マジックのように、人形をいじるかのように
「っ!」
自分で作った結界の縁に背中を強打し、肺の中にありえない痛みが駆け抜ける。
飛ばされた。僕の体があまりの攻撃に空中を舞った結果だった。
痛みからくる呼吸困難。ここまで全身を強打したのはかなり久しぶりだ。
腕も完全に折れているだろう。足だって、切り裂かれたような跡がいくつかある。
不意打ちだったとはいえ、戦闘中だったので警戒はしていた。できる限りの防御はしたつもりだったのだが。
「……面倒な」
打ち込んでおいた『星夜奏』は全て制御不能に。止めを刺し損ねたどころか、回復と強化の隙を与えてしまった。
「グアァァアアア!」
勝ち誇ったようになく、巨大な竜を睨んだ。
禍々しい緑の鱗をまとい、その目には狂気と殺意の光が差し込んでいるそれ。
やられたままではいられない。今度はは僕が間を与えない。
「“貫け”! 『不可視の矢』!」
詠唱はできる限り短縮。だがそれで威力が落ちることはない。
一度やったことでエネルギーの無駄をなくす感覚が掴めた。完璧でなくとも、詠唱短縮ぶんの力くらいは余裕でカバーできる。
決して見えることのない矢が放たれた。竜の体躯は巨大な分大きな的でもある。そしてここは僕の結界内
空間を捻じ曲げ、目標物に向かって曲線を描きながら、時に転移すらしながら敵を貫く。
思考加速を使い、さらに不規則にこの魔法を乱発しながら、現状を整理する。
敵はついさっきまでは確かに人間だった。
魔人の中には人狼のように人型ともう一つの姿を取れる種族もいるが、僕の戦っていた敵は確かに人間である。
であったはず。
それにもかかわらず今僕の前にいるのは、竜。霊獣のような威厳はなくとも、十分脅威となり得ることが伝わってくる。
敵は特殊な『技能』を使ったのだ。それ以外の候補はほぼあり得ない。
違和感を無視するべきではなかったと過去の自分の甘さを悔いる。
細心の注意を払うべきだった。先ほどまでの『道化師』の、弱さという違和感に。
明らかに中位には相応しくない強さ。速度こそあれ、あれで同格の敵を殺せるかと言えば答えは否だ。
どう考えてもアレでは弱すぎた。そして油断してしまった。
恐らく、『道化師』の真価は、この竜の姿をとれることであろう。先ほどまでとはまったく違う、巨体から繰り出される質量攻撃。そこに速さまで加わっている。
事実今僕は一撃くらっただけでかなりのダメージが与えられている。
これでは僕の方が『道化』ではないか。
「『天骸』」
流れた血を掬い取り、また僕の体に戻していく。
絶対に次こそ殺す。少しも油断しない。全力で、完全に叩き潰してさらに燃やし尽くすような覚悟でのぞまなければ。
だが今できることは『不可視の矢』や『星夜奏』の弾丸を放って敵を混乱させることのみ。
相手は完全に理性を失っていそうなので殺しやすいが、まずは体を回復させなければ……
ふと、僕の足元に真っ黒な刀が落ちていることに気がつく。攻撃を喰らった際に飛んでいってここに落ちたのだろう。
それを拾おうとした時、あることを思いついた。
地球で一度、剣を飲み込むというマジックを見たことがある。あれは人体の構造を利用したものだったが、今の僕ならどうであろうか。
僕は人間ではない。人間であろうとも思わない。体をいじるのなんて人形をいじるのと同じだと割と真剣に思っている。そんな僕が体に刀を取り込んだら?
身体能力は『天骸』で限界近くまで上げたつもりだ。それでも、まだ改善の余地があるのではないだろうか。
例えば、剣を、いや『独自技能』によって生成された物体を、体内に取り込んだら?
「ガアァア!」
僕の攻撃に慣れてきたのか、隙を狙って魔法が放たれた。ドラゴンブレスとでも仮称しよう。
それが考え事をしていた僕に直撃した。当然身体中傷だらけになる。
髪の中でも先の方の一部が攻撃のせいでなくなってしまった。おかげで左右非対称な髪型の完成だ。
つい先ほど油断しないと誓っておいてドラゴンブレスの直撃。何をしていると思うかもしれないが、これは油断していたわけではない。
どうでもいいから放置しただけだ。一撃くらい避けなくても死にはしない。そのこと自体は体感でわかる。
そんな物よりよっぽど僕は自分の興味を追求したい。
思考を戻して、もし僕が、僕自身の操る人工物を体内に入れたら?
その結果、素晴らしいことになるのではないだろうか。
僕の口元が少し上方に上がった、気がした。おそらく気のせいだろう。
「『星夜奏』」
持っていた刀が、さらさらと溶け出す。粉よりも小さい粒になって、僕の傷口に塗り込まれていった。
そこからさらに体内を侵食し始める。
なるべく体に違和感がないように操作しているつもりだったが、こうして自分でやると何かの流れ込んでくるのがわかる。
もう少しコントロール技術を磨かなければ、いつかそれが元で苦労するかもしれない。
そんな反省をしつつ、ある程度体内に取り込んだ時点で作業を終了。今はこれくらいでいいだろうと判断した。
「『天骸』、傷を塞げ」
仕上げに、皮膚にあった傷を全て元通りに。これで『星夜奏』は僕の身体中に閉じ込められている。
「ガアッ!」
まったくこちらが相手にしないのに痺れを切らしたと言った様子で、竜の鋭い爪が僕に振り下ろされる。
この鎌のような鋭い爪。このままだと僕は真っ二つにされてしまう。
もし、このままであるのならば。
もう僕は、竜の目がとらえた位置にはいなかった。
見失った、と行った様子でガバッと『道化師』が竜としての巨体を起こす。だが右を見ても左を見ても、後ろを見ても僕はいない。
「……肉体負担が大きいな」
僕は、竜の上空に浮いていた。
そして僕の手には、ついほんの少し前まで、竜の体の一部であったものがあった。
それは、爪。まだ血の滴っている、切り取りたての竜の武器だった。
「ァアアアア!」
鼓膜を破りそうなほどの泣き声が響いた。竜にも痛いという感覚はあったらしい。
僕は特段魔法を使ったのではない。
単に力強く刀をふり、そしてそこにもう少し力を加えただけ。
全ては、体内に侵食させ、馴染ませた『星夜奏』の能力によるもの。
少々加減を間違え僕の骨の耐久を超えてしまったが、僕の気分的に許容範囲だ。
剣を体内に取り込むという素晴らしい方法を思いつく機会を提供してくれた『道化師』に、これから華々しい死を返礼として送ろう。




