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えっちで柔らかい一馬くん

第三話。

少しえっちです。さわさわします。

「やっっったぁぁぁ!!三十五……!三十五点……!北川!!」

「うんうんすごいよ一馬くん……!流石だよ天才だよガリレオだよ!」

「ガリ、レオ……?」


 水曜日の七限目、物理、テスト返し。

 出席番号三十番の柳一馬くんは解答用紙を両手で持って、俺の前に興奮した柴犬のように駆け寄ってくる。

 満面の笑みは眩しい。少し赤くなった頬からするに、きっと先生に褒められたんだろう。

 俺はそんな可愛い犬を愛でる飼い主が如くサラサラの頭を撫で回した。

 テンション高い一馬くんか〜わい〜!


「初めて赤点回避!人生初!」

「すごいよ一馬くん〜〜!努力するだけでなくちゃんと結果に出せるなんて……!」

「へへ、ありがと夏稀」

「これなら次百点いける!いや加点で百二十点いける!」

「はは、いや無理だろそれは。過大評価」

「急に落ちつかないでよ」

「冗談」

 

 暫く軽口を叩き合った後、爛々とした目で俺の膝の上で解答用紙を見つめ、嬉しさを噛み締める一馬くんのボサボサになった髪を、俺は一馬くん専用高級コームで整える。

 一度梳くと馬毛のように艶が出て触り心地がいい。ここ数日、一馬くんが勉強に集中している間に俺が丹精込めてケアしてきた結果だろう。少し誇らしい。

 ついでに薫るシャンプーの匂いはご褒美だ。

 柳家のシャンプーは高級っぽさはないが、まるで実家のような安心感がある。優しい匂い、お日様に丸一日干された布団のような匂い。

 こっそり鼻を埋めて大きく深呼吸し、一馬くんで肺を満たした。

 あぁ〜〜〜……テスト明けの体に沁みる〜〜………。


「わぁ、すご……ほんとにこれ俺が……?やば……」

 

 嬉しくて言葉が漏れ出ているのは大変可愛らしく喜ばしいことなのだが、どうにも動きが妖しかった。

 チラリとその原因を見る。

 もぞもぞと太ももを擦る動作は、きっと典型的な歓喜の現れなんだろう。

 だがそれがいけない。直接触れはせずとも、やはりどうしても、愚かなことに反応してしまう。

 不規則に布を擦られ、あまり意識しないようにしていたのに『太もも』と『お尻』が存在を強調してくる。

 相手が好きな人、しかも俺が脚フェチってのもあって効果は抜群だ。

 

 俺は今にも主張しそうな欲望を抑えながら、授業中の居眠りで出来た一馬くんの寝癖を直すことに集中した。

 俺の仕事は寝癖直し。俺の仕事は寝癖直し。


「ん、ありがと夏稀。地理で爆睡してたからやばいかも」

「俺の腕舐めないでよ。どんな寝癖もイチコロだから」

「頼もしいな。頑張れ夏稀」

「任せて」


 目を細めて笑みを浮かべる一馬くんに、ニッコリと笑顔を返す。罪悪感で死にそうだ。

 ごめんなさい。こんなに可愛い一馬くんに信頼されてるのに発情して。

 

 そんなほわほわ空間?の中、クラスメイトやいつも俺を取り巻きにしている連中は「誰だアイツ……!?天変地異でも起きたか!?」という顔で俺たちを、いや俺を見ていた。


「アイツらいつの間にあんなに仲良くなったんだ……?夏稀があんな朗らかに笑うなんて……うっ気持ち悪ぃ」

「あれって本当に夏稀?偽物?そっくりさん?」

「あんな甘い声出してるの見たことない……」

「夏稀って潔癖症じゃなかったのかよ、腕組んだら即アルコールぶっかけてただろ」

「新しい扉がオープンザドアしそうかも」


 俺自身、彼らの『偏見』も普段の俺の態度からしてそこまで間違っていないと思う。寧ろ合ってる。俺はそういう人間だ。

 だからこそ、じゃあなんで?と言われるのだが、答えはシンプル。

 『相手が一馬くんだから』だ。

 

 女に触られたら香水臭くて甘ったるくて仕方ない。

 でも一馬くんは違う。

 フローラルでクリーミーでスウィーティーで、嫌な匂いがひとつもしなくて。寧ろどんどんくっついて欲しいし大歓迎。あわよくば匂いが取れないようあんなことやこんなことして欲しい。


 膝に乗せるのだって一馬くん以外じゃ考えられないし考えたくもないが、なんせ脚フェチ(特に太もも)の俺。

 最高級の一馬くんの太ももを直に感じられる『膝乗せ』は至高以外の何でもない。

 

 伝わる体温、感じる肉圧、ちょっと引き締まった筋肉の重み、これだけでも堪らない。

 美しい太ももを存分に感じて、意識を少し上に持っていけば、次は可愛い可愛いお尻が待っている。

 こちらも少し筋肉質ではあるが、やはり運動部に属していないこともあるのか平均より柔らかい。


 『膝乗せ』と言えば、昔、いつも通り一馬くんと一緒に勉強していた時――。


 一馬くんは現代文の教科書片手に俺の目の前にドンと立った。

 俺はあぁ『膝乗せ』ね、と受け入れたのだが――何度かやっているので動揺しなかったが、最初は緊張で死ぬかと思った。一馬くんは友達として『膝乗せ』することにあまり抵抗がないようだ――、思いの外一馬くんが深く座って俺の俺に一馬くんのお尻がフィットしてしまったのだ。

 慌てて退けようとするが、何も気付かない一馬くんはそのまま教科書を両手で広げて黙読を始めてしまう。真剣な表情を見てしまえば、邪魔なんて出来なかった。

 それからは地獄だ。

 終わらない己との戦い。

 抑えろと言うにも『そんなの無理だ!不可抗力!』『一馬くんの尻だー!』と愚息は暴れ出し、まぁ無理な話である。


 無力な俺は一馬くんに気付かれないよう少しずつ腰を引きながら、徐々に勃起する愚息を離すことしか出来なかった。バレないように、バレないように、と冷や汗を滝のように流しながら。

 

 ズリズリと、長期戦を経て無事に離れたと思えば次は一馬くんの番で。

 

 なんと一馬くんはフィット感が欲しいのかなんなのか分からないが、更にグイッと奥深くへと座ってきたのだ。


 絶対にバレる、てかバレた。愚息はもう五十パーセント程主張しているし、俺自身一馬くんのお尻を強く感じる。

 有名な効果音を使うなら『ゴリッ』だ。

 

 いやあかーん!!あかんやろ一馬くーーん!!!

 君は一体俺に何がしたいんだ!?どうなって欲しいんだ!?

 富と名声と力が必要!?生殺与奪の権を握りたい!?全然あげるけど!?一馬くんのためならなんでも捧げますけど!?


 終わったと覚悟し、顔面蒼白でどう腹を切らせてもらおうかと天を仰いでいたのだが、どういう訳か一馬くんは教科書を見つめたままだ。一度だってこちらを見ない。


「一馬くん…?」

「ん?なに?」

「え、いや……何でもない…」


 え、そんなことある?勃起した物押し付けられて無反応なことある?

 開いた口が塞がらないとはこのこと。

 こんな奇跡、『一馬くんがびっくりするくらい鈍感』か『一馬くんが()()()無視してる』かじゃないと考えられない。多分前者なんだろうけど、にしても奇跡だ。


 その後、カオナシのように「あ、ぁ……」と情けない声を発しながらだがなんとか退いてもらい、トイレに直行して一命を取り留めることが出来た。


 まぁそんなこんなあった『膝乗せ』。リスクはあるが一馬くんを感じられるなら至高であること間違い無し。ノーリスクハイリターンなどあり得ないのだ。

 

 愛しい一馬くんの癖毛ひとつなくなったサラサラの後頭部に鼻を埋め、十秒息を吸って十五秒肺に巡らせ、薄く薄く吐き出す。一馬くんに満たされていく。

 幸せだ………。


「おーい。そろそろ席つけよー」


 先生の声が(こだま)し、一馬くんはるんるんのまま自分の席に戻っていく。そのままテスト解説が始まり、真剣に耳を傾ける一馬くんを遠くから拝んだ。


 

 ︎✿



 授業は終わり、一同は帰る準備を進めながら終礼が始まるのを待つ。

 早く帰ってゲームしたい、部活だるい、テスト終わりだし遊び行こうぜ。比較的穏やかな空気が流れる教室の中、北川夏稀の脳内は混沌を極め、これでもかと心臓が暴れ狂っていた。

 教科書まみれのスクバにある、異質な存在。


 これを、今から、一馬くんが……!!


 灰色のソレを見つめて、俺は額を机に打ち付け、溢れんばかりの煩悩を打ち消した。


「はぁぁぁぁあああぁぁ……」

「うわっ、でっけぇため息。絶対幸せ逃げたな」

「高尾……いっそ逃げて欲しい…いや逃げないで欲しいけど……」

「やっぱお前今日、っていうか最近おかしいぞ。なんか変っつーか俺が知ってるお前じゃねぇっつーか……なんかあったのか?」

「別に何も……」

「なんだよ教えろよ。俺たち親友だろ?あ、わかった恋だ。お前振られたんだろ」

「違う。親友でもないし振られてもない。てか俺なんかが恋なんて烏滸がましいから」

「その顔で?なに、相手ハリウッド俳優なわけ?」

「もううるさい……」


 そのまま机に突っ伏すが自称親友の高尾史一(ふみかず)は返ってこない会話を延々と続けている。


「なぁなぁ恋だろ?恋なんだろ〜?安心しろよ、百戦錬磨の俺様が特別にアドバイスしてやる。だから教えろよ〜!誰が好きなんだ?みきちゃん?ゆずちゃん?それとも新任の愛佳ちゃん先生?」 

 

 いい加減うざくてシャーペンの先を喉にぶっ刺してやろうかという時に、ゴツい我がクラスの担任、通称『鬼セン』がドデカい笑い声と共に入って来た。 


「いやぁすまんすまん、みさき先生と話し込んでたら遅くなっちまった。みさき先生ったらコピーが出来ないのなんのって俺を頼ってきてなぁ、それで教えてやったら次は表の作り方がわかんないのなんのってぇ」

「センセー惚気てないで早く終礼してくださーい」


 本日限りは終礼が長くなってくれと願っているのに、このクソ陽キャ(高尾)め。本当にコイツはいらんことしかしない。

 俺はまだまだ心の準備が出来てないんだ!


「ったく鬼センって無駄な話多いよなぁ……って顔怖ぁ!」

「クソ高尾、寝る前に充電器差し忘れてゼロパーで起きろ」

「うわぁ……その呪いめっちゃやだぁ」


 

 ︎✿



「夏稀」


 掃除が終わって誰もいない教室に独り。机に突っ伏していると足音がして、心臓が大きく跳ねる。

 その足音は俺に近付いて、いつの間にか俺の背後に立っている気配を感じた。

 全校集会での発表や初めて女の子から告白された時よりも、何倍も速く、ドクドクドクドクうるさく鼓動する。

 

「ねぇ、起きてる?」

 

 男子更衣室の掃除から帰ってきた一馬くん。帰ってしまうんじゃないかって不安だったけど、大丈夫だった。


「夏稀、起きて。おい夏稀」


 つい反応みたさに狸寝入りしてしまったが、肩を揺らされて茶番は終わり。『今起きましたよ』と言わんばかりの唸り声を上げる。


「う、ん…んん……ん……!?」

「あ、起きた。おはよ」


 目を開けて広がったのは、隣の机でも教室の壁でもなく、一馬くんの顔だった。それはもう、ドアップに。視界いっぱいに。

 真っ赤な瞳は真っ直ぐ俺を射抜く。白雪姫のように真っ白な肌はぷっくりと色気のある紅い唇を映えさせる。

 吸い込まれてしまいそうだった。むしろ吸い付きたかった。

 このまま、時が止まって、一生このままでも良いと思えた。


 唾を飲んで目を合わせる。吸血鬼のように真っ赤で、俺と正反対の瞳。濁りひとつなく、どこまでも澄んでいる。


「一馬、くん……」

「『お礼』」

「え?」

「『お礼』。覚えてるよね。テスト終わったらするって言った」

「あ、う、うん。そうだねお礼、お礼、忘れてた」


 一馬くんが来るついさっきまで、意識しすぎてどうにかなってしまいそうだったのに。今の一瞬で記憶が飛んでいた。

 流石一馬くん、魔性の力を持ってるだけある。


「どこでするの?なんか着るんでしょ」

「うん。更衣室行こ、第四の」

「第四?更衣室って第三までじゃなかったけ」  

「今は空き部屋のとこで、昔は使われてたんだって。大丈夫、鍵持ってるから入れるよ」

「すごいなお前……」


 先日俺の顔がタイプで何かと声を掛けてくる教師に「どうしても必要なんです…」と必殺ぶりっ子で手に入れた更衣室の鍵。

 スペアもないらしく、そもそも一目に付きにくい場所にあるため、限られた教師しか知らないらしい。

 こんなに好都合な部屋の鍵が手に入るなんて、やっぱり顔がいいってのは最高の武器(権力)だ。


「じゃあ行こっか」

「うん」


 

 ︎✿

 


 一馬くんが更衣室に入ったのを確認し、『念のため』こっそり鍵を閉める。


「一馬くん、そこ座って。あとブレザー脱いでくれる?」

「わかった。一応聞くけど、本当に恥ずかしい服じゃないんだよな」

「大丈夫だよ。普段着としてきてる人もいるから」


 若干警戒してるのか眉を寄せる一馬くんは、ブレザーを脱ぎ、カッターシャツの上に学校指定の紺のブレザーを着ていた。

 サイズ選択を間違えたのか袖が合っておらず、ダボっとした『萌え袖』になっている。

 ありがとう選択ミス、ありがとう世界。


「で、脱いだけど……何着れば良いの?」


 俺はスクバに片手を突っ込んで『それ』を握り締めた。

 この先待っているのは天国か、はたまた地獄か。受け入れられる可能性は二割、拒絶は八割。

 まだ引き返せる。

 

 このまま関係が崩れてしまうくらいなら、やめた方がいいんじゃないか?

 折角雲の上の存在の一馬くんと、名前で呼び合える仲になれたんだから。勿体無い。


 『保守的な俺』が俺に囁く。俺も、それに頷く。

 同意見だ。まだ間に合うんだから、盛大に失敗するよりやっぱりやめた方がいい。そもそもこんなことするなんて、天使である一馬くんに不敬すぎるだろ。

『それ』をスクバの奥に押し込んだ。

 

 ここまで来て諦めて良いのか。こんな美味しい状況二度とないんだぞチキン野郎。

 ダラダラ友達関係続けて誰かに取られるより、自分の欲に素直になったほうがいいだろ。

 当たって砕けろだ。

 

 次は『恣意的な俺』が俺に囁いた。これにもまた、俺は頷く。

 そう、二度とないんだ。今が一世一代のチャンスなんだ。

 この瞬間、このタイミングはもう訪れない。今やらなくていつやるんだ!


 『恣意的な俺』の声が『保守的な俺』の声量を上回る。「ほら早く!」と叫ぶ。


 ぐるぐると渦巻く脳内を振り切るように、ギュッと目を瞑って、俺は一馬くんの前に『それ』を突きつけた。

 

「これ……!これを一馬くんに履いて欲しい…!」


 更衣室に静寂が流れる。サッカー部の掛け声と電球のジリリとした音だけが微かに響く。

 その中でも、俺の心臓が一層うるさい。

 

 五秒、体感十秒経ったか、無言の一馬くんが怖くて、俺は右目をうっすらと開けた。

 

 広がるのは拒絶か真顔か、困惑か。はたまた軽蔑か。


「……え?」

  

 広がったのは、ゆでだこみたいに真っ赤な顔だった。


「うそ、だろ……本当にこんな短いの俺に着ろって……?」 

「ぁ、あ……あぁ……!」


 赤面一馬きゅーーん!!!激レアSSRキターーー!!しゅきっ!!


 恋のキューピッドに心臓を射抜かれた。とっくに恋してるけど、その顔でもっと……さらに……!


 萌え袖を口元に近づけて、恥ずかしそうにもごもごと何か呟きながらズボンをチラチラ見ている。なんていじらしい。なんて可愛らしい。


「い、一応聞くけど……なんでその、ズボン?着て欲しいの」

「それは…………実は俺、脚フェチなんだ。特に太ももが好き」

「……は?あしふぇち……?」

「うん、脚フェチっていうのは名前の通り脚が好きなことなんだけど……」   

「いやそれはわかるんだけどさ、え、なんで?俺の脚ってそんなにすごいの?普通にみんなと同じだと思うんだけど……」

「そんなことない!一馬くんの脚は特別だよ!!」

「えっ」


 俺の勢いに一馬くんはたじろぐ。

 一馬くんが困惑しているというのに、周りに脚フェチの人なんて一人もいない俺は、語れる機会は今しかない!と一度口を開いてしまった。

 一度開いてしまえばオタクというのは二度と止まれない。


「一馬くんの脚はすごいんだ!毛穴ひとつないスベスベ肌に真っ白で綺麗で長くて、でも少し筋肉がついてるのがめっちゃ良い!普段はスラっとして細いのに椅子に座ったら太ももが潰れて太くなって色気増し増しになるとことか堪らない!出てきた筋肉が美味しそう!」

「!?」

「ツヤツヤで健康的で輝いてさえ見える、ちょっと赤みがかった膝が俺は特に好き。膝小僧って普通の人はくすんでたり青くなってたりするのに、一馬くんのは赤いんだよ!?健康的な証拠だよね、そのまま一生健康で長生きして欲しい。

 あと一馬くんの脚といえばふくらはぎだよ。全然ないわけでもないしありすぎるわけでもない、絶妙なHUKURAMIで引き締まってる。まさに少年、いや青年!男らしさを思わせるその膨らみこそが正義。一馬くんの健全さと純粋さが滲み溢れてるよ。

 一馬くんの脚は顔面国宝ならぬ美脚国宝、国で管理してみんなに敬われた方がいい。てか俺が保護したい。その脚が動く度に俺布の下ではどうなってるのかなって気になって目が離せくなるし想像して」

「も、もういい!もういから!!夏稀が脚フェチなのも俺の脚がどんだけ良いかってのももうわかったから!恥ずかしいからやめて!」

「あ、ごめん、話しすぎたかな」

「うん……途中から本当に夏稀かって思うくらい話してたよ。そんなに喋るんだね夏稀って」


 口を尖らせて軽くため息を吐かれてしまった。合っていた目をふいと逸らされてしまって、一馬くんは顔を向けてくれなくなった。

 また、静寂が流れる。また、一馬くんを困らせてしまう。


 やばい、完全にやった。何語ってんだよ俺。気持ち悪すぎだろ。

 頭が真っ白になった。冷や汗が滝のように流れ出て、血の気が引いた。

 そりゃ引かれるよな、てか当然だ。いきなりあんな早口で脚がどうたら言われるなんて、普通にキモい。


 嫌われる覚悟で挑んだはずなのに、いざ本当に嫌われると吐き気がして呼吸すらうまく出来ない。

 好きな人から幻滅される、ゴミ虫を見るような目で見られる。

 一度腹を括ったはずなのに、仕方ないと受け入れたはずなのに、やっぱり嫌だと、嫌われたくないと性懲りも無く我儘を願ってしまう。

 こうなるのは当たり前で、見えていた未来なのに。


 一馬くんはまだ、なかなか目を合わせてくれない。顔を逸らしたまま、視界に入れてくれない。


 言うんじゃなかった。折角一馬くんと仲良くなれたのに、欲に負けて『お礼』なんて要求するんじゃなかった。嫌われるなら、やっぱりチキン野郎のままでよかった。

 後悔しても過去には戻れない。健全な友達の関係には修復出来ない。


 死にたくなった。一馬くんに嫌われたこともあるけど、何よりも。

 こうして後悔してる俺が、ダサすぎて。芯のない自分がキモすぎてもう死にたい。

 いっそ開き直れたらよかったのに。一馬くんの脚が好きだ!一馬くんが好きだ!て真っ直ぐに、男らしく言えたらよかったのに。


 俺は今まで恋をしたことなかったから、いつも告白される側で人を好きになったことなんてなかったから。

 好きな人が出来るって、こんなに難しくて何もかも上手くいかなくて、いつもの何倍も弱くなってしまうものなんだと、俺は遅すぎる高校の初恋にして思い知った。


 自己嫌悪の沼に落ちていると、「何世界の終わりみたいな顔してんの」という一馬くんの声で現実に引き戻される。


「はぁ、もう……恥ずかしい……そんなド直球に褒められるなんて思ってなかった」

「ご、ごめん一馬くん、本当にもう着なくていいから。ごめん、不快な思いさせて」

「ん?いや着るよ。別に不快っていうか……ただ恥ずかしかっただけだし。約束したからにはちゃんと守るよ。

 それに俺のあ、脚が好きだってそんな熱心に伝えてくれたんだから……流石に俺も腹括る」

「か、一馬きゅん……!」


 白馬の王子様のようにキラキラと輝いていた。

 男前だ!イケメンだ!世界一、いや銀河一好きだ!

 弱い俺と違って強くて真っ直ぐな一馬くん。

 俺の憧れの人で、俺の好きな人は、俺が勝手に沼に落ちても変わらず光でいてくれて、知らずとも俺を照らし続けてくれている。


 いつの間にか拝んでいた。

 一馬くんが一馬くんでいる限り俺はどんな困難も乗り越えられる気がするよ。たとえどれだけ病んでも、死にたくなってもね。

 ここに永遠の愛を誓います、だいしゅきしゅーきな一馬きゅん……。


「や、やめてよ……何してんの」

「ごめんつい」 


 恥ずかしそうに咎められる。その赤面、可愛い。世界救えちゃうね。

 痺れを切らした一馬くんに、『それ』こと女子バレー部が履いているような丈の鬼短い灰色の短パンを奪われた。


「もう……着るから、後ろ向いててよ」

「う、うん……!」


 正座で待機していると、カチャカチャとベルトの音が聞こえた。そして、布が擦れてズボンが落ちる。音だけで、容易に想像出来てしまう。

 多分今、一馬くんはパンツ一丁……。


「ん、ん……」


 な、なんじゃその声はーーーー!?

 着替えるだけでえっちな声を出すんじゃない!『あっ』って……!『あっ』って……!!

 君体育で着替える時いつもそうなの!?だったらえっちすぎだろ!!

 

 想定外の喘ぎ声、突然の刺客にもう顔が熱すぎて鼻血が出そうだ。

 一馬くんがえっちすぎるせいで下半身も素直に反応しかけている。

 

「もう、いいよ……」


 騒いでいる間にその時は来てしまった。

 唾を飲んで、更に鼓動を速くする。ゆっくり、ゆっくりと振り返った。


「は、ゎ、はぁぁぁぁぁあああああ!!」

「うるさっ」

「ゆ、夢?これ夢!?生が、ある、生の脚がある……!?」


 天国は確かにここに在った。極楽浄土は現世に存在した。

 おぉ神よ、一馬くんの両親よ、あなたたちには感謝しても仕切れません。


 ブレザーで隠れ、ギリギリ見える灰色の短パンは一馬くんの健康的な肌によく映える。

 短パンの先には肉付きが強調された、太すぎず細すぎずなベストな膨らみを持つ太もも。毛穴も毛も見えない、ただスベスベトゥルトゥルな、美味しそうな完璧な筋肉。

 くるりとまぁるい膝小僧は妄想通りに赤みを帯びていてえっちだ。

 すっと通る一切歪みのない骨の後ろに付く腓腹筋はやっぱり少年漫画の主人公だったよね?ってくらい綺麗に膨らんでいる。細く始まり、太さを帯び、細く終わる。理想的だ、もはや幻想だ。

 エラのようなアキレス腱は触れると切れてしまいそうで儚い。その薄さが、命の尊さを表していると言っても過言ではない。

 ゴールに近づけばこれまた見どころの角ばった『内果』と『外果』。男らしくてかっこいい、鹿の角のように硬そうだ。

 一本一本、スラっと長く伸びる指は野生みを帯びていて興奮する。やっぱり人間も、一馬くんも動物なんだと認識させられるのが、俺は好きだった。


「はぁ、はぁ……すごいよ一馬くん……完璧だよ……!」

「喜んでくれてるみたいでよかった、っていうべきなのかな。なんか複雑」


 両手を顔の前で合わせながら、三百六十度舐め回すように肉眼に収める。いつも遠目で、想像だけで見ていた脚が、生で!目の前に!

 実のところ、俺はほんの数回しか一馬くんの生脚を見たことがなかったのだ。一目惚れした時の一回。あと、体育の着替えで奇跡的に見れた一回。

 たったの二回だけで、あとは妄想の上で舞い上がっていた。

 

 こんな間近で堪能できるなんて……!

 幸せすぎて俺は帰り道に車に撥ねられて死ぬのかもしれない。それでもよかった。我が生涯に一片の悔いなし。


 博物館に来た子供のように数十分経っても夢中になって見ていると、一馬くんはもじもじと脚を寄せた。何その行動、可愛いか。


「あの、さ……見てるだけでいいの」

「え?」

「さわっ、たりとか……しなくてもいいの。別に触られたいとかじゃなくて!なんか、見られてるだけじゃムズムズするんだよ」

「触っていいんですか……?マジで?」

「別に減るもんじゃないし、いいよ。あと夏稀物理のテスト満点だったじゃん、だから、ご褒美ってことで……」


 『ご褒美』……!なんて素敵でえっちな響きなんだ!


 一馬くんが頑張るならと久しくしていなかった勉強を、一度テストの前夜に真面目にやってみた。

 解いていると一馬くんにここ教えたなぁ、と記憶が蘇ってきて、幸せを感じ、そのまま徹夜して勉強したのだ。

 その成果が出てこその百点だったのだろう。しなくても多分百点だっただろうけど。


 何はともあれ過去の俺ナイス!撫で回してやりたい!

 心の中で思いっきりガッツポーズを決め、胴上げする。


「ねぇ、どうするの。触らないなら触らないで全然いいけど……」

「じ、じゃあ、お言葉に甘えて触らせて欲しい!」

「ん」 


 脚先を差し出す一馬くんはまるで女王のようだ。俺は攻める方が好きだが、こういうのも悪くない……。

 

 宝石に触れるように、しゃぼん玉に触れるように両手でそっと、ふくらはぎに触れる。


「は、あ、あぁぁぁぁ……!」


 俺、今触ってる!あの一馬くんの脚に!腓腹筋に!!触れてる!!


 超弾力グミのような触り心地、脈の通る、温かい皮膚。近くで見てもやっぱり毛穴は見当たらない。

 つい欲が出て親指を押し込むと、ふにっという感触とともに『声』が聞こえた。


「んあっ……」

「え」

「ご、ごめん。くすぐったくて……」


 瞬間、視界がぐるっと回転して無機質な天井が映る。

 俺は、『楽園』を、『天使』を見てしまった。

 眉を寄せて可愛らしい頬を赤らめる一馬くんを、ふくらはぎを触りながら、拝んでしまった。


「我が生涯に一片の悔いなし……一馬くんに幸あれ……」

   

 主に鼻と口から出る血で顔面が真っ赤になった俺を、心配してくれる一馬くんが最期に映り、俺は安らかに眠った。

 

 あぁ一馬くん、最期に君に看取られるなんて、俺はなんて幸せ者なんだろう。一馬くん、だいしゅきしゅーきだよ……。


「夏稀ーーー!!!」

 

    

 

続きます。

次は一馬くん視点です

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