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いきなり模擬戦 〜第一護衛部隊は事態を憂う〜

視点が切り替わります

 アオイと隊員との模擬戦が終わってから数時間後。アオイとアラートはもうとっくにこの訓練場から追い出され、もとい帰って休憩しているころ。


 訓練場に夕陽が差し込むほどの時間になって、第一護衛部隊の訓練が終了した。


「今日の業務はこれで終わりだ。夜勤の者を残して、解散」


「「「「「はっ!」」」」」


 隊長のラングトーファは号令をかけた後、夜勤の担当に引き継義作業を開始する。


 今日の出来事や訓練のメニューをまとめる程度の簡単な作業。


 普段なら夜勤ではないものはさっさと帰るか、場内の宿舎に移動する。またそうでないものも、場内にある食堂に向かうなりしてこの場から離れていく。


 だが、今日はかなり多くの人が彼女の周囲に集まっていた。その理由は明白。みな、今日の午前中に起こった新兵と隊員の模擬戦、そのことが気になって仕方がないのだ。


「隊長、今日来た新兵は何者なんですか。あとあの隊員が持っていた剣はこの私が見たことがないものだったんですが何かご存知で?」


「あ、あの、マリーナは大丈夫でしたか? もう少しで急所を斬られそうだったとか、大怪我をしたとかいろいろ聞いたんですが」


「俺は見れなかったんですけど、あの(・・)マリーナを破った奴がいると聞いたんですがそれは本当ですか!?」


 訓練中はそれに必要なことと軍に関連することくらいしか話してこなかった隊員たち。


 しかし、もう業務は終わったんだからと言わんばかりに質問を開始する。


 隊長の周囲にはお菓子のカスに群がるアリのように人だかりができていた。


 その中央にいる彼女は、あまりの人の多さと騒がしさで引き継ぎができないでいた。


 わずかに眉を顰め、不意にスッと息を吸い込んだ。それに気がついた一部の察しのいい隊員は、大急ぎで自分の耳を手で覆っている。


 そして近くにいる別の隊員に忠告をしようとしたが、それが間に合うわけもなかった。


「騒がしい!」


 大音量での怒鳴り声が、隊員たちの鼓膜を破壊しにかかった。


 比較的遠くで訓練場の整備をしていた夜勤の隊員すら、あまりの大声にビクッと振り向く。


 そして怒りの兆候に気が付かなかった哀れな隊員たち。特に彼女の近くにいて質問をしていた魔人たちは、もう耳を押さえてのたうち回っている。


「私はこれから食堂に行って夕食を取る。質問があるのならば、そこで聞く」


 そう言って彼女は夜勤担当への引き継ぎを淡々と再開する。


 周囲の人々はこれ以上怒りをかってはたまったもんじゃないと、食堂に向かい始めた。








 城の中にある食堂。階級関係なく誰でも使えるため、常に兵士や職員などで混雑している。


 当然のことながら、みな談笑しながら食事をしている。だが、その中で非常に静かで異様な空間があった。


 そう、陸軍地方防衛団街道統括局第一大隊第三護衛中隊第一護衛部隊である。


「……」


「……」


 みなチラチラと視線を交わしながら、お前から話し始めろよという圧を掛け合っている。


 隊員たちは今日来た新兵に興味はあるが、隊長に質問する勇気が出せないでいた。


 その隊長本人は聞かれなければ話さないというスタンスで、ただただ食事をしていた。


「あ、あの、皆さん、今日から訓練に加わる研修生の方々どうでしたか?」


 沈黙が打ち破られた。


 隊員の一人が、なんとか会話を生み出そうとしたのだ。雰囲気を作ろうと努力したことを察した他の隊員たちが、一斉に話し出す。


「あのアラートとかいうやつ、まあまあだな」


「一般的な新兵より少し優秀かそれとも平均かといったところでした。ただ彼の明るい性格自体は好印象を持てます」


「ちょっと真剣に気後れしている感じだった気もする。ただ試しに軽く打ち合いをしてみたけど、スジはよかったぞ?」


 アラートについての話は盛り上がっていく。剣のスジだとか、基礎的な体力がまだまだ足りないだといったりの話は出てくる。


 だが、核心に触れることは皆避けていた。


 本当に隊員たちが気にしているのは、もう一人の新兵のこと。あのマリーナを打ち破った、と言われているアオイについてである。

 

「お、第一護衛部隊はここにいたのか。なあなあ、戦闘狂のマリーナに勝った新兵がいるってほんとか?」


 食堂にいた別の部隊の隊員が、第一護衛部隊の面々にいきなり話しかけてきた。


 彼は第五護衛部隊に所属しているが、絶対にありえない、噂を聞きつけ彼らを揶揄うためにやってきたのだ。


 だが、彼の予想は見事に裏切られることになる。


「……本当だ」


「は? お前は冗談が下手だな! 流石にいくらなんでもあの戦闘狂が負けることなんて…………」


「俺は見た。瞬殺、されてた」


「私は全く見えなかったです。模擬戦が始まったと思ったら、ほんの1秒くらいで大剣が宙をまってて………」


「意味わかんねえぜ、あの新兵。俺が分かったのは、隊長が叫んで止めてることくらいだ」


「は? おい、お前ら、まさか本気で言ってるのか?」


 どんどん話はアオイについての話に移っていった。先ほどまでは誰も触れようとしなかったのに、一転、一度変わった流れはどんどん加速していった。


「あいつの武器どうなってた? あんな歪んだ剣初めてみたぞ」


「……一度だけみたことがある気がするんだよな……ただどこでみたんだか」


「なあ、お前らあの模擬戦の流れ見えた? 俺の目がおかしいんじゃないよな?」


「嘘だろ? 俺らの中で一番目がいいのお前なんだから、それが見えないってどういうことだよ」


「だとしたらあれは集団幻覚だったんだな」


「ああ、新兵なんて一人しかいなかった。きっとそうだ」


「俺らは悪魔の悪戯でそう思ってるだけなんだ。今日の訓練はいつも通り、模擬戦なんてなかったに違いない」


 もはや現実逃避に走るものさえ現れた。もはや場がカオスになったところで、ようやくあることが行われた。


「……あ、あの隊長、研修生の所属ってどこなんですか?」


 そう、ついに現れた。隊長本人に質問をする者が。




 魔王軍に入った新兵は、まず最初に適性を試す試験を受ける。


 そこからその人の能力と各部隊の任務を照らし合わせ、適切なものにに割り振られていく。


 そこで約一ヶ月ほど過ごしたところで、今度は研修として別の部隊にまた一ヶ月配属される。研修が終わると元の部隊に戻り、そこで正式に隊員として認められる。



  

「……正確には覚えていないが、アラートというやつは街道統括局のどこかに所属していたはずだ」


「じゃあ、あのマリーナを倒した新兵はどこの所属なんですか?」


 固唾を飲んで皆が返答を待っている。あの、誰も流れすらわからない戦闘をしたのはどんな奴なのか、と。


「私は知らん」


「え?」


 だが、返答は予想外のものだった。


 研修の責任者である、部隊の隊長が来ている人の素性を知らないはずがない。そのはずなのに、彼女は知らない、と答えたのだ。


「研修生についての基本情報や素性調査は?」


「とっくに確認した。素性調査結果閲覧もあの模擬戦の時点で上に申請した」


「……だから、隊長は途中で訓練から抜けたんですね」


 万が一にも、間者や暗殺者などの危険分子が紛れ込んでいてはならない。今、魔人は戦争の最中。警戒などしてもし足りない。


 だからこそ彼女は、戦闘狂とはいえ熟練隊員だったマリーナを倒した、アオイについての情報を得ようとしていた。


「上からの回答は得られなかった。それぞれの護衛部隊、そして各部隊長に可能な限り確認をとった。それでもアオイ、という隊員についての情報は、何一つ集まらなかった」


「それは、隊長の権限でもですか?」


「無理だった。あらゆる情報が握りつぶされているように感じた。我々の部隊に新人研修で新兵を送り込むような、関係が良好な部隊。そこの隊員階級全ての名簿を確認しても、いない」


「それは、間者では……?」


 少し顔を青ざめさせながら、隊員が恐る恐る提言する。万が一のことを考えよう、と。


 だが、隊長は首を横に振った。


「その必要はない。素性調査は断られたが、『その者は正式な魔王軍を構成する者であることを保証する』という通達は受けた」


「……それは信用できるのですか?」


 隊員が疑問を口にする。それは最もな疑問だった。保証する、というのが例えばそこら辺の隊員からの保証ではなんの意味もないのだ。


「十分信用できる。いや、信用しなければならない方からの通達だ」


 普段は隊長として、それぞれの隊員の命を預かるものとして堂々として冷静な彼女が、少し震えた声で話す。


 隊員にとってそれは異常事態。水の中で火が灯るような衝撃だった。


「これは、地方防衛団、団長からの通達だ」


「は!?」


 その言葉に、隊員も伝染したように震え出す。地方防衛団の団長、それは普通絶対に接点のない、雲の上の人である。


 通達が自分たちに届くことすらあり得ない。団長とは、そんな地位にいる人だった。


 それが何を意味するか。そんな人が、わざわざ立場を保証する新兵。


「皆、我々は誇りある第一護衛部隊だ。新兵は新兵。特殊な関わり方をする必要はない」


 ただ、これは覚えておけ、と重々しく話が続いていく。


「……我々は、『幹部』と称される方々の関わるなにかに、巻き込まれているのかもしれないということを」



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