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到着


 「奇襲だぁ!」


 遙下の方から、風に流されて小さな叫びがここまで届いた。


 「奇襲」、それの被害に遭おうとしているのは、これから向かう予定であった魔人の陣。


 隣で降下しているブルーメも気がついたようで、こちらを勢いよく向く。


「ご主人様、今のは……」


「急ごうか」


 奇襲に対する備えくらいはしているだろうが、万が一ということがある。


 僕の任務は、援軍。


 見えるところに敵がいたのに、到着が少し遅れて被害が拡大しましたなんて笑えない。


「ブルーメ、先に行っている」


「はい」


 今まで、自分が落下していくのを抑え、むしろ制御するように降りていたが、今は緊急事態だ。


 星に引かれていくより早く、むしろ落下速度を超えるように。


 解除していた二重詠唱を、再び。


「『亡霊は迅速に(シュネール)』、二重詠唱!」



 ガクッと、落ちた。








 自分の周囲の風が僕をおろし金で削るように、すり減らそうとするかのように身体に叩きつけてくる。


 普段の飛行にも増して身体中が熱くて痛い。摩擦熱の偉大さを感じながら、地上との距離と必要速度を目視で計算する。


 もはや呼吸など不可能だ、と思ったところで変化が起こる。


「っ!」


 あまりの空気抵抗を『星夜奏』が「攻撃」と判定したのか、僕を守るための防壁が展開されたのだ。


 ほんの少し、楽になった。相変わらず僕の長髪は暴風に揺られているが。


 そのすきに『天骸』を使って地上の敵の詳しい位置を確認する。


「あれか……!」


 周囲と違う鎧を纏った集団を発見した。周囲の兵士たちがそこに向かっていることから考えて、あれが奇襲部隊だろうと当たりをつける。


 落下をやめようかとも思ったが、相手が手練れだった場合に僕が殺されかねないのでそのまま落下し続ける。


 相変わらず凄まじく身体に負担がかかるが、それでもよく敵を観察。


 その数、23人。


 状況的に全員の抹殺を決定。


 『星夜奏』による小刀を、敵の数だけ作成する。


 その後、『天骸』による感覚的な空間把握を、使い敵の鎧の形状、隙間、そして首の位置を確認。


 ほんの少し、左手を動かした。言うなれば、釣り竿の先を遠くに飛ばそうとするような感覚。


 それだけで、曲線を描いて23個の刀は飛んで行った。




 敵の発見ここまで0.12秒ほど。


 およそ訓練していない人間では反射できない速度の中、まず13人の首が黒い刃に吸われていった。


 誰も声を上げることなく、魔人を狩ろうと奇襲を仕掛けた彼らはむしろ奇なる剣に命を落とした。


 続いて、距離的に僅かに僕から遠かった7人の死角を縫い、急所を小刀が貫いた。


 ほんの少しだけ長生きできたの自分の幸運に感謝したことだろう。


 2人ほど、熟練の戦士者が味方の死に気がついたようだが、ほんのわずかに表情を動かした後なすすべもなく殺されていった。


 最後のリーダー格らしき男だけ、防御体制のため体を動かす時間が与えられた。


 だが上空から飛来する凶器には無警戒だったのか、はたまた瞬きに満たないほどの時間では本格的な防御に移れなかったのか、呆気なく首と胴体が別れを告げた。


 血に染まった23個の小刀は、誰の目にも止まることなく、また暗く明かりなき上空へ舞い戻ってくる。


 そして縮まり始め、ほんの米粒にも満たないほどの大きさになった後、僕の服の一部として溶け込んでいった。


「……」


 上空から、地上での惨劇を見下ろす。


 自分で作り出しておいてこのようなことを思うのは甚だ理不尽ではあるが、それでもやはり呆気なく虚しいと思ってしまった。


 これだけ一度に人間を殺して、元人間としては涙の一つでも浮かべるべきなのだろう。


 生憎と全くそんな気分にならなかったが。


 


 道中で衝突した魔物に対しては多少の情があったのに、人間に対してそれがないのは心が壊れているのだろうか。


 今僕が鏡をみたならば、その口元にはうっすらと笑みが残ってっていることに気がつくだろう。


 その事実がさらに僕の口を上方に歪ませるのだから笑えない。


 うっすらと月明かりが背中を、そして珍しく人目につくところに着けた銀環を照らす。その事実を素晴らしい精度で『天骸』が伝えてきた。

 



 この心情を壊れたという単語で説明し得るはずもない。




 しかし僕に他を思う気持自体はあるのだが、とそんなどうでもいいことを思いつつ地上に垂直に落下していった。


 周辺の魔人の兵が傷つくことのないよう、着地のほんの少し前に詠唱なしで簡単な『精霊魔法:風』を行使。




 砂埃ひとつ舞わず、物音ひとつ立てずに、今この瞬間僕は血で血を洗う戦場にその身を置いた。




 ゆっくりと周囲を見渡す。


 何人もの兵士がこちらに向かってくるが、皆一言も話さない。中には顔色が非常に悪い者もいる。


 みな奇襲の影響で緊張しているからだろう。


「ご主人様、お待たせいたしました」


 僕の少し後ろに、ブルーメが降り立った。かなりここまで急いだのか魔力の精度が荒いが、表情からは少しの疲れも読み取れない。完全なるポーカーフェイスだ。


 周囲を見渡し、敵の死骸に気が付いたのかそっと肩を撫で下ろしていた。

 

 かなり急がせてしまったらしい。今は無理だが後で感謝と労いをするべきだろう。


「ご苦労……そこの、兵士たち」


 目の前にいた兵士と、獣人の兵士、そしてそのほかの兵士たちに声をかける。


 明らかにビクッと肩を振るわせ、動揺しているように見えた。


「この場の、最高責任者のところに案内を」


 まずは、この陣の指揮官と話をして最新の情報を得るべきだろう。震えた声で、畏まりました、と返事が帰ってきた。











 これからは、本格的に「独立官」として振る舞う。絶対にありえない強者のように。


 甘く強烈に、人々を惑わそう。


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