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第二話「海風の134号線」

『ピピピ! ピピピ!』


 本日は日曜日。ただいまの時刻、午前四時。

おれは薄っすら開けた目でスマホの時刻を確認し、目覚ましの音を止めた。


ーー正直、まだ寝ていたい。


 なぜあんな約束をしてしまったのか、おれは少し後悔していた。しかし、ここで約束を破れば会社の信用に関わるかもしれない……。


 おれは観念して暖かい布団から飛び起きた。

4月の朝はまだ肌寒い。凍えながら三十分で支度を済ませ、コートを羽織る。鎌倉行きの始発電車に乗るべく、まだ誰も活動していない薄暗い東京を後にした。


 午前六時、七里ヶ浜駅に到着。

南田さんの会社(株式会社サンビーム)の前には青いランドクルーザーが停めてあった。少し古そうな型だが、しっかり手入れがされているようで、いい風合いだ。

 しげしげと見ていると、会社の中からウェットスーツ姿の南田社長がボードを担いで出てきた。


「おう! おはよう!」

「おはようございます。車、かっこいいですね」

「ありがとう! 気に入ってんだ」

 そう言うと、南田さんは車の屋根にボードを載せ、紐でくくりつけ始めた。

「ちょっと、ボード支えてて」

「あ、はい」

 なるほど、こうやってボードを運ぶのか、と見学しつつも、慣れない早起きであくびが止まらない。

「はは! まだ眠そうだな! 体調は大丈夫かな?」

 南田さんはさすが、朝から爽やかである。

「はい……、サーフィンってこんな朝早いんですね」

「いつもじゃないけど、今の時間は波良さそうなんだよね。それに、週末は早く行かないと混むからなぁ」

「そりゃそうですよね……」

「よし、じゃあ着替えて行こうか」


 南田さんは先日の物置部屋におれを案内した。

「鹿島くん、身長いくつ?」

「170です」

「そしたらMLサイズかな」

と、クローゼットからウェットスーツを見繕って渡してくれた。

「キツかったら教えて」

そう言って、南田さんは部屋から出ていった。


「きっつ……」

 スーツの太ももや二の腕部分をぎゅうぎゅうと引っ張り、ぴったりめのウェットスーツとしばらく格闘しながらも、なんとかすっぽり収まった。


 ふと全身鏡に映るウェットスーツ姿の自分を見た。


 なんだか懐かしいな……。


 ああ、そうか。

 おれは昔、一度だけウェットスーツを着たことがあったんだ。


 ドアが開き、南田さんがひょこっと顔を出す。

「お、平気そうだね」

「まぁ、なんとか入りました」

「じゃ荷物はまとめて、車に載せちゃって!」

「はい!」


 車は七里ヶ浜の海を横目に134号線を走り出した。車内ではJack Johnsonが流れ、サングラスをかけた南田さんは運転席で曲のリズムに体を揺らしている。助手席のおれは、七里ヶ浜の海にいるサーファーたちを眺めていた。

「ここで入るんだと思ってました」

「七里ヶ浜は中上級者向けだね」

「中上級者向け?」

「そう、あそこはリーフブレイクなんだ」

「リーフブレイク?」

「リーフは珊瑚。ブレイクは波の崩れる場所。つまり、波の崩れる場所の海底に珊瑚礁があるって意味だよ」

「ほぉ……、つまり珊瑚に当たると危ないからってことですか?」

「そう。珊瑚だと足を着けないしね。だから初心者はみんな、海底が砂浜のビーチブレイクでサーフィンするんだ。」

「なるほど」

「それと、リーフポイントは砂と違って、地形があまり変わらないんだよね。だから波が安定してて、パワーがある」

「へぇ、海の地形って変わるんですね。なんか面白いすね」

「ね、面白いよね。引き潮満潮でもまた変わるし……。まぁそのへんは長くなるからまた今度」

「ちなみに、今日はどこ行くんですか」

「今日は由比ヶ浜だよ」

「ああ、鎌倉駅んとこの」

「あそこは比較的、初心者の人もやりやすいと思うよ」

「なら、安心です」


 早朝というのに、由比ヶ浜近くの駐車場には、おれたちの他にも都内や遠方から来たであろう、たくさんのサーファーたちがいた。みな、ボードを抱えて134号線の信号を渡っていく。サラリーマンらしき男性や、若い大学生たち、お爺さん、主婦っぽい女性たち。おれたちもそこへ混ざって、海へ降りていった。

 多様なひとたちが入り交ざって、でもみんな同じスポーツを楽しんでいる。それがなんだか見慣れない光景で、でも不思議と心地よかった。


 おれたちはまず準備体操をし、その後、陸トレーニングなるものを始めた。砂浜に置いたボードの上に寝そべり、そこから立ち上がって波に乗るまでのイメージトレーニングらしい。

「まず、こう、パドルしてみて」

南田さんは隣のボードで腹ばいになり、パドリングという両手で水をかく動きをやってみせてくれた。

「はい」

「そうそう。そんで波来たと思ったら、胸の横に手を置いて、上体起こして」

「はい」

「手と手の間に足が来るように、一瞬でジャンプしてしゃがんで」

「こうですか?」

「そう、んで、波をキャッチしたと思ったら、焦らず立ち上がって」

「波をキャッチ……?」

「なんか、ぐんって来るんだよね。波がボードを押してくる感じ。まぁやればわかるから、大丈夫」


結構、感覚的な説明をする南田さんにおれは若干の不安を覚えた。


「……こんな感じですか?」

「うん! いんじゃない? 様になってる!」

「ありがとうございます!」

「よしじゃあ海いこう!」

「え、もう!?」

「こういうのは実際にやったほうが早い!」

そう、ニカッと笑う南田さん。

「は、はい……!」


 本当に大丈夫なのだろうか?

一応言っておくが、おれの運動神経は中の下である。スポーツは中学3年間、バドミントンをやったことがあるくらいで、高校は帰宅部で毎日家でゲームしていた人間である。


ーー不安しかないが、もうやるしかない。


そう腹を決めて、おれたちは海へ向かっていった。



《つづく》

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