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遊んだ道化師、眠る指揮官

 いつか必ず、あの腕を落とされ、体を貫かれた痛みを『英雄』に。


 そして、この世界に僕らを呼び出し、すぐに殺させた愚王の首を。


 こられは全て私怨だ。だが魔王軍の一員として、大義名分の元いかにも正義の味方であるかのように成し遂げてやる。




 だが今はそれを考えるべきではないと自分に言い聞かせる。目の前の任務(殺し合い)に集中しなければならない。


「副司令官、敵の情報は?」


「……敵軍の情報ということですか」


「違う。飛び抜けて強い人間がいると聞いている。それとの戦闘が私のするべきことだ」


 そういうと先ほどまで少し明るくなっていたこの場の空気がまた深く暗く堕ちていった。


「……それは、兵士の間でも噂になるほどの敵ということですね?」


「そうだ」

 

「二人、存在します。一人は何やら特殊な剣を使って雷を操る男とのことで、熟練の兵士も多く殺されました」


 剣に、雷。


 非常に嫌で生理的嫌悪感を抱かざるを得ない、組み合わせだ。


「何か気になることでも……?」


 思い切り僕が顔を顰めたのがわかったのか気を遣って尋ねてきた。


 なんてタイミングだ。剣と雷、それはまさに僕の体を貫いた『聖剣』のようではないか。


 だが主さまの話では聖剣の価値は剣としてではなく、「ある種完全な(命を拒む)空間」の構築であった。


 雷を落とすという簡単に対処できる攻撃ではない。


 僕を殺した『英雄』とは違う相手であるだろう。だがそう分かっていてもこの苛立ちと不快感はなかなか収まらない。


「それで、もう一人の方は?」


 無理やり話を続けることで、自分自身の意識を逸らそうとする。


 だが今度は副司令官の方が話しづらそうにしている。


「…………『道化師』、と呼ばれる敵兵がいます」


 ようやく重い口を開けるかのように語り始めた。『道化師』。


 その単語の軽快さに反して、彼女の表情は重く、さらに視線が机上の資料に向いていった。


 つられて、僕もそれを見た。


 そこには、びっしりと名前が書かれていた。いくつかの名前の上には血のように赤い線が引かれてる。


 ものによってはその数十の名前の並んだ書類丸ごとに、一つの大きな線を流していた。


「これは……」


「ああ、これは失礼を。片付ける暇がなく……」


 乾いた作り笑いを浮かべ、今にも倒れそうな顔で机上の資料を整え始めた。


 どうにも危うい手元だと思い眺めていたが、パラっとそのうちの一枚が落ちてきた。


「あっ」


 ちょうど僕の方に落ちてきたので、それを拾う。


 それぞれ書いた者が違うのか筆跡にはばらつきがみられた。あまり字を書くことに慣れていないのか、グチャグチャで読みにくいものもあった。


 おそらく名簿なのだろう。


 統一性の見られない署名の並ぶ中、たった一つのことだけが共通していた。


「……戦死した者のリストか」


 名簿の上に書かれていた。赤線は戦死を示す、と。そのまま副司令たる彼女に手渡す。


「ありがとうございます」


 戦場に死はつきものである。むしろ死の集合が戦場を作るといえるほど、それは兵士たちに身近なものだ。


 だが、多い。あまりにも多い。


 この書類の量、そして積まれた紙の束。一枚に一体何人ぶんの名が記されているのかは知らないが、これだけで今いる兵の数の半分以上はありそうだ。


「……もう、赤いインクが切れてしまいましてね……補充が必要になったのは初めてですよ」


「そうか」


「ええ……大半が、たった一人の人間によってもたらされた悲劇です」


「『道化師』というのはその敵兵か」 


「はい。この陣地の内部をご覧になりましたよね。そこら中が荒らされ、壊され、なんとか殺された兵士たちの遺体は処理しましたが、それでもまだ血が地にこびりついている。全て、『道化師』の仕業です」


 やはりというべきか、何かがあったようだ。


 明らかにおかしかった。死者の数も、兵士たちの空気も、そして何より、この副司令の顔色が。


 僕も合わせて顔色を変えるべきであろうか。


「敵がここまで来たのか。よく生きてここにいるな」


 ここまでの情報から察するに、『道化師』という人間は魔王から連絡にあった中位魂保持者のはず。


 もし仮に僕が敵だったとしよう。


 だとすれば、真っ先に上官の首を取る。


 彼女はおそらく優秀な指揮官なのだろう。だが、直接的な戦闘においてそれはなんの意味もない。


 この目前の副司令くらいならば、相手にもならない。


「……それ故に、その敵兵は『道化師』なのです。敵を見せ物のように笑って殺し、だが見せ物として成立するよう『観客』は残しておく。そんなふざけた戦い方をしてくるのです」


 強者の余裕、すなわち遊び。


 この程度の相手、戦いにもならないという認識の表れ。


 実際、この世界の中でも上位に位置するものにとって、軍は全く意味がない。


 主さまなら一瞬で焼き尽くすだろうし、ヘノーだったら広範囲に毒を散布して一網打尽にするだろう。


 幻世樹から離れてそこまで経っていないのに、それらの技を見たのがもう昔のことに思える。


「どうやら私だけは前回、観客だったようです」


 ふっと後ろの方を彼女が見た。そちらにあるのは、単なる仕切りの布。そして、その奥に一つの異様な気配が。


 それを気配と言っていいのだろうかという迷いはあるが。

 

「……ああ、幹部の方に伝えておかなければいけませんね。少々、司令官(・・・)と会っていただけますか?」


 彼女のここまでの振る舞い、そして彼女が(・・・)忙しく働いていたであろう卓の様子。


 このテントの外見に対する、中の空間の小ささ。


 『私だけ』は観客であったという言葉。


 そして彼女の目線と、その方向にある異様なもの。


 こんな緊急事態に司令官が寝ている、というブルーメが指摘していたこと。


 そこまで来ればわかる。空間知覚の影響で、この奥にあるものがはっきりと感じられたのだから。


「必要ない」


「……え?」


 情報は得られた。


 詳しく敵の戦闘方法を聞いてもいいが、詳細な情報が得られるとも思わない。大体本気など出していないだろうから聞くだけ無駄というものだ。


「その司令官は『道化師』の舞台に引き摺り出されたのだろう?」


 ただこの奥にあるのは、死体の気配のみ。

 

 それがわかった以上、視覚的な効果として死体を見るという行為になんの価値もない。


「なぜ、それがわかったのですか……!?」


 彼女の顔が青くなる。なぜそんな顔を、と思ったところで一つ思い出したことがある。


「兵には隠しているのか。私は兵から聞いたわけではない」


 そう、わざわざこの場の見張りに「司令官は寝ている」と聞かされたのだ。


 寝る、という単語が死を暗に示すものとして使われていたのではないのだろう。つまり、司令官の死は隠匿しているのだ。


 おそらく士気に関わるからだろう。こんな混乱状況下で自分たちの司令官が死んだと知ったら、もはや軍は混乱状態に陥るだろう。


「情報提供に感謝を。私はその『道化師』とやらの排除に動くつもりだ」


 それらしく振る舞うことを意識の片隅に留めて。


「え……」


 そう言いながら出入り口に向かう。


「兵の冥福でも祈ろうか」


 なんの意味もなさそうな言葉を唱える。

 

 バサっと音をたて、仕切りの布をめくった。相変わらず夜の空は、暗い。


 少し遠くの方から、大きな気配が動くのを感じた。

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