!!)
(エンリ、戦力外。札、呪い。棚、揺れ。ライト、点滅中──)
──詰んだ。
俺は咄嗟に、部屋の隅の小さな通気穴に向かって叫ぶ!
「助けてーー!!ユズハーー!!カエデーーー!!」
……返事はない。
その代わりに聞こえてきたのは──
『えー!それでカエデちゃんそのあとどうしたん~?』
『んふふー、潤くんのことぎゅーってして──』
(パーティーしてるぅぅううう!!)
(コイツらここでパーティーしてやがるじゃねーか!!)
(パーティー会場、心霊物件の隣とか聞いたことねぇぞ!?)
ヒタ……ヒタ……
音が、近づく。
ヒタ……ヒタ……
──止まらない。来る。確実に来る。
「いーーーーやーーーーー!!」
俺は反射的にエンリの後ろに隠れた。
その瞬間、ふと脳裏によぎったのは──
(わからせられたのはアイツらじゃなかった……)
(わからせられたのは……俺だった……)
翌朝──
「おっはよ〜ございま〜す♡ ……あれ〜?先輩なんで泣いてるんですかぁ〜?」
玄関から入ってきたユズハが、満面の笑顔で首を傾げる。
「え? もしかして……ユズハちゃん居なくて、寂しくて寂しくて、夜な夜な泣いちゃったとか〜?」
「違うわボケェェェ!!」
布団にくるまってガタガタ震えていた俺は、涙と鼻水でぐしょぐしょになりながら絶叫した。
「潤くん潤くん! ウチはめっちゃ気に入ったで〜!
この宿ええなぁ〜! なんやろ、落ち着くっていうか、心の底からリラックスできたわ〜!」
「二度と来るかあああああああああ!!」
最後は鳥の鳴き声とともに、俺の悲鳴が朝の山々にこだました。
あとがき小話
ノアの部屋にて
──作者、ノアの部屋前で一度深呼吸してから、そっとドアを開けた。
……部屋は、予想よりもずっと、静かで落ち着いた空間だった。
──壁際の照明はほの暗く、ベッドの脇には読みかけの洋書が数冊と、ガラスの小物入れ。
机には整然と整えられた書類と、広報資料、写真立て。そして──中央には。
ノア『……潤様……』
(ソファに腰かけ、白いブランケットを膝に掛けたノアが、掌サイズのミニフォトブックをそっと撫でていた)
ノア『今日も、たくさん頑張っておられました……』
(まるで祈るように、目を伏せて微笑む)
──その表情は穏やかで、でもどこか切なげで。
横には──潤のマグカップと同じデザインのカップが置かれていた。
ノア『……潤様は、今、何をされているのでしょう……』
(ほんの少しだけ、うつむいて呟く)
ノア『……あの方の傍に、他の誰かがいたら……』
(きゅっと、自分の胸元を握りしめ)
ノア『……いえ、いけません。信じています。潤様は、私を……ちゃんと、見てくださっていますから』
──しばらく沈黙が続いたあと。
ノア『……でも。』
(立ち上がって、フォトブックをそっと棚に戻す)
ノア『この気持ちは、やはり……“恋”などという生易しいものではありませんね』
──そして、クローゼットからなにかを手に取ると、鏡の前に立つ。
ノア『潤様に、選んでいただくためには……今日よりも、明日を美しく。私の存在に、気づいていただけるように』
(黒いドレスを身にまとい、軽くターンして鏡を見る)
ノア『──ふふ。誰にも渡しません』
──作者、無言で扉を閉める。完全に入るタイミングを失った。