第100話『俺、接待という名の地獄を見た』
──それは、ある意味で予想通りだった。
人生最大級の投資家パーティー会場。立食スタイルの華やかなレンタルホール。飲み物だけやたら豪華に見えるように盛られているのが、かえって貧しさを引き立てていた。
そして、そこに立つ俺。
「潤くーん! このサンドイッチの盛り付け、ミリーがんばったのー!」
ミリーはドレス姿でぴょんぴょん跳ねながら、なぜかトング片手に高速でサンドを並べ直していた。誰もそんなクオリティ求めてないのに。
「潤くん潤くん! ドリンクのグラス、虹色に光るやつ選んどいたで? 映えるやろ?」
カエデはグラスを手にくるっと一回転、ドヤ顔でウィンク。今お前だけTikTokにいるのか?
「潤様、ご安心ください。お席はすべて五センチ単位で調整しております。角度も90度に統一しております」
ノアは手元の図面と水準器を見ながら真顔。家具職人か?
……俺は今、ドレスアップしたヒロインズの“フルスペックおもてなしモード”に囲まれていた。
会場は電柱社を支える有力投資家たちがちらほら。雰囲気は硬め。服装もスーツ率100%。
そんな中──
「せんぱ〜い♪ お待たせしましたぁ〜♡」
また現れたよ、パーティーハット第二弾。しかも今度はスパンコール付き。あと羽根ついてる。誰が許可した。
「……ユズハ、お前それどこから湧いた」
「えー? 宴会って言ったらキラキラが正義ですよね? ……ですよね?(ぐいっ)」
「押しが強い! そして今その正義、ぜったい間違ってるからな!」
俺が必死に止めてる間にも、ヒロインたちは各投資家に声をかけ始めていた。
「ねぇねぇ、潤くんってね〜、お仕事すっごく頑張ってるの! あと、ポテチが主食でちょっと不健康だけど、そこがまた可愛いの!」
「……ミリー!? なんでポテチ情報がトップなの!?!?」
「うちはな〜潤くんがつらい時でも笑ってて、そんなん見たら応援したなるやん? そやろ?な?」
「カエデ! なんか言い方が人情ドラマになってる! 重い重い!!」
「……潤様は常に誠実で努力家で──ただ少し、喋りがたどたどしいところがありまして……それがまた庶民的で愛される要因かと」
「ノア!? ちょっとフォローの形して地味にダメージ入ってるからな!?」
「先輩はねぇ〜、本番でよく噛むんですよ〜♪ でも、あれはあれで笑いが取れるから武器かも? って思ってまぁ〜す☆」
「ユズハ!! 本気で噛むんだよこっちは! 武器とかじゃないから! 心の傷だから!!」
ヒロインたちはやりたい放題だった。
ミリーは料理テーブルの上を飛び跳ねながら「これは〜潤くんが〜最初に〜噛んだ味〜♪」とポテチのプレゼンソングを披露。
そして投資家に向かって「食べてくださいなのーっ!!」と無理やりポテチを差し出し、「おいしいって言って! ね! 言って!!」と詰め寄ってた。やめてほんとにやめて。
カエデは途中から潤の隣から離れず、肩にもたれて「潤くん……なぁ、うちって最近構ってもらえてへん気せぇへん?」と甘えたかと思えば、投資家が潤に話しかけるたび「なぁ? なんやあのオッサン」と低く睨んでくる。
「いやいや、お前今、接待してる側やろ!? なにその牽制!?」
ノアは相変わらず完璧な所作で立ち回りつつ、名刺代わりに『潤様のための忠誠誓約書』なる封筒をそっと差し出していて、投資家が開いた瞬間硬直してた。
「誓約って字がデカいんだよ! もうちょっとソフトにしてくれ!!」
ユズハは完全にマイクを乗っ取り、二刀流で「はいは〜い☆ 潤せんぱい応援タイム〜!! 今日のお気持ち聞いちゃおうかな〜♪」とニヤニヤしながら近づいてきて、
「近い! 圧が強い! マイク返して!!!」
その間にエンリがいつの間にか投資家の背後に回り込み、肩にそっと触れながら「お疲れなのですね……頑張ってこられたんですね……」と優しく微笑んでいた。
なぜか投資家がひとり泣き出した。
「……え、待って、なんか始まってない!? ヒーリングセミナーか何か!?」
エンリは静かに微笑みながら囁いた。
「潤さんを信じてくださる方だけが、この場にいる資格があります」
一瞬の沈黙ののち、パチパチと拍手が湧いた。
「やめろやめろやめろ、なんか宗教みたいになってるって!!!」
……もはや接待という名のショータイムを通り越して、カオスと混沌の見本市。
俺はただひとり、ツッコミだけで生き延びていた。
会場の空気は──最初はザワついていたが、次第にどこか笑いが漏れ始めていた。
「……君たちの会社、ずいぶん賑やかなんだね」
「ええ、まぁ……あれが通常営業です」
俺が引きつった笑顔で答えると、投資家の一人がフッと笑った。
「潤くん……潤っていう名前、なかなか面白いな。漢字は?」
「えっ、あ、葉っぱの“葉”に──」
「……そうか。語感が柔らかい。いい名前だ」
(今、何か……空気が変わった?)
ヒロインたちの暴走と、俺のツッコミと、絶妙にズレた距離感が、どうやら投資家たちの印象に“刺さった”らしい。
(まさかとは思うけど……これ、ワンチャンあるかもしれない……)
まだ何も掴んでない。でも、
「……あと一歩、なんだよな」
俺はポテチをつまみながら、そう小さく呟いた。
あとがき小話
〜ノア、呼ばれるの巻〜
作者『そう言えばヒロインとここであんまり喋ったことないな……誰か呼んでみる?
安牌そうなのは……ノアかな?』
ノア『……はい。なんでしょう? お忙しいとは思いますが、私はもっと忙しいんです。』
作者『いきなり塩!?!? 構ってよぉ〜〜! 作者がさみしいって言ってるじゃん!』
ノア『今、潤様の……来年分のマフラーを編むのに忙しいので。』
作者『1年分……って、来年の冬用!? なんでそんな先取り!?』
ノア『当然です。潤様が少しでも寒さを感じるようなことがあっては困りますので。
今から準備しておけば、心まで温まる……そう思いませんか?』
作者『……ちょっとドキッとしたじゃん。
あれ? 今の、普通にいいセリフじゃない!?』
ノア『……ふふ、でもあなたには作って差し上げませんよ?』
作者『えっ』
ノア『冗談です、作者様。ですが、糸の在庫がギリギリなので、たぶん間に合いません。』
作者『言ってることが優しいのか冷たいのか分かんねぇよ!?』
ノア『……ちなみに、もし潤様が他の女性からもマフラーをもらったら、私は全部洗剤入りの水で洗ってから返します。』
作者『え、なにその呪詛みたいな洗濯方法!?!?』
ノア『冗談です。ええ、冗談ですとも。
……けれど、潤様には私の手で温もりを届けたいだけなのです。』
作者『……急に真顔で殺しにくるのやめて!?』
ノア『……ところで、作者様。今後の話数で、潤様が誰かとキスする展開など、お考えでは?』
作者『はい!?!? え、いやっ、それはっ、その……』
ノア『……確認です。
もし“他の誰か”とのキス描写があった場合、私のターンだと理解してくださいね?』
作者『わかりましたああああああ!!!』
ノア『ご理解いただけて何よりです♡』
作者:pyoco(潤羨ましい……後で覚えてろ……)