その頃、明日から戦う『英雄』は
馬車の窓から風景を見るのもそろそろ飽きてきた。
いくら寛大で、侘び寂びをわかっている俺でも一週間ずっと似たような景色では感動できない。
たまに見かける村のようなものも、全く古臭いというか田舎臭いというか。俺の感性に訴えかけるようなものは一切ない。
「シン様、もうすぐ街に着きます」
馬車の外でのんんびりと歩いている兵士に話しかけられ、思わず顔を顰めてしまった。
それも仕方のないことだと思う。
なにせ、この目の前の兵士は俺という『英雄』に話しかけるという名誉ある仕事の最中なのに、全身鎧を着ているのだ。
『聖剣』を持つ俺にとっては鎧なんて意味がないが、それでも敵意がなく敬っていることを示すために、鎧を脱いで話してほしい。
そもそも俺はこんな汗水垂らして働いているような男と話したくはない。そこを我慢しているだけでも感謝して欲しいものだ。
苦情を言ってやろうかとも思うが、こんなやつに長々と説教したくない。
そう思って俺は端的に述べることにした。
「お前、そこについている血」
「血? ああ、これは先ほど魔物が襲ってきたのを追い払った時のものです。私の怪我ではございません。シン様の護衛に支障はありませんのでご安心を」
「はぁ……」
自分の怪我ではない? そんなこと誰も聞いてない。たとえこいつの自身の怪我による血だとしても俺の知ったことではない。
だいたい、こいつ俺の言いたいことのかけらも理解していないな? これ以上丁寧に説明しなければならないとは面倒臭い。
しかしこのまま相手の失礼な態度を直さないのはまずい。仕方ないが、俺が教えてやるしかないようだ。
「そんな御託はいいから。さっさと拭けよ。見苦しい」
「は?」
何か謝罪をしようとしていたのかも知れない。しかしそんなものを聞く気はない。それを示すために、馬車の中のカーテンを閉めた。
「お疲れ様です、シン様」
俺の向かいから聞こえてくる声。専属メイドのフェアフーだ。俺が一人で行くのは何かと不便で不安だろうと、わざわざ王城からここまでついてきてくれた。
「ああ、疲れたよ……なんていう戦場だったっけ?」
「アドヴェント大草原です。ちょうど今、魔王軍と我ら王国の軍との衝突が起きています。なので『英雄』として、私たちの切り札として赤城シン様が今向かっているわけです」
「アドヴェント大草原ね。で、そこまでどれくらいかかる?」
「はい、あとしばらくで街に到着します。そこが前線から最も近い街となっているので、実際に戦場に行くのは明日ごろになるかと思います」
「ようやくか」
ここまで長かった。単に王城からの距離というだけではなく、ここまでかかった時間も含め、本当に長かった。
クラスメイトどもの実力が俺と全く釣り合わないせいで、召喚されてからもう一年以上たってしまった。
俺だけならさっさと魔人と戦えるのに、と何回思ったことか。
俺という天才を戦場に出さないことが、どれだけ人類にとっての損失か。それがわからない王国に、何回も腹をたて、そしてそのたびに自分に言い聞かせていた。
『英雄は後になってから現れるんだ』、『俺より後から来る友人を待って、そしてサポートするのも俺の役目だ』、と。
だが、そんな日々も今日で終わりだ。明日からは、ようやく俺が戦える。
「緊張は、されていないのですか?」
「するわけないじゃないか。むしろ嬉しいよ。俺の聖剣で人類全てを守ってやれるんだ。もちろん、君も」
「そんなことを……! ありがとうございます」
むしろ自身が怖がっているように質問するフェアフーに、自信満々で答える。それをみて彼女も安心したようだ。顔に笑みが戻ってきた。
やはり、恐怖の中にいる人々には希望が必要みたいだ。例えば、『英雄』である俺のような大きな大きな希望が。
この世界を物語だとしたら、俺が主人公。そんな俺が現れたんだ。戦況など一気にひっくり返る。
長年人類を攻めていた魔人どもも、これで全て俺が殺してやる。そう思ったところで、ふといいことを思いついた。
魔人は人類と似たような見た目をしていると聞いた。全て殺すのは惜しいかもしれない。
もし奴らが俺という存在に恐れをなして降伏するなら、奴隷として受け入れてやってもいいかもしれない。
見た目がいい奴がいたら俺の近くに置いてもいい。命を救ってやってるんだから、泣いて喜ぶだろうし、ましてや俺は『英雄』。どんなことでもしてくれるはずだ。
俺は今自分で自分の発想の天才さ加減に驚いている。
そう遠くないうちに訪れるであろうことに想いを馳せていると、フェアフーが何か疑問に思ったのか声をかけてきた。
「どうされたのですか?」
「考えていたんだ。この先のことを。平和になった未来のことを想像していたんだ」
「そんなとこまで考えているんですか!?」
「ああ、当然だ。俺がいくら強い力を持っているからといって、それを無闇に振るってもいいことは起きない」
しっかりと目標にする未来に向かって、力を振るわなければならない。それくらいは英雄として、当然自覚している。
「だからこそ、俺は平和な未来を考えるんだ。そこに向かって進むために」
そう言って俺の考えを話してやると、フェアフーは少し不安そうで潤んだ目を向けてきた。
「シン様、あなたの描く未来に、私は入っていますか?」
「もちろんだよ。フェアフーは俺の最初の理解者と言ってもいい。もちろんこれからも俺のそばにいてほしい」
「本当ですか! 私、嬉しいです!」
そうやって素直に喜んでる彼女に、俺も明るい気分になる。それをみて、これが俺の求めているものだ、と思う。
いつか、全ての人がこういうふうに俺を信じて讃えるようになってほしいものだ。
俺はそのために、明日から戦場に向かう。




