行き先は戦場近く
人がの活気に満ちた訓練場の中で、異様に静かで揺らぎのない場所。
剣のぶつかり合う音、訓練風景、話し声……全てを遮断し、ひたすら目を瞑って限りなく自らを見つめる。
埃にも満たない大きさの無数に散らばる黒い物体を完全に支配下に置く。そのためにただ精神統一を重ねる。
果たして他者から見れば今の僕は何をしているように見えるだろうか。
僕は額に浮かぶ汗を拭いつつゆっくりと目を開ける。周囲にはなんの違和感もない、いつも通りの光景が広がっていた。
『星夜奏』による物体は、操作している僕ですら簡単には気がつけないほど圧縮されている。
それぞれがバラバラに独立して、まるで細かな円が重なったような軌道を描いている。その様子はどこか恒星とその惑星の様子を思い起こさせた。
「ふうっ」
制御に成功していることを確認し、短く息を吐き出す。
まだまだ精密な制御には時間がかかるようだ。ふと、今自分が身につけているものを見る。
僕が今左手につけている手袋も、この一週間ひたすら黒い物質を圧縮して詰め込んだ。
当然のことながら、それは服も同じだ。時間が経てば経つほど、どんどん大量に詰め込んでいっている。
新しく物体を生み出すのは時間がかかるが、服や手袋が一種の材料の貯蔵庫の役割を果たしている。
おかげでより一層強固な武器をより素早く創り上げることができるのだ。
さらに、単に『闇奏』という『技能』だった頃にはなかった、新たな機能も発見した。
『独自技能』は突き詰めれば突き詰めるほど面白い。どんどん活用法ができてくる。
「お前、訓練終わったのか?」
こちら側にやってきた、同じ新兵のアラートに話しかけられた。
額に汗を浮かべ、いくつかの軽い擦り傷を負った彼はどうやら模擬戦の終わりのようだ。
「終わったよ」
「へえ。いつものことながら、変わった訓練法だな。ひたすら瞑想するんだっけ。それがなんの訓練になるんだ?」
いろいろだよ、と適当に答えておく。
僕だって本当はもっと他の隊員たちと戦いたい。この世界の本場の戦い方を身をもって味わいたいのだ。
だが、なぜか隊長が許可を出さない。
もっと戦いたいと直談判をするにはしたが、まずは自分を鍛えるのが先だ、という返答しかやってこなかった。
以前いきなり模擬戦をした時には止めるわけがないという類のことを言われたのにと思わなくもないが、再度交渉する気にもなれなかった。
結局、ひたすら自分の『技能』を鍛え続けている。
その結果、彼から見ると僕はただ瞑想しているだけに見えるということだ。
「集合!」
しばらくアラートと適当に話したところで、隊長から集合の号令がかかった。
座っていた椅子から立ち上がり、足早に指定された位置に整列する。
全員がしっかりとここにいることを確認した後、「今日は重要な話がある」といわれた。
「我々、第一護衛部隊はこの度、護衛任務に就くことになった」
周囲がわざつく。軍の部隊が任務につくことに、なんの衝撃や疑問を持つのだろうか。
目につく先輩方の顔は驚きに染まり、一部の人はなぜか興奮しているようだった。この場合の一部の人、はこの一週間しか護衛部隊で過ごしていない僕ですら知っている戦闘好きの方々だ。
対照的にアラートを見ると、どこか青い顔をしている。
「皆知っての通り、我ら魔人は今人間との戦闘の最中にある。そして、我々は近々戦場に向かう捕球部隊の負担軽減のため、道中護衛を担うことになった」
顔には出さないものの、僕は静かに衝撃を受けていた。
今回の任務は「戦場に行くこと」。今まで一度も経験したことのない場所への任務。
どうやったって戦場に肯定的な印象はない。そんな陰鬱で残虐性の象徴とも言えるところへ行くことになる。
「護衛対象である補給部隊の目的地はどこでしょうか?」
「激戦地帯、アドヴェント大草原だ」
「!」
先程まである程度余裕のありそうだった先輩方の顔に、緊張が走った。
アラートなどはもはやガタガタ震えている。あまりにも様子がおかしいので、こっそりと話しかけることにした。
「どうかした?」
「お、お前はよく平気な顔しているな……あの、アドヴェント大草原だぞ」
「……それがどうかした?」
「知らないのか!? 最近、恐ろしく強い兵が人間側に現れたって有名なところだぞ」
「へえ、知らない」
恐ろしく強い兵か。
単に強いだけならいいが、中位魂まで行くと僕が完全に消滅する危険性がある。しかも、もし勝てる相手でもとどめを刺すには諸刃の剣を使うことを余儀なくされてしまう。
上位魂だった場合は、無理だ。僕なんかが対処できる相手じゃない。
僕自身の肉体は改造しているからかなり強度はある。部分的な欠損なら修復できる。
だが、所詮それも単なる体に過ぎない。心臓と頭を同時に潰されて首を刎ね飛ばされたら、簡単に僕の肉体は死んでしまう。
上位魂などといったような、消し飛んだ次の瞬間完全再生する相手を倒せるわけがない。
ようやく皆の顔がこわばった理由がわかった。そこには本当に「強い敵」がいるかもしれないからだったのだ。
「今回は新人の研修も兼ねているので、実際に戦場までは行かない。その少し手前の魔人領までの護送だ」
少し、皆のざわめきが治った。それと同時に緊張した空気がわずかに緩んでいく。
「出発は急だが明日となる。任務に必要なものを各自早急に整えるように」
本当に急だ。それほど戦況が差し迫っているのだろうか。
僕自身の持っている情報が少なすぎる。どこかから情報を得る手段を構築しなければいつか死に繋がりかねない。
「本来まだ訓練の終わる時間ではないが、今日は特別だ。数人はここに残って必要事項を新人に教えてやれ! そのほかはすぐに準備に取り掛かること! 以上、解散!」
「「「「「はっ!」」」」」
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