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あなたは、だあれ

 「どれだ……?」


 研修が始まってから約一週間。そんなに経っているのにも関わらず、僕は鍵を見つけるのに苦労している。


 鍵。『部屋に続く部屋』に置いてある大量の転移用の器具。


 正しい『鍵』を見つけて第一護衛部隊の訓練場に行くために、今も僕は彼岸花がポツンと咲く不思議な密室にいる。


 どうやったら素早く目的の見つけられるのだろうか。誰かが使っているのか『鍵』の順番は日々少しずつれ変わっている。


 おかげで僕の改造した肉体と『技能(スキル)』をフル活用した暗記作戦が意味をなさないのだ。


 昨日は1分程度で見つけられたが、今日はもうこの彼岸花の部屋に入ってから5分経とうとしている。


 ああ、なんて面倒な作業なんだと思いながらひたすら大量の石状の鍵漁っていた。


 そんな時ふと、目の前が気になった。


 そこは揺れていたのだ。転移用の道具を使っているのか特有の大きな空間の揺れがあるのだ。


「あ」


 今のは僕の声ではない。転移してきた謎の人物の声。少し幼さを感じさせる声。


 目深に魔法使いの帽子、と言った感じのものを被った子供。角度によって濃い緑色と深い青に見える不思議な服。いや、不思議なボロボロの布切れをまとっている。


 ボロボロの布からは彼女が今まで苦労してきたようにも見えた。


 ぱっと見間違えてここに迷い込んだ女の子。何か特別な力があるようにも見えない。


 だがそんなわけがない。ここは魔王の城の中でも、各場所につながる転移器具がある場所。単に迷い込んでここにくるなんてことありえない。

 

 僕の感覚が警鐘を鳴らす。絶対に、絶対に油断してはならない。


 この人は、僕と同じだ(・・・・・)。 

 

 目が合った。


 そのままこの部屋にやってきた彼女は動かない。


 僕も動かない。


「……」


 3秒の沈黙の後、彼女が少し口を開けた。鋭い犬歯がチラッと見える。


「……」


 7秒の沈黙の後、彼女が口を閉じた。そのまま微動だにしない。


「……」


 しかしさらに2秒の沈黙の後、彼女がゆっくりと瞼を閉じた。


「……」


 1秒の沈黙の後、彼女が目を気だるげに開く。その目は赤く輝いているように見えた。


 合計14秒続いた沈黙を破ったのは、相手の方だった。


「おいしそう」


 まるで「おはよう」というごく自然な挨拶のように、なんの躊躇もなく凄まじいことを言い放った。


 一瞬僕はブルっと震える。何か、寒気を感じる。


 僕の脳裏にさまざまな可能性が浮かんできた。言い間違え、おいしそうという単語を挨拶にする種族……そんなわけがない。


「あなた、私と同類」


「そうですね」


 これは素直に同意する。 


 ちなみに、この場合の「同類」というのは決して嗜好であったり思考回路であったりするわけではない。


 そんなものは初対面の僕たちがわかるわけがない。


 まず服。僕の服は『技能(スキル)』によって作り上げた、一種の攻撃道具。要するに単に布から作った服ではない。


 そしてこの目の前の魔人。一見、身に纏っているのはボロボロの布。ただ、絶対にこれが布なわけがない。まず、微弱だが魔力を感じる時点でそれはない。


 そして次に、肉体。彼女のそれは、改造されている。一見少し幼いが、そんなものは関係ない。


 僕の『封ジラレタ鏡』やそれに準ずるものでいじっている。実際肉体の創造や改造を経験したものにしかわからないだろうが、明らかに通常の人体ではないことが伝わってきた。


 実際、彼女も僕に対して同じような感想を抱いているのだろう。


「うん、同類。だから、たべてみたい」


「……」


 さて、全く話の前後のつながりが見えない。何をどうしたら同類から食べるに移行するのだろうか。


 彼女の顔は、おもちゃを見つけた子供のように輝いている。


 そんな微笑ましい顔とは裏腹に、その目は獲物を見つけた猛獣のようだった。


 彼女が舌を出してぺろっと口の周りを舐めた。動きの妖しさがその見た目と噛み合わない。


 チラッと見えた鋭い歯に、何か寒気を感じた。


「あなた、ここで何してる?」


 先ほどからの衝撃発言とは打って変わって、日常会話が始まった。あまりの急展開に僕の脳が微妙に追いついてない。


 まず、僕の思考の2割ほどを占めていた食べてみたい発言を強引に無視することを決めた。

 

 次に、彼女は同類だという認識を脳内に強調して作り上げる。


 そして、ここで何をしているのかという質問に答える。


「僕は訓練場までの鍵を探してる」


「探してる? なんで?」


 こてんと首を傾げられる。


 僕はなぜそれに疑問をもたれるのかがわからない。何かおかしなことを言っただろうか。


「なんで? それは、見つからないからで……」


「見つからない? 花にきいても?」


「花に聞く?」


 比喩的な意味ではなく、本当に植物の花に質問を投げかけるという意味だろうか。


 だとしたら、この人は何を言っているんだ? さっきから話の前後が見えなかったりするが、もしやこれは僕と違う世界に生きていらっしゃるのだろうか。


「……なんか失礼なめ。で、そこの花にきけばいい。鍵の位置を教えてくれる」


「え?」


 彼女が指を刺した先には、彼岸花があった。なぜかこの「部屋に続く部屋」のなかにポツンと咲いている異様な植物。


 まさか、鍵の検索システムになっていたのか? 


 さらに詳しく聞くと、どうやら目的地から最も近い転移のポイントをみつけだし、それの転移のための鍵を光らせるらしい。


 その光を辿れば、必要な鍵が手に入る、そういう仕組みだそうだ。



 さすが魔王の城というべきだろう。単なる花に見せかけた検索機。まるで手品のようなものが大量にある。


 常にこの城は僕の予想の外を突っ走っている。


「単なる花じゃなかったんだ……」


 改めて技術力の高さに驚くとともに、少し遠い目になる。


 果たして僕が日々入れ替わる鍵の中から必要なものを自力で探した時間はなんだったんだ。


「これがそこらの花なわけない。なんで知らない? もしかしてあたらしい銀環?」


 その口ぶりからするに、この花が検索システムを持っていることはかなり広く知られているようだ。


「僕は大体1週間くらい前に魔王軍に加わったから、新入りだね」


「そうなんだ。ひさしぶりにおいしそう」


「……」


 花の仕組みを教えてくれたことに対する感謝の気持ちが、一瞬で複雑になっていった。


 さっきからいわれているおいしそうとは一体どういった意味なのだろう。


「あなた、夕方ひまある?」


「あるけど……」


 そう答えると、彼女がニコッと笑ってやった、と言った。 実際に何年生きているのかは全くわからないが、その言動は彼女の肉体から推測できる年齢通りだった。


「じゃあ、会おう」


「え?」


「ここ来てね」


 そう言って一枚の紙切れが飛んでくる。そこには何やら場所が書かれているようだ。


「じゃあ、今夜ね」


 そう言って徐に近くにあった石状の鍵を掴み取った。ほんの一瞬で、必要なのを探し当てたように見える。


 彼女は花を使わなくても必要な鍵を見つけられるらしい。慣れればそうなるのだろうか。


 いや、それは重要ではない。


 何やら決まったことにされているが、今夜会う?


「え、いや、そもそも僕は貴方が誰かすら知らない……」


 今にも転移していきそうな彼女をなんとか引き留める。


「ん? なにいえばいい?」


 無駄にまっすぐな眼で見つめてくる。

 

 あまりの返答に、僕は少し脱力感を覚えた。


「えっと、軽い自己紹介レベルのものを」


 彼女は独特の調子だが、あまり悪い気はしない。それでも最低限どこの誰かだけは知っておきたい。そう思って聞いた。だが。


「わかった、かるいのね。私は、技術部隊のおさ。じゃあまたね」


「え?」


 そういって彼女はどこかに消えていった。


 まだ名前すら知れていない僕の元には、一枚の紙が残されているだけ。


 あまりにもマイペースな嵐のようだった。

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