技能による拘束、拘束魔法、拘束魔法、そして呪縛
ひたすら結界の端を蹴り、時に壁を垂直に駆け、時に空中を滑空しながら攻撃を避ける。
蒸し焼きにするような敵の殺気の中、常にある一点を目指して僕は走る。
それは、圧倒的な敵の弱点。
竜としての体は非常に大きい。
一対一などではなくもっと巨大な相手に対して、例えば軍隊に対してであれば一瞬のうちにその巨体で戦場を墓場に帰られるだろう。
下位魂保持者によって構成された人類の群れなど、この目の前の『道化師』にとっては単なるゴミの集合体のように思えるはずだ。
そんな絶対的な自信があったのだろう。だからこそこんな非合理的な体型なのだ。
竜への変化は、圧倒的な進化であるのか?
答えは、否。
「“貫け” 」
こんな体で戦っているがために、僕が今ここにいることも、そして詠唱をしていても気が付かない。
「『不可視の矢』」
ここは、致命的な敵の弱点。その名を死角という。
耳をつんざく悲鳴。その体表の鱗の隙間にはしっかりと矢が突き刺さっている。
一見ただだの血が流れ出る穴。だがそこには、目にとらえることはできなくとも空間を視れば明らかな傷跡があった。
戦いで熱いはずなのに、いや実際目の前の10mを優に越す竜にとっては命を燃やす戦いなのだろうが……
「……ずいぶんと寒い」
グワッと巨体がゆれ、僕の方向にブレスが放たれた。
その巨体からは想像もできない反射速度と攻撃速度。
本気を出してきたのか、それとも痛みから自分のリミットが外れたのか、今までとは比べ物にならない威力。
その膨大な魔法攻撃の中に、黒い人影が呑まれていった。
「ガアアアァァ!」
ボロボロになって落ちていくそれに向かって、勝ち誇ったように竜が雄叫びをあげる。
そして最後の一撃にと腕を振り上げた時、ピタッとその動きが止まった。竜自身も混乱したのか、動きが停滞する。
原因は、身体中に巻きつけられた、目にとらえるのも難しいような細い細い糸。
竜にとってこれは、ありえないことだった。
もうすでに敵は自分のブレスによって死にかけのはず。それにもかかわらず、自分が拘束されているのだから。
さらに、中位魂を持つ『道化師』がが竜へとその体を変化させ、そして繰り出そうとした一撃。それがたった一本の糸によって、止められたと言うのもありえない。
「……」
僕はまた結界の最上部付近から、その様子を見下ろしていた。
今だにあの『道化師』は、自分の攻撃した対象が、単なるダミーと残像の集合物だったことさえ受け止めきれていない。
コンマ数秒を削り合う戦いにおいて、その間は致命的。
特に何を思うでもなく、僕は淡々と自分の手に握られた、血だらけの糸の端を引き締める。
それだけで拘束された竜の体には細い糸が食い込み、強固な防御となるはずのその鱗は容易く割れていく。
綺麗な宝石のようだった鱗はもはや血だらけで、青黒く曇り、商品価値は無にも等しいだろう。
初めは一体どれほど強化されるのかと警戒したが、いざ戦ってみると警戒心も、興奮も醒めてしまった。
だからこそ、この戦いは寒い。楽しめたのは結界を張った瞬間と、剣を飲み込んだあの瞬間だけだった。
確かに今、僕は戦いに身を置いている。今も警戒は解いてないし、絶対に油断はしないと決めた。次の瞬間僕が死んでいる可能性だって十分考えている
だが、死の危険があるからと言って今の殺し合いが楽しいかというとまったくそうではない。
僕はもっと力を振り絞りたい。もっと敵と自分の生を感じたい。もっと瞬間に一喜一憂したい。
そんな中でこそ、美しい、本当の意味で魔法のような奇跡が見られるのに。
ダラダラと青い血が流しながら竜が煩く喚く。
なんとか自分の体に巻き付いた糸を外そうとと暴れるが、僕は決して糸を操る手を離さない。
僕は自身の体に『星夜奏』を取り込ませているのだ。これくらい動かれたくらいでは何も影響がない。
そして、そもそもこの黒い刃のような糸は、僕の体内から出ている。
この糸に対して、ほんの少し僕が命令を加えるだけで、
「ギャアアァァァ!」
敵の体内で糸が暴れ出す。肉に食い込み、蠢き、食らいつき……その痛みはどれほどになるだろうか。
もういい。そろそろ終わりにするべきだ。
一応これが僕の初めての同格相手の殺し合い。の敬意は払って、華々しく散れるような構図を描きあげよう。
「“風の精霊に願う” “全てに害をなすものを封じ” “纏う風に平穏の香を” 『風の首輪』」
ドスっと何かに押されたように、糸に絡まれていた竜が地に倒れ込む。
糸に肉が食い込むのを無視し、何かに襲われたのかと暴れる『道化師』だが、それはただ虚しく虚空に手を振っているにすぎない。
身体中に通常の数十倍の圧力を加える風の精霊魔法だ。まだ僕のコントロールが未熟で通常の2倍程度にしかなっていないのが惜しいところではある。
次だ。
「“唸れ” “叫べ” “産声を” “敵に巻きつき締め上げろ” 『地に潜む大蛇』」
ずるずるずる、と不気味な音をたて、結界内の地面が盛り上がる。
そこから数十メートルに及ぶかという大蛇が顔を出し、なんとか唸っている竜に容赦無く絡み付いた。
先ほどまでとは違って、時間が経てば経つほど強く締め付ける土でできた蛇。
そこらの敵なら圧死してしまうが、そこは流石に中位魂保持者。糸のようにほんの一部に圧力を集中させたものならともかく、巨大な蛇如きではもがき苦しむだけで済んでいる。
これは『魔魔法』に属する大型拘束魔法だ。
これだけではまだ足りない。
「“目覚めよ亡霊” “重い不可避の束縛を” “肉体の器に不可逆性の楔を打ち込め”」
僕が持つ魔法三種類のうち最後の一つ。そして最もよく使う魔法でもある、『亡霊ノ風』。
「『永劫の鎖』」
カシャっと軽い金属の触れるような音。ここに、「肉体を特定の空間に繋ぎ止める」という、最強の拘束魔法、いや呪縛が完成した。
もはやピクリと動くことしかできない竜。その目には恐怖が浮かんでいるようにも見えるし、ただただ理性を失っているだけのようにも見える。
『星夜奏』による糸、『風の首輪』、『地に潜む大蛇』、『永劫の鎖』
これら全てによる完全な拘束。必要かどうかではなく、一応の経緯を示すための全力の高速。
これで舞台は整った。あとは、鍵を差し込み回すだけ。
「___『光吸ノ毒牙』」
これが最初の同格殺しになるだろうことを噛み締めながら、最後の鍵となる『技能』を起動させる。




