とっても可愛い一馬くん
第一話
BLです
あ、今日もいる。
田舎のこぢんまりとした木造建築の定食屋『柳屋』。厨房から見える景色はいつも人で賑わっていて、夕食にとお腹を空かせた人たちは美味しそうに俺の作る定食を頬張る。
その中でも一際目立つのは、俺と同じ高校の制服を着た、ピョンピョンと銀色の毛先を跳ねさせる男だった。
身長は恐らく180センチ以上、キラキラと宝石のように輝く青い瞳にくっきりとした深い堀を刻む整った顔面。崩したカットTシャツから見える筋肉質な胸筋や鎖骨は色気を漂わせている。おまけにバスケ部所属ときた。
まさに『王道イケメン』といった言葉が似合う、ヤツの名前は北川夏稀。俺と同じクラスの陽キャだ。
俺の手で作られた学生限定ワンコイン定食の『焼きそば定食』を、一緒にこの『柳屋』を営んでいる俺のばぁちゃんが北川夏稀の前に差し出す。
「いつもありがとうねぇ。はい、焼きそば定食一人前」
「ありがとうございます」
丁寧に手を合わせて勢いよく麺を啜る姿はこちら側としては嬉しくて好感の持てる物だ、しかし。
この北川夏稀こそが、ここ最近の俺の悩みの種なのだ。
毎日部活終わりにこの定食屋に通っているのは別にいい。その美貌のせいで『イケメンが通う定食屋』として女性の客が増えたのもいい。ただ一つある問題、それは――
また、見られてるな……
痛いほど刺さる鋭い視線だった。
その線を辿れば着くのは北川夏稀。バチリと目が合って『何見てんだよ』と諌めるようにジト目で睨んでも、数分後にはまた同じ視線を感じる。
何見てんだ、俺の背中にでっかい虫でも付いてるのか?何を映しているか知らないが、毎日毎日好奇の目線で見られるというのはなんともむず痒い物だった。
まぁ、その目線からも明日からは暫くおさらばとなるのだが。
「一馬〜!オムライスとメロンクリームソーダ一つずつ!」
「はーい」
嫌ではないが、どこか甘さを感じる視線を浴びながら俺はメロンソーダを注いだ。
✿
濃いめの味付け。独特だけどどこか懐かしさを感じる、飽きない焼きそばを頬張りながら、俺は見る。
今日も一馬くんは可愛い――特に太もも!
ズルッと音を立てて、次は多めに麺を啜り追加で人参を放り込む。ご飯を片手で持ってすかさず一口。合わせて咀嚼し絡み合う旨み。絡み合う一馬くんエキス。
至高……!
やはり一馬くんが作るご飯に一馬くんを添えると美味しさは三つ星レストラン以上に跳ね上がる。俺はこの時間が何よりも好きで、幸せだった。
柳一馬くん。俺の大好きな人で、俺の大好きな脚を持つ人だ。
絹のように枝毛一つない、サラサラの、耳半分を隠す黒髪に露出された項。可愛らしい垂れ眉の下には切れ長のクッキリ二重のおめめがあって、俺と真逆の色を持つ真っ赤な瞳が見え隠れしてる。眉と瞳の間に作られた窪みと少し分厚い唇が、俺の一馬くん顔部門選手権で好きなところ一位二位を争っていた。
わざわざ顔部門に分けなければいけないのには理由があって、一馬くんの魅力は部門別で見なければ語りきれないからだ。
腕部門、首部門、腹筋部門……色々あるが何より特別視しているのは脚部門。
今は真っ黒なズボンに隠れているから見えないが、それでも長さや太さからして美脚は隠せていない。溢れ出る美脚オーラに俺は毎日焼かれている。その下にはどんな形で存在しているのか。どんな肉の重なり方をして、どんな光の浴び方をしているのか。
妄想だけでニヤケが止まらない。
毎日美しい太ももに凛々しい脚を……!だいしゅきしゅーきな一馬くんをありがとうございます…!
完食した食器を前に、食材に、定食屋のおばちゃんに、そして何より一馬くんに。心からの感謝を込めて呟いた。
「ごちそうさまでした」
俺は一馬くんと話したことがない。あっても配布物を渡すときに少し裏返った声で「はい、これ」「ありがとう」と交わしたくらいだ。
だがそれで十分だった。こうして毎日推しを拝める。遠くから一生懸命働いて、楽しそうに定食を作る姿を観察できる。部活や勉強でヘトヘトになって疲れた身体への、この上ないご褒美だ――おかげで俺は学年一位をキープ出来ているしバスケ部のエースとして活躍できている――。
毎日が楽しかった。楽しかった、のに……。
今日も一馬くんがいない……!?
『焼きそば定食』で一馬くんを堪能した日から三日。絶えず『今日も一馬くんに会えるぞ』とるんるんで定食屋に通い続けていたが、俺が一馬くんを見ることはなかった。
一日目は用事でもあったのかな?と納得して二日目もまぁ仕方ないかと受け入れられた。しかし仏の顔も三度までというように、俺は一馬くん不足で瀕死状態だった。
一馬くんのおじさんが作ったオムライスを食べる。決してマズいわけではない。きっとおじさんが一馬くんに料理を教えたんだろう、味がよく似ていて美味しい。
だがこの美味しいオムライスに『一馬くん』を加えるともっと美味しくなることを知ってしまった俺の舌は、「一馬くんエキスを寄越せー!」と騒ぎ立てていた。
いつも通り五百円玉を用意してお会計をしているとき、俺はついおばあちゃんに尋ねていた。
「あの、一馬くんって……やめちゃったんですか」
いつも無口な俺が途端に口を開いたせいか、なんだコイツ一馬くんのストーカーか?と思われたのか、分からないがおばあちゃんはぽかんと口を開けたまま呆然としている。
だがその硬直もすぐに解けてふんわりと朗らかな笑みに変わった。
「あらぁ、ごめんね心配かけちゃって。一馬ならやめてないから安心して」
ギュッと胸を締め付けていた不安が緩まって、ほっと息を吐く。
「よかった……」
「ふふ、実は一馬は面白いくらいに頭が悪くてね。次赤点取ったら死ぬ……!とか言って、今回は早めに休んで勉強してるのよ」
「あ、そっか期末テスト」
とはいえ控えているのは三週間後なのだが。驚き云々の前に、俺は両手で口を抑えて今すぐ地面にへたり込んでしまいそうだった。
バカな一馬くん可愛い、頑張って勉強する一馬くん可愛い、偉い!と。
「いつもありがとうね。これからも一馬のことよろしくね」
「え、あ、はい、こちらこそ……?」
その後、店を出てから気付いた。今のご両親に挨拶するみたいなシチュエーションみたいだったな、と。
「あぁ〜〜〜〜〜……!!一馬くん……!ごめんそこまで親しくないのに俺なんかがよろしくしちゃって……!てかほんとにバカなの可愛い……!あんなに賢そうに見えるのに……!」
入り口で蹲っているとヒソヒソと近所の主婦さんからの心配の言葉が聞こえてくる。だが今はそんなのまともに聞こえないくらい、一馬くんはバカという新情報に悶えていた。
幸せに打ちひしがれていた俺を、一つの影が包む。
「あの、大丈夫?」
「……え?」
真上から降りかかってきた声の方に顔を上げれば、目の前に広がったのは『脚』だった。
「え……?」
「何してんのこんなとこで。体調悪い?」
「か、かかか一馬くん……!?」
ということは今目の前にある『脚』は一馬くんの……ってコト!?
「な、ななななな……!!『前脛骨筋』『長趾伸筋』『腓腹筋』『下腿三頭筋』!?!?」
「え、な、なに?ぜんけいこつ……?マジで大丈夫?」
目に見える部位を脳から直接垂れ流すことしか出来ない。
いつも隠れている『脚』が。妄想で留まっていた俺の本命の『脚』が。膝小僧より少し上まである短パンにより露出されている。
これが俺の憧れた『脚』。想像以上だった。想像以上に魅力的で、扇情的で、ドタイプだった。
「は、ぁ、あ…………すき」
「なぁほんとに大丈夫?これ、いる?さっき買ってきたから溶けてないと思うけど」
そう言って差し出されたのは期間限定抹茶味のパ〇コだった。一馬くんは抹茶が好きらしい。新情報だ。
未だに呆けて地面に尻をつけたままの俺を、本当に体調が悪いと思っているのか優しい一馬くんはただでさえ垂れた眉をさらに下げる。
正直もう、キャパオーバーだった。可愛さが限界突破して暴れだしそうだった。
必死にニヤケようとする口元を抑えて真顔を意識する。立ち上がるとさっきまで上にあった顔は一気に下に下がってしまって、『身長差』という萌え要素にまた心臓が締め付けられた。
「あ、ありがとう一馬くん。ごめんね、ちょっと体調悪くて」
「いや全然いいけど……無理すんなよ。俺ん家寄ってく?横になりたいならなっていいし」
「流石にそれは悪いから大丈夫。アイス貰うね、ありがとう。じゃあまた学校で」
「あ、うん……また」
早足で真っ直ぐに進んで、家とは真逆の方向に歩く、というより走る。
走って、走って、手の熱で溶けたアイスも気にせずに走って、来たこともない公園のベンチに座った。
まだ肌寒い季節だというのに流れる汗は止まらない。顔の熱はなかなか引いてくれない。
初めて、あんなに喋れた。
「はぁ、あ〜〜〜…………!!」
初めて、一馬くんに心配された。初めて一馬くんの『脚』を生で見た、あんな近くで。一馬くんが抹茶好きなのも普段短パン履くのも、バカなのも。
一馬くんの情報解禁が唐突すぎる。その更新が、一馬くんの好き要素になって、俺はもっと一馬くんが好きになる。
「もうちょっとゆっくりにしてよぉ……」
一馬くんに貰ったアイス。一馬くんが俺を想ってくれた、優しい特別なアイス。熱くなった頬に当てると冷たくて気持ちいい。
とっくに溶けたアイスは、食べると甘くて、甘ったるくて、普段こんな味は食べないし苦手だったけれど、世界で一番好きになりそうだ。
毎週月曜更新予定