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「おはよう」

「ねえ主さま〜?」


 幻世樹の領域。鮮やかな紫の髪を靡かせ、つい先ほど生成した毒花をもつ少女。薄暗い今も、その花は毒々しく光っている。


『完成したか』


 まるで子供の成長を見守るように優しく語りかける蒼い不死鳥。


 ここは世界で4体しかいないの霊獣の棲家。まず常人は訪れられない、信仰の中の神話にしか語られぬ場所。


「うん。やっぱり『花の精霊魔法』は便利だね〜」


 少女__へノーはゆっくりと花の匂いを嗅ぎ、満足そうに頷いた。


『精霊魔法は魔法の中でも原理的には単純な部類。それゆえにさまざまな技能と組み合わせられる。なかなか良い使い方だ』


「毒とこんなに合うとはね〜。ほら!」


 さっと手を振ると、急かされるかのように地面が膨らみ、足元から花弁が一枚欠けた花が咲く。


「あ」


『まだまだ改善の余地があるな。それにしても、精霊の……』


 あからさまに残念がるへノー。そこに少しアドバイスを加えようとして霊獣が精霊魔法の原理を語ろうとする。


 しかし、途中でふと何かに気がついたように言葉を止める。


『へノー、君の胸元の』


 最後まで言い終わる前に、彼女のネックレスが光出す。


「え? なにこれ!?」


 バキッと音をたて止金部分が割れたかと思うと、ネックレスの中でも魔法が刻まれた部分がある位置に向かって飛んでいく。


 そして彼女と霊獣の丁度中間地点で止まり、そこを中心に様々な幾何学模様の光が奔る。


 まだ夜であるだけに、ひとりでに揺らめく光の怪しさが増す。


 


 当然この場にいるものは誰も魔法やそれに準じるものを行使していない。


 異常事態にへノーの目が見開かれ、そして愛しい人がらの贈り物が一部でも勝手に壊れたのに衝撃を受けている。


 それでも無意識的にか攻撃に対する構えをしているのは厳しい訓練の賜物であろう。


『これは!? 何かの転移だ!』


 流石に霊獣というべきか、これから発動されるのがこの場所への転移魔法であることに気がつく。


 そして描き続けられている魔法陣を睨み、完成間近であることを悟る。


 もはや今から転移を妨害するのは不可能であると判断。


 強敵がやってきたとしても彼女を守れるように少し体を動かした。


『来るぞ!』


 特徴的な光が強くなり、一瞬その光が周囲を全て包んだ。



























 そこに何が転移してきたのか、最初に気がついたのはヘノーだった。


「え!?」


 信じられないものを見たように悲鳴を上げる。


 いや、たとえばこれがいつものアオイであったら、上がっていたのは悲鳴ではなく間違いなく心からの歓喜だっただろう。


 だが、今は衝撃の方が遥かに上回っていた。




 その姿は彼女の知っているものとは完全に違い、瀕死の状態だった。


 普段から身に纏っている夜空のような服はボロボロに破れ、早朝の積雪のように白く透明だった髪は血に染まっていた。


 いつものどことなく心の安らぐアオイの魂は、もはや今は虫の息。


 その表情からも、今にも消えていなくなってしまいそうな不安定さが見えた。


 もはや今すぐにでも倒れそうなのをなんとか気合いで堪え、アオイはそこに立っていたのだから。


『……客人、か?』


 あまりの衝撃に、普段冷静な霊獣すら言葉が出ないようで。


 視線を動かすのすら辛いはずなのに、アオイは霊獣の方をしっかりと見た。


 なんの音の流れもない、時が止まったような間。



 それから彼女の方を見て、心から安心したようにアオイは笑った。まるでいつものように。


 そして昇りかけた朝日に照らされながら、悲しいほど嬉しそうに。


 ……おはようへノー、と













 沈黙は破られ、そしてアオイは崩れ落ちた。


「アオイ、アオイ!? 大丈夫!? ねえ!?」


 手に持っていた花を放り投げ、倒れていくアオイを抱きしめる。


 しかしいくら呼びかけても反応しない。それどころかどんどん冷たくなっていく。


 あんなに膨大だった魔力も、今となってはほぼ感じない。


 絶望に呑まれたような感覚に陥った。


 自分の手の中で命が消えかけていることを、それも肉体的な死ではなく魂からの本当の死(・・・・)が迫っていることをわかっていたから。


 アオイを見つめながら呆然としている彼女に、彼女より先に冷静さを取り戻した霊獣が魔法を行使する。


「!?」


 アオイの体が燃え上がる。そして大半の炎が消えた後、うっすらと、今の命を示すのかのように炎がまとわりついていた。 


『へノー、応急処置をした! 客人を樹のいつもの場所に運べ!』


「え、でも……」


『急げ! 我は魔法の用意をする!』


 そういって霊獣は転移していく。ほんの少しの間霊獣がいなくなった方向をへノーは見つめ、それから弾かれたように動き出す。


「っと……」


 アオイを両手で抱え、霊獣のいう幻世樹の中の空間に転移するための魔法を組み立て始める。


 魔法が発動するまでのわずかな時間顔を傾けて、今にも消えてしまいそうなアオイを見て、そっと語るように呟く。


 もう会話が2度とできなかもしれないという悲観的な観測、いや、現実的な観測を無視し、絶対に大丈夫だと。


「……ねえ、起きてよ……」


 彼女自身まだ現実を信じきれていないのかもしれない。受け止めきれていないかもしれない。だがそれを自覚しても、改めようとはしない。


 そうでもしないと自分まで倒れてしまいそうだったから。


 彼女が最も信頼する、「主さま」がきっとアオイを直してくれると信じて、そして何より、アオイが絶対に自分を1人にはしないと信じることにしたのだ。















「ねえ……おはようには早すぎるよ………」


 アオイが目覚め、本当の意味で「おはよう」と言えることを願って。


 泣きそうになるのを必死に堪え、彼女は霊獣の元へ向かった。


















魔王軍の悪魔:本編完結

いくつかの別視点の後、次章が始まります


ここまでありがとうございました

ぜひこれからもよろしくお願いします!

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