研修開始
「……入れ」
4回ほどノックをした後に返事があった。その声からするに、女性だろう。
ドアノブに手をかけ少し開けると、部屋の中からタバコの匂いが漂ってきた。
その匂いの主は、第一護衛部隊の隊長。長い耳と茶色の短髪が印象的で、いかにも軍人の制服といったものを着ている。
「お前が今日来ると伝達されていた研修生の一人か?」
「はい」
こちらを見もせずに、手元のタバコを灰皿に押し付けながら「遅い」と一言。
その顔は無表情にも見えるがどちらかというと不満や苛立ちを感じる。
果たしてこれはどう対応したものか、少々迷う。そもそも遅い、というのが何に対して遅いと言っているのか。
僕が来るのが遅いというのか、それとも返答の速さに対してか、それとも入室までの動きか。
この場にブルーメがいたら静かに激怒していそう、そう思ったのはなぜだろう。基本的にブルーメは僕が呼ぶまで別の場所で待機しているらしい。
「すみません! 迷って遅れました!」
どちらにせよ、この沈黙をどうにか……と思ったところでガン、と音を立てて扉が開いた。
そこには小柄な少年が、いや僕と同い年くらいの男が立っていた。
「今日から第一護衛部隊で新人研修に参加する、アラートです!」
この部屋まで走ってきたせいでかなり彼の呼吸は荒い。部屋の外で走る気配をとらえたのが、そのままここに突っ込んでくるとは思わなかった。
一気に自己紹介を言い切った後、今度は室内の隊長の方からため息が聞こえてきた。
「遅刻。騒がしい。走るな。城内では礼儀正しく。そして城がいくら巨大だからとはいえ、自分がいかなくてはならないところには行けるようになっておけ。これは魔王軍の一員たる最低要件だ。」
息をゆっくり吐き出すように、注意条項を並べる。
遅れました、と言っているといことは、もう集合時間はとっくに過ぎているということなのだろう。魔王め。もう少し必要情報を書け。そして事前伝達しろ。
しかし城の中で迷って遅刻とはどういう事態なのだろうか。
僕も当然城の中の構造を記憶しているわけではないし、なんなら昨日来たばかりだ。
だが、『部屋に続く部屋』のネットワークを駆使すれば、絶対に迷うことなどないだろうに。
いや違うか。あの1000個以上の石の中から必要な鍵を見つけて転移するのに手間取ったという意味か。
確かにあれを一つ一つ探すのは手間だし、迷ったと言っているのもよくわかる。
僕は改造した肉体の記憶力でゴリ押ししたが、それができなければかなり時間がかかっていたに違いない。
「今年の研修生は二人とも遅刻…………先ほど入ってきたお前、そこにしっかりと立て」
一人で疑問に思って勝手に一人で解決していると、隊長が愚痴をこぼしていた。
僕が遅刻認定されるのは気に食わない。朝起きて、送られてきた紙を見てからすぐにここに来たのだ。文句なら魔王に言え。
とまあそんなことを思うが、もちろん顔には出さない。
僕の隣に並んだ、アラートという人物を見る。どうやら彼も新人研修に参加する内の一人らしい。
「私が第一護衛部隊、隊長のラングトーファだ。お前ら、新人なのだろう? 名前と地位の証の色を言え」
地位の証の色? そんな物を聞いて何になるのだろうか。
「……なんだ、知らないのか? お前、アラートとか言ったな。こいつに説明してやれ」
思っていたことが顔に出たのか、わざわざそんな指示が飛んできた。
しかし自分で説明する気はないのか、僕の隣にいる彼に説明させるようだ。
「わかりました! で、君、名前は?」
「……アオイ」
「アオイね。地位の証の仕組みを知らないんだ。じゃあまず魔王軍内での階級の仕組みはわかってる?」
「ざっくりなら知ってる。身分証の形によって地位が分かることまでは」
僕は腕輪が身分証明になっている。これが人によっては指輪だったり、襟章だったりするというところまではブルーメに聞いた。
例えば目の前の護衛部隊長は、銅の襟章をしている。それが身分証のはずだ。
「そう、で、同じ形の身分証でも色によって階級が違う。例えば俺ら新兵が持っているのはカード型の身分証だよね? で、次に部隊長以上になると襟章が階級を示すための鍵になる」
カード型だよね?と聞かれてもそんなものは持っていない。だが口を挟む間もなくどんどん話が続いていく。
「で、同じ形状の身分証の中でも、銅、銀、金の順に階級が上がっていく。だから相手の階級を知りたい時には色を聞けばいい」
わかった?と聞かれたので曖昧に頷いておく。
要するに、同じ形の身分証があっても、色によってレベルが違うと。
新兵くらい=カード、部隊長以上=襟章、独立官(僕)くらいの階級=腕輪。といったように、まず身分証の形状でざっくりと階級がわかる。
その中でも銅のカードを持ってる人の権力<銀のカード<金のカード<銅の襟章<銀の襟章……の順に地位が分かれている。
そこまではわかった。だが、この場合色だけ言っても意味が……
「お前、理解をしたなら自己紹介をしろ」
「はい! 俺はアラート、銅色です!」
「次」
「……アオイです。銀色」
もう面倒なので聞かれたことを答える。魔王からも一種の潜入だと思えばいいと言われた。どうせ一ヶ月だけなのだから、これでいいだろう。
「新兵が銀色か」
「え、アオイって新人なんだろ? なのに銀色なの?」
隊長とアラート、同時に同じ驚かれ方をした。新人が銀色だからといって何がおかしいのだろうか。
「……まあいい。二人とも、第一護衛部隊の待機場所、訓練場所に案内する。ついてこい」
そう言って隊長が立ち上がり、外に向かって歩いて行った。
こうやって僕の一ヶ月の研修は始まった。
今までの登場人物と、魔王軍内での地位
権力の強い順
〜最高権力者〜
魔王フィブリオテーク
(省略)
虹色の腕輪 ??? グリーガー(虹色の階級証はイレギュラー、ここしかない)
金の腕輪
銀の腕輪 独立官 アオイ
銅の腕輪 隠密部隊副隊長 ???
(中略) ブルーメはどこかに
銅の襟章 部隊長 ラングトーファ
金のカード
銀のカード
銅のカード 新兵 アラート
Q:アオイはどれくらいの地位にいるでしょう?
ヒント:虹色の腕輪を持っていたグリーガー、彼は魔王都守護の最高責任者




