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いきなり模擬戦 〜決着は数秒で〜

「えっと、アオイ、だったっけ? 大丈夫か?」


 同じく新人のアラートが僕に気を遣ってか声をかけてくる。ついさっきから真隣で見ていただけに、彼自身も混乱しているのが窺えた。


 なんで僕が戦わなくちゃいけないんだ。先ほどの会話のどこにも戦いに発展する要素はないだろうに。


 この状況を見て周囲の隊員たちもざわめいている。


「先輩と模擬戦するなんて俺ら新兵には荷が重すぎるよな」


「別に僕は模擬戦自体に不安は感じないけど……」


 僕が俯いてるのを不安に思っていると捉えたのか、負担がどうとか言ってくる。

 

 だがあの謎の隊員と戦うこと自体には、なんの心配もない。僕が今俯いているのは、あの彼女は何を考えているのだろうか、という点だ。


「いや無理するなよ。なにせこの護衛部隊は街道を通って別の領地に移動する要人の警護を担うこともある、かなりの武闘派だからな」


 この部隊の名前でる「護衛」はそこから来ていた、と。そして街道統括局とかいうのの下にあるのも頷ける。


 まさかのあの突拍子もない奴がいるこの部隊はエリートだったのか。


 魔王軍の中でも優秀な人材が集まっているとしたら、かなり気が抜けない戦いになりそうだ。


 なにせ僕と同等以上に強いであろう人物と、昨日だけで数回すれ違っている。あまり先ほどの隊員からは強さを感じなかったが、それも特殊な『技能(スキル)』の影響の可能性がある。


 本当に気を抜けない。下手をするとこの肉体として死んでしまう可能性すらある。警戒に警戒を以て、殺し合い(もぎせん)として臨むべきか。

 

「新人のお前、早速模擬戦か」


「……止めなくていいんですか?」


「なぜ止める必要がある。私はお前らに鍛えろ、といった。そのための手段である戦いを止めるわけがない」


「そうですか」


 念のため隊長に確認をとりたかったのだが、期待通りの返事がもらえた。戦いに口を出す気はない、と。


 思わず頬が緩んでしまいそうなのを必死に堪える。果たしてどんな戦いが繰り広げられるのだろうと今から興奮している。


 僕にとって、実に初めてのこの世界の文明の住民との戦い。しかも、戦闘のプロ、魔王軍の一員。さらに、その中でもエリートときた。


 今までの主さまやヘノーといった対霊獣とは一味違うものになるに決まっている。


 興味と闘争心が掻き立てられる。


  今の僕の気持ちは、新しいゲームをプレイする前の小学生のようだ。


「ふふっ……『天骸』……………『星夜奏』」


 自分に対して冷静になれと心の中で言い聞かせつつ、『天骸』を使って身体能力や空間感知のための第六感をある程度強化する。


 いきなり最大限の強化は、しない。あえて軽く、準備運動のように使った。

 

 全力で使うのは戦いが始まってから。日常生活で最大限の試行速度と身体能力を引き出すと、周囲が映画のスロー再生のように見えてしまうから。


 続いて僕の手に、どこまでも黒い、夜空のような刀を創り出す。


「っお前、それは……」


「お待たせ〜! もちろん君の準備は終わったよね?」


 元気の無駄にいい声の主を見る。どうやら僕に戦いを挑んできた彼女の準備が終わったようだ。


 その手には彼女の身長ほどの大きさの大型の剣を携えていた。


「ええ、終わりました」


「じゃあ、こっちに来て」


 手招きされた方に素直に向かう。この訓練場の中央付近、一番平らなスペースが広がっている場所。


 風とともに小さく砂埃が舞っている。


「模擬戦だ! 結界を!」


 大声で誰かが叫ぶ。どうやら模擬戦の時は結界を張るのが決まりのようだ。僕らを中心に、薄い光を放ちながら結界が展開された。


 見た限りだと、周囲にこちらでの魔法や衝撃波が届かないようにする壁のようなもの。ただし限りなく薄くて頼りない。一撃剣があたっただけで崩壊してしまいそうだ


「……審判は私がしよう。いうまでもないが、両者、実戦のつもりで挑め」


「はい、隊長!」


「わかりました」


「規則の確認を行う。まず、模擬戦の中で移動していいのはその結界の範囲だけだ。外に出ることはまずないだろうが、そうなった時点でその者の負けだ」

 

 結界の範囲外から大声で規則の説明をしている。


 この頼りない結界は、防御目的ではなく範囲を明示するためだった。それならば強度はいらないし、むしろ簡単に壊れた方が判定がしやすい。


「勝敗はどちらかが降参、または気絶した時点で決定する。禁止事項は2つ。1つ目、相手を殺害すること。2つ目、勝敗が決した後の攻撃。主な規則は以上だ。今回に関しては攻撃手段の制限はない。全力であたれ」


 相手を殺すことが禁止とはずいぶん優しい戦いだ。そんなにぬるい訓練で良いのだろうか。


「ねえ新兵の君、変わった武器だね。歪められた片刃の剣なんだね」


「……」


 はっきりとした返事はしない。僕の持っている武器、そして服や手袋も全て僕の思った通りに変形する。


 片刃の刀も、次の瞬間には諸刃の剣になっている。気がついた時には服が鎧になり、手袋が槍になるかもしれない。それが僕の戦いだ。


 武器の情報は、与えない。


「さて、新兵の君。さっき大口叩いたことを本当に実践できるのか、試してみな」


「ええ、楽しみにしています」


「戦いはそんなに甘いものじゃない。教えてやるよ」


「そうですか」


 ああ、心から楽しみだと言える。どんな攻撃が来て、どんな攻撃が効くだろうか。


「両者、準備はできたな」 


 審判たる隊長の言葉に、先程までフランクに話しかけてきた対戦相手の彼女の空気がピリピリし始めた。その巨大な剣を両手でしっかりと構えている。 


 僕はいつも通り、刀も構えず自然に立っている。


 ただその裏で試行速度を最大まで上げているだけ。


「では……初め!」


 その掛け声が聞こえた瞬間、彼女は動き出した。僕に向かってゆっくりと、ただしどっしりと踏み込んでくる。


 あの大きな剣を振るわれる前に、武器を手放させるべきだと僕は判断した。


 彼女とは真逆に、速度を最優先にして彼女の間合いに飛び込む。大きな剣だけに、反応が遅れるのだろう。彼女が僕への攻撃に移るまでには少し猶予がありそうだ。


 全力で、僕自身の刀を振る。純粋に力を込めて、相手の武器を叩き潰す勢いで。


 ガァン!と鼓膜を震わせる大きな衝突音が響く。戦いの最中のこの金属音。これもまた初めての経験だ。


 彼女の剣は、僕からの攻撃に耐えきれずに宙に舞っている。そこから間髪入れずに相手の足に蹴りを入れた。


 剣を失い、バランスを崩していた相手は案の定倒れ込んだ。ここまでしても油断はできない。もしこれが僕だったら、相手を油断させて一気に心臓を魔法か『独自技能(オリジナル)』で貫く。


 『星夜奏』で作った服の特性を活かし、硬質化させる。ただし僕自身の動きを阻害しないように関節部分を調整して。


 ゆっくりと目の前の倒れた敵に刀を振り下ろす。速度はなくとも、相手の腕は落とせる位置に振り下ろしている。


 相手の目はしっかりとこっちを見て僕の黒い刀を捉えていた。


 彼女が『技能(スキル)』を使って防御しているようにも思えない。


 首を狙ってるわけではない。死にはしないだろうが、腕を落とされるという致命的な隙ができるのに、なぜ反撃しようと、避けようとしないのだろうか。


 先ほどから彼女はみじろぎ一つしていない。倒れているとは言え、ここから立ち上がって反撃などしようと思えばできるだろうに。


 『天骸』によって加速した思考の中、僕は罠の可能性すら疑い始めた。もしや腕を切断されるのがキーになる『技能(スキル)』でもあるのだろうかと。


 僕はあくびの出るほどのんびりと刀を振っている。


 むしろ攻撃しているこちらが不安になってきたところで、遠くから大きな声が訓練場に響いた。


「止めろ!」


 まるで悲鳴のような声。第一護衛部隊の隊長としての落ち着いた第一印象からは考えられない声だった。


 止めろ、つまり模擬戦の中止命令。


 この模擬戦は、僕とこの相手とで行なっている。それに口を出すのかと一瞬不快にも思ったが、この場での監督は彼女が行なっている。


 僕は言われた通り、相手に振り下ろしていた刀を止めた。


 真っ黒な、『星夜奏』で作られたそれは、対戦相手の彼女の皮膚に僅かに食い込もうとしていた。


「え……いつの、まに……」


 僕の対戦相手は、自分の腕を後少しで斬りそうな刀をみて、顔を真っ青にしている。


 それの姿を見て僕は首を傾げる。


「先輩? どうかしました?」


 まだ初めて10秒も経っていない。続けていいですよね、と聞くと、小さな小さな震えた声で、「降参」と言っているのが聞こえてきた。


「え? 降参? なん……「結界をとけ! 誰か! 救護室に連れて行け!」


 僕の声は隊長が別の隊員たちに向かって張り上げた声にかき消された。


 そのまま流れ作業のように、彼女は別の隊員に担がれてどこかに行ってしまった。


「隊長、どうしたんですか? なぜ模擬戦を止めるのですか?」


 僕の握っている刀を目に見えないほどの粒に圧縮し、左手の手袋に戻しながら聞く。


「お前は……」


 そう言ったっきり、隊長は黙り込んでしまった。


 しばらくして、僕は今日はやすんで休憩しろ、といって追い出されてしまった。

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