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急襲を憂える

「ぎゃっ!」


「来るな! くる……」


 最後まで叫ぶ暇さえ与えずに。


 流れ作業のように、次から次へとやってくるものを捌いてゆく。



 敵一人一人に意識を注ぎ、相手の剣戟に一喜一憂。

 相手のこれまでの人生と自らの運命を思いながら、ほんの短い時間を噛み締め命を取り合う。


 そんな優雅な戦い。この場では許されない戦いとも言い換えられる。



 今求められているのは、速さと圧倒。一人一人とらえていく余裕は僕一人にはない。


 この暗い暗い夜、敵が大群で奇襲をかけてくる。


 どうやら僕が到着と同時に始末した奴らはほんの一部の偵察だったらしい。


 そんな状況に、ただでさえ数の少ない魔人側は完全に不利だと言える。


 だからこそ僕は敵を処理する。こちら側、魔人側にはには絶対的な強者がいる、と人間に刻み込むために。


 闇に紛れて、『独自技能(オリジナル)』が人間兵に牙を向く。小さな小さな闇を呑む刀が、戦場を駆け巡るのだ。


「……」


 戦場を一瞥する。


 草原であったはずのこの地面は、月明かりの元にもわかるほどに赤く染まってしまった。


 鉄の匂い、何かの燃える匂い、そしてどこかで常に動く魔力の気配。


 遠くでピカッと一瞬何かが光った気がした。あそこにいるのが雷を操る敵なのだろうか。確認に行きたいが、僕は無計画に何処かには動けない。


 やはりというべきか足りない。


 戦力が釣り合っていない。


 今現在は僕がひたすら戦力が足りていないところを探し、補いながら戦場を駆けているが、もし敵の中位魂保持者がやってきたらそちらにかかりきりになる。


 こんな厳しいのは魔人の兵が『道化師』に殺されたのもそうだし何より敵が多すぎるのが原因だ。


 何千何百という『星夜奏』を動かそうと、何十万の敵には足りない。


 億単位で僕が攻撃を放つことは可能ではある。ただそれを行うと魔人の兵すら巻き込んでしまう。


「魔法を使うか……」


 戦場の喧騒に紛れ独り言は誰にも届かないまま消え去った。


 手に持った刀を振いながら、ゆっくり魔力を練る。


「“唸れ、叫べ、産声を”」


 最近はそこまで手数が必要ない戦いしかしてないせいで、『魔魔法』をまともに使うのは久しぶりだ。


「“源たる大地に歪な命が喜びを”」


 くらっと地面が揺れる。僕の魔力が浸透していくのがはっきりわかる。


 周囲の兵の中でも魔法に精通しているであろう数人が、ビクッと恐るように地面を向いた。


「“ただひたすら我が意に沿って蠢け”」


 凄まじい轟音と共に、地面に裂け目ができる。


 渦を巻くように土砂が天に昇り、回転しながら僕の周囲に7体の人型が出来上がった。


 あるものは数メートルに及ぶ大男の形を取り、またあるものは小さな子供のような外見をとり、そしてあるものはコウモリのような翼を背負った人型をとった。


 また、7体全てが異なる武器を掲げていた。大剣、弓、杖、背丈より大きな盾、2本の短剣……まるで統一性のない集団。


 冷たくそれらを確認し、詠唱に幕を下ろす。

 

「『無血人形(タハーネ)』」

 

 その瞬間、かなりの量の僕の魔力が七等分されて吸い込まれていった。


 そして全ての土の人形がガクッと震える。これが、ある種の生命の誕生。そして敵にとってはさらなる悲劇の始まり。


 僕の魔法によって生み出し、そして僕の命令に従ってのみ動く魔の機械の完成だ。


 『魔』を生み出す『魔法』、それこそが僕の行使したものなのだから。


 パチっと目に当たる部分を開き、僕に向かって一斉に跪いた。


「刃向かう敵、全て行動不能にしろ。殺すまではいい」


 命令はそれだけ。人間を全て殺せ、とは流石に言わなかった。


 一度7体揃って深く頭を下げるやいなや音を立てて四方八方へと散っていった。


 こうしている間も、僕は並行で攻撃を続けている。空気中に散布した小さな爆弾(・・)を吸い込み、体の内側から殺されていく哀れな敵もいた。


「……」


 あちこちから悲鳴が上がっている。


 いったいなぜこんなことが起こっているのだろうと漠然と思った。悲鳴の元凶は『無血人形(タハーネ)』たちだが、僕が考えているのはもっと別の方向性だ。


 結局この人間の兵士たちは、国の上層部にしたがっているに過ぎない。魔王軍の兵士たちは、結局侵略してくる人間に対抗せざるを得ないだけ。


 この戦場の人々といくら戦い、いくら相手を殺したとしても何にもならない。


 ならば……


「皆の者、恐れるな! いかに強い相手も囲めば対処できる!」


 そんなことを考えている間に取り囲まれた。しばらく敵は増え続け、総勢20人ほどに。


「……まあ、いいか」


 平和的に解決しようが戦争の末に悲劇が生まれようが、結局はどちらでも構わない。


 魔王軍としての僕に求められているのは強者の演技。


 別に僕は魔王軍を疎ましく思っているわけではない。むしろ僕の世界を広げてくれたという意味で感謝はしている。


 魔王と出会ったことに、これでも僕は喜んでいるんだ。


 誰が元凶かなど関係なく、人類が侵略を続けるならばせめて魔人の方についてもいいだろう。いくら相手に恨まれようが僕は僕のしたいようにすればいい。


「そこの、人間兵」


 ゆっくりと口角を上げながら、暗闇の中で問いかける。


 僕が声をかけたのが予想外だったのか、鎧兜の下で驚愕された。


 本人たちは隠しているつもりなのだろうが、金属の板が顔にあるだけではその裏の顔など丸見えだ。


「なにか、言いたいことはあるか?」


「魔人如きが偉そう……」


 特に遺言はないようで、偉そうに話しかけてきたやつに刀を振るった。


 特に僕がその場から動くこともなく、ただ振るっただけ。


「……斬撃も、有用だな」

 

「ひっ!」


 心から恐れたような、声にも満たない音。もうその時には、20人余りのうち1人しか残っていなかった。


「や、やめろ!」


 ゆっくり近づいて行く。悪霊退散を祈るかのように、ただぶんぶんと剣を振っていた。


 その剣には何人もの魔人を切ったのか、血がこびりついていた。


「お前には心がないのか! なぜ顔色ひとつ変えない!」


「……」


「悪魔の手先め! やめ……」


 糸が切れたかのように、倒れ込んだ。


 後ろからやってくる刃には気が付かなかったようで、あっけない最後だった。


 血に染まった刃を握りつぶし、手袋に吸収させる。


 そして彼が最後に叫んだ言葉を思い出し、思わず苦笑する。


「手先とはね…………悪魔は僕なのにな」




 呟きは、大きな爆発音に呑まれていった。


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