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実験的罠を

 異常に明るいここは異様で。


 出力過多のせいであろうか。


 舞踊場(結界)の中は下界と隔絶されているにも関わらず、そしてそもそも今が夜であるのに、まるで昼間のような明るさを保っている。


 そしてそれを囲む魔法の幕は、いつもとは比べのものにならないほど美しく彷徨っている。


 この感覚をわかってくれるだろうか。


 初めて主さまの言っていた技術を使うことができた。


 自分がいかにいつもエネルギーを無駄遣いしているのかを実感し、そして本当に力を込めた魔法の美しさを知った。


 まだ自分の体が熱を孕んでいるような気分だ。こんなに甘く美しいとは思ってもみなかった。


 久しぶりに体が芯から震える感覚。ステータスが変わったであろうということは単なる付属情報に過ぎない。




 そんな感動の余韻に浸っていたいのだが、そうもしていられない現実を恨む。


 僕はそれ(・・)の方向を注意深く見つめていた。


 ガラスの割れたような高い音が連続して響く。封印という殻を破ろうともがく忌々しき『道化師』。


 これで終わりと言わんばかりの、猛獣のような凄まじい叫び声が聞こえてきた。


 今この瞬間、魔法は崩れ去った。


 結局『空封(エフェグニス)』の持続時間は95秒だったようだ。



 『道化師』は真っ赤に血走った眼をこちらに向け、鋭く牙を突き出している。


 緑の腕がさらに鋭く、皮膚の一部が鉱石のような鱗のような形状を取り、さながら魔物のようだ。


 ピエロの面は粉々に砕け散り、周囲に破片が落ちている。


「よくも、姑息な真似を! 誇りはないのか!」

 

 思わず首を傾げてしまった。


 奇襲をかけて大勢の兵を殺した奴が、動きと干渉を封じる魔法如きでなんの不満を言っているんだろうか。


 それを非難するのは、自分に対する苦情を言っているに等しい。


「……黙れ」


 そんな意味不明な言葉に付き合っているくらいなら、先ほどの魔力の感覚を思い出したい。


「殺す! 貴様は確実に殺す!」


 何故か相手から漏れ出る魔力が増え、ただでさえ凶暴そうな『道化師』の顔がさらに醜く歪んだ。


 麗しくも構造美を感じることもない。ただひたすら僕のストレスが溜まっていく。


「聖樹教国、第五賢者の名にかけて!」


 『道化師』の足元が爆発していた。そして気がつくと僕眼前に迫っていた。


 一番初めとまったく同じタイプの攻撃。周囲に魔法も罠もないことも確認し、軽く身を捻ってかわす。


 僕という目標物に到達しなかった『道化師』は勢いよく地面に衝突する。その勢いでそのまま空中にその身を投げ出し、くるっと一回転して着地した。


「はっ、俺の攻撃は避けられなかったみたいだな?」


「……」


「お前の魔法の実力は認めよう。だが、俺の速さの前には勝てない! この場にも結界を作ったようだが、それもお前を痛めつければ消え去る!」


 どうやらとても彼は喜んでいるようだ。


 そっと僕の頬に触れると、鉄臭い液体が指にへばりついた。鋭い刃物で切り裂かれたような切り口が顔にできている。


 ピリピリと絶妙な鋭い痛み。


 ほんのわずかにだが、避けきれなかったようだ。


 痛みは単に体が傷ついたことを知らせる情報でしかない。それでもこの情報(・・)は僕の感情を揺らすのだから、なかなか不思議なもので。


「……」


 ああ、不思議だ。この頬の傷がむしろ冷えてくるような感覚を覚える。


 この舞踊場(結界内)は亡霊が踊り合うためにある。


 次の瞬間には亡霊となっていても、それでも踊り続けるための舞台。そんな戦いが欲しいのに。


 主さまと戦うような圧倒的な熱もなく、ヘノーのような繊細さと大胆さの組み合わせでもない。


 あの美しい魔法の感覚を思い出したいのに、なんでこんな美しくない戦いに僕は身を置かなければならないのだろうか。


「お前、上級幹部かなんかが変装してるんだろ? 魔王軍がなんで俺のことを感知したのかは知らんが、よくここまで幹部を送り込んだもんだ」


 話は無視。ゆっくりと頬の傷をなぞり、肉体という器を修復していく。 


 不思議だ。それほどあれは愚かなのだろうか。


 なぜ『道化師』は、自分だけが敵に傷を(・・・・・・・・・)与えられる(・・・・・)と思っているのだろう。


「だが相性が悪かったな。第五賢者、『竜牙』の称号を持つ俺に殺されることを光栄に……」



 どうでもいい話の途中で、彼は膝から崩れ落ちた。


 あり得ないと言った表情のまま膝をつき、口から血をダラダラと吐いている。


 何やら回復のための詠唱をしたいのか口を開けては閉じてを繰り返しているが、一向に声は出ない。


 そればかりか腕、足、そして目からも血を流し始めた。


 急激な体の痛みに耐えられないのか、顔面を真っ白にして倒れ込んだ。


 冷や汗を流し、なんとか呼吸を確保しようとして足掻く『道化師』。いや、『竜牙』であったか。


「……」


 油断なく見つめる。


 今敵は体内からの破壊によってもがき苦しんでいるが、それでも気は抜けない。



 僕はこの戦場に来る前に、一定以上の威力の攻撃を重大な脅威と見做し、さまざまな自動防御が展開されるようにした。


 圧縮した『星夜奏』を敵の体内に送り込む。これも僕の作った自動防衛システムの一つ。



 だが中位魂保持者だけあってしぶとかった。 


 最初に体内に一つ放り込んだが、魔力やそもそもの肉体が強すぎて上手く機能しなかった。


 だからこそ、『空封(エフェグニス)』のなかに、大量の極小サイズの『星夜奏』を放り込んだ。


 そして100秒ほどかけ、じっくりと『道化師』の体内を侵していった。


 正直、このシステムが中位魂保持者相手に作動するかは賭けだった、がひとまず成功したようだった。


 罠は有用だ。実験のためにも、戦闘のためにも。




 そしてその実験が終わった以上、これ以上敵を生かす理由がない。


 中位魂以上の相手を殺す際に注意しなければならないことは、たったひとつ。


 魂まで殺す手段を以てトドメを刺すことだ。

 

 そして、それに使える『技能(スキル)』は、僕の知る限り一つだけ持っている。


 僕が一度も使ったことのない特殊な『魂毒』。


 ゆっくりと、敵に近寄っていく。近づく僕に目を見開いて、心底憎たらしそうに、そして苦しそうに、恐るようにもがいている。







「____『光吸ノ……」


 


 その瞬間、『道化師』の体が真っ赤に光った。

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