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一瞬だけでも約束を

 暗闇


 音もなく、上下左右の方向もないく、痛みも苦痛もない、ただ闇があるだけのどこかで彷徨う。



 何時間だろう。


 何十年だろう。


 それともコンマ数秒だろうか。


 ほんの少しの間だけ、無すら無い何か(完全な空間)、を見た(知った)気がした。
























 体の芯からかき乱されるような、凄まじい吐き気。


 脳の内部を叩かれるような痛みを堪え開けた目には、子供のような小さな手が映った。


「っあ゛」


 ぐらっとありもしない魔力が傾き、傷だらけの痩せほそった肉体が悲鳴を上げる。


 身体中を酸に浸けて溶かしたような痛みと、骨が叩き割られるような感覚が断続的に襲ってきた。


 まだ10歳にも満たないような体がドロドロと造り替えられる。涙を流そうにも目が溶け、声を上げようにも声帯がない。


 酸欠なような、過呼吸なような、憎むべき心地がする。


 そんな時間が21秒ほど続いた後、僕の目には見慣れた僕の手が映った。


「はぁっ、はっ……」


 目眩を堪え、なんとか息を整えながら自分の体を見る。自分の頭から長い白髪が生えているのを確認し、ようやく確信した。


 やはり、生きている。


 逃げることができた。魂を殺す猛毒から。





 あの『技能(スキル)』からの逃げ方は単純だった。


 呆れるほどに安直で、だからこそ効果的。


 「殺される前に自殺する」これが唯一にして、最大の回避手段。


 もちろん魂から自殺するわけではない。魂の器を先に自分で完全に壊し、『屍ニ生キル』を行使して魂を別の肉体に移す。


 それによって、魂毒が肉体から魂に到達するまでに逃げられるという寸法だ。




 ある程度呼吸が整ったところで、痛む体を黙らせて、壁に手をつきながら立ち上がる。

 

 早くここから去ってしまわないと、いつ僕が生きていることに気がつかれるかわからない。


 僕は、敵の毒牙が届く寸前に、体内の『星夜奏』を暴走させて自分の肉体を壊した。


 まさか直前に体内に取り込ませたのがこんな形で役に立つとは思わなかったが、役に立つのだからそれはいい。


 問題は、敵が「僕を殺した」と錯覚してくれるかだ。もし、僕が逃げたことに気がついたとしたら、確実に追われる。


 魔法の一つすら満足に使えない今、見つかれば最後だ。とにかく安全なところに。それが最優先事項だ。



 まずは逃げるために周囲を観察、するまでもなかった。


 そこには、大量の死体が積み重なっていた。


 大人もいれば子供もいる。男も女も、なんの規則性もなく横たわってた。人間が圧倒的多数だが、中には魔人の死体もある。


 唯一共通点があるとするならば、すべての死体は痩せ細って衰弱していることだろうか。


 妙なのは、ここ建物の内部であろうということだ。それもおそらく地下の。




「……ここはどこなん、っ〜!」


 ガンと壁に体を打ちつけ倒れる。目眩と耳鳴りが酷くて、平衡感覚が消えて立っていられない。


 冷や汗と吐き気が同時に押し寄せ、口からは血が流れ出した。


 時間が経てば経つほど症状が悪化していく。今までに行使していた魔法が乱れたのか、空間収納からいくつかものが散らばっていく。


 現状に焦りが募っていくのに、どうにかしたいのに、どこか遠くの自分が、「足掻いても無駄だ」と言っている。




 ああ、それもそうかもしれない。どこか諦めに近い笑みが浮かんだ。


 酷使に酷使を重ねた魂は限界だ。


 ただでさえ、同格初めて真剣な殺し合いをしたんだ。僕自身がそれほど負担に感じていなくとも、魂はそうではない。


 それだけでなく、『吸光ノ毒牙』の反動で明確に限界が近かった。


 加えて、疲労状態で突発的に始まったな上位魂保持者との戦闘。極め付けは無理な転生と、強引な肉体の書き換え。これで余力など残るはずもない。


 むしろ、余力云々の話ではないのかもしれない。そもそも僕の魂に傷が入っているのだろう。


 魂の傷は基本不可逆的。絶対に治らないし、だからこそ魂毒は脅威だった。


 それを2回直接打ち込まれて、なんとかギリギリで回避しながら生きている。傷が入るくらい当然のことと言ってもいい。


 いや、傷で済んでいるのも怪しいところだ。

 

 もしそうだとしたら最悪だが、魂毒自体が遅効性(・・・)の毒として働く可能性がある。


 





 もはや可能性、ではないのかもしれない。







 視界が霞んできた。手を動かして立ちあがろうにも、震えるだけで役に立たない。


 まさか、ここまで来て魂毒に侵されるとは思いもしなかった。


 おそらく魂を酷使したことによるヒビと、敵からの魂毒がちょうど悪い方向に相互に働いたのだろう。


 それでも往生際悪く、何かないかと目だけでも動かし続ける。


 目につくのは自分の空間収納から出てきた、いくつかのガラクタ。


 筆記用具に、渡された何かの資料……なんの助けにもならないものたちの中に、それは紛れ込んでいた。


 


 たったひとつの、木製のネックレス。へノーに渡したものと対になる、数回だけ声のやりとりができるもの。


 震える手をなんとか動かして、結局一度も使わなかったそれを手にとる。


 僕は、突拍子もないなんの根拠もない希望を抱いた。


 このネックレスは、ついになるものと空間を歪めてつなげることで、声が届くようにしている。昔そういう魔法を刻みつけた。


 ならば、これを起点に転移はできないのだろうか。声が送れるなら、僕自身だって。


 なんの意味のない行動でも、たとえ最後にでも会えるかもしれないならやる価値がある。迷っている余裕はなかった。
















 昔自分がかけた魔法を探り出し、少しずつ書き換えていく。

 

 決して失敗は許されない。今にも消えそうな僕自身の意識をなんとか繋ぎ止めて。



 普段なら一瞬で終わる作業を、どれだけかけてやったのだろうか。血だらけに掠れる声で、最後の仕上げをかける。


「………“旋……風……………に、溶け……て”…………」


 これが成功したところで、僕が助かるわけではない。症状が改善するわけでも、魂の傷が治るわけでもない。





 ただ、最後の最後の一瞬だけだったとしても、彼女の側に。

 

 『生まれ変わっても、君には会いにいく』


 僕は絶対に実行する。そう約束したから。





「…………『空間転移(ライゼ)』……」


 

 『いってきます』、そう言って旅立った時と全く同じ方法で、だけど全く違う状況で。



 僕の体は、転移の魔法に連れ去られていった。








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