道中での一方的な戦い
「お前、防具なくていいのか?」
暇になったのか、隣のを歩く隊員が話しかけてきた。
その姿を見ると、全身鎧とまではいかなくとも数々の防具を身につけ、そして重そうな荷物を背負っている。
「防具ならある」
「え? じゃあなんでわざわざその上から服着てんだよ」
「……なんとなく」
どうやら、服=防具という発想には至らなかったようだ。わざわざ自分の『技能』を晒す気もないので適当にぼかしておく。
城を出てはや数時間。
どうやら補給部隊の届けるものは急を要するものだったらしく、僕たちはハイペースでひたすら歩き続けている。
それも補給部隊の面々を囲むような形で。これぞ護衛、という感じだ。
そもそも戦況があまり良くないらしい。
少しでも早く着くために、ひたすら近道を選んでいる。おかげで街に寄ることもなく、人通りも少なくなり、ただただ街道の周辺に自然が広がっているだけだった。
ちなみに、ここにいるものは誰一人として例外なく馬鹿でかいリュックサックのようなものを背負っている。
そう、僕もだ。
僕の荷物など全て空間収納にしまっているのだが、「出発前に準備を緊張で忘れてきた新人」だと思われて予備の装備品を持たされた。
これくらい負担でもないが、ただただ必要もないものを長距離持ち運んでいるというのがどこか虚しい。
「……またか」
少々うんざりしてきた。何かがこちら側に向かって近づいてくるのを感じたのが原因。
この状況で、周囲の木々の隙間を駆け抜けてくるもの。もう正体は分かりきっている。
こんなものいちいち対処するなんて面倒なこと極まりない。自動護衛システムでも作れないものか。
「ん!? 魔物が来るぞ!」
少し遅れて隊長が魔物に気が付いたらしく、声を張り上げて注意を促す。
「第一護衛部隊、構えろ!」
隊員たちが各々の武器を取り出す。もうこの光景も見飽きてきた。大して力を持たない魔物どもがわざわざ殺されるのをわかってやってくるなんて非生産的な。
せめて主さまの領域の周辺の魔物と戦いたかった。あれならまだ戦いごたえがある。時には僕自身の肉を切らせて骨を断つような戦いもあった。
別に僕自身戦闘狂でも被虐嗜好でもないが、それでもどこか強者との戦いは期待してしまう。何か自分を変えるものがないかと。
「おい、そこのお前も武器を持て!」
「ん?」
「早くしろ! 死にたいのか!?」
戦闘すなわち武器を用いるというわけではない。僕の戦いに必ずしも武器が必要ではないので、あまり今から武器を創る必要性が見えない。
あまりにも切迫した顔をしている先輩方を見て、疑問が膨らむ。この世界の先頭は『技能』というものがあるから多様化しているはずだ。なのになぜそんな武器というたった一つのことにこだわるのだろうか。
そんな時、僕の左手前から叫び声が聞こえた。
「出たぞ!」
「いや、こっちもだ!」
後ろからも魔物の発見を知らせる叫び。どうやら二面作戦を強いられるようだ。
流石に訓練された部隊だけあってか、顔をこわばらせるものはいても、みっともなく取り乱すものはいなかった。
後ろ側からやって来た魔物はライオンのような見た目だが、周囲に稲妻を走らせている。その数2体。
対して手前側からやってきたのは、犬のような魔物の群れ。
決定的に犬と違うのは、口からダラダラと唾が流れ落ち、そしてそれが地面に触れた瞬間、ジュッと土を溶かしていることだろう。
何もせず突っ立っているのではあまりこの隊に入った意味がない。ここまで遭遇した魔物との戦いで僕が殺した個体はない。そろそろ最低限の仕事はするべきだろう。
「ラングトーファ隊長」
先ほどから集中して周囲の気配を読んでいるところ悪いが、少し声をかける。エルフ特有の長い耳がピクっと揺れた。
「なんだ!? 新兵、お前は下がっていろ!」
「いえ、最低限の任務くらいはします」
「あの魔物がなんだか知っているのか!?」
「知りません。話は戻りますが、手前側の犬の群れは僕が一人で殲滅します。後ろ側はよろしくお願いします」
「は? 何を言っている!?」
これでこの場の責任者に報告はした。そのまま一気に僕らの部隊の最後尾に飛ぶ。何かまだ彼女が話しているような気がしたが、もう一度話しかけてこないということはさほど重要ではないのだろう。
なるべく魔物を刺激しないように、風も音も気配も極力抑えている。その状態のまま、まずはあたりを一瞥する。
ちょうど隊員の一人が襲われそうになっていたの。犬型の魔物に抑え込まれ、今はなんとか剣で耐えているもののこのままだと唾液に接触しそうだった。
このまま魔物の毒のような唾液に触れた場合、良くて皮膚が溶け、悪くて脳までじわじわと溶かされていくだろう。
自分の左手に嵌めてある、暗黒の手袋。瞬きをするほどの時間もかけずに、そこから刀を生み出す。
こちらに気が付かずに獲物を襲うことに夢中になっている魔物をひと突き。
「は? え?」
頭から黒い刃を生やしたそれは、力無くどさっと倒れ込んだ。一人の隊員がその下敷きになっているが、死体くらい自分でどかせるだろう。
「いつから、ら……?」
何やら倒れ込んでいる別の隊員から独り言が聞こえたが、それくらいの余裕があるなら放置しても大丈夫と安心した。
続いて群れに飛び込む。周囲の木々が少々邪魔だ。
刃の長さを延ばしながら、木ごと奥にいる犬を貫く。ギャッオ゛っと叫び声が聞こえてきた。
当然生命としての気配は途絶えている。
「ギャギャ!」
「ウオオオオン!」
今更群れの魔物が騒ぎ出した。無駄に威勢のいい遠吠えに、鼓膜がビリビリと震えているのを感じた。
位置的にいうと僕がいるのは群れの中央部分。
敵を取り囲んで安心したのか、逃げ場はないぞと言わんばかりの野蛮な目をむけてきた。なんとも暑苦しくて鬱陶しい。
「ギャオオオ!」
1匹の叫びを合図に、一斉に僕に向かって飛びかかってくる。
「ん〜!」
少し大きな伸びをする。余裕と言われるかもしれないが、それも仕方のないことだろう。
遅すぎる。
「そんなところにいないのにな……」
魔物どもが一斉に突進していった場所には、もはや一本の刀が突き立てられているだけ。
僕は、群衆の外側からただ眺めている。
叫び声というわかりやすい合図、そしてのんびりした速度の突進。どうしてこんな攻撃が当たると思うのだろうか。
勢い余って魔物同士が突進し、僕の置いていった刀を中心に折り重なって倒れている。これが本物の犬だったら癒される光景なのだろうか。
残念ながらそんな余韻に浸っている暇はない。
パチンと指を鳴らす。
それが、合図となる。
「ギャ……」
全て、その場にいた魔物は逃げられるわけもなく、黒い幾重もの飛来する刃に命を奪われていた。
漆黒の刀が、爆弾へと変化した結果だった。
勢いよく刀の破片が細かな刃となって飛び散り、犬の体に穴を開けていった。
「流石『独自技能』」
僕が新たに見つけた、『星夜奏』の特性。それは、あらかじめ簡単な命令を与えておける、ということだ。
今回僕が刀にあらかじめ与えておいた命令は、「指を鳴らしたら、弾けろ」というもの。
それだけで、放置した刀が爆弾に早変わりする。
今回実験的に使用してみたが、今後も活用できそうだ。
ちなみに今ももう一つ実験的に運用しているものがある。例えば、
「ギャ!」
ポタ、ポタ、と血が滴りおちる。その体には、幾つもの棘と薔薇が絡み合っている。
僕に奇襲をかけようとした、先ほどの群れの残党の末路。
これも『星夜奏』を使った奇襲対策の一つだ。いきなり襲うものには、相応の反撃を与える。ざっくりいうとこんな感じの命令を与え、僕の周囲に小さく縮めて潜ませておいたのだ。
「ふ〜ん」
黒い薔薇に拘束され、身動きの取れない魔物を撫でてみた。かなりふさふさな毛だ。触っていてなかなか気持ちがいい。
実際犬を触ったことはあまりないが、それよりかはかなり上質な毛だ。
「じゃあ、さよなら」
撫でていた手から黒い刃を発生させて、魔物の首を掻き切る。
先程まで苦しんでいた魔物も、これで楽になっただろうか。それともより苦しめたのだろうか。死体を見てふと思った。
思考を切り替え、念のため空間を探知する『亡霊ノ風』に属する魔法を使う。
無事、これで最後の1匹まで始末できたことを確認。
僕は隊長たちのところに戻っていくのだった。




