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部屋に続く部屋

 これをなんと表現しようか。城の匂い、とするべきか、それとも慣れぬ環境の香りとするべきか。


 ふんわりと香る何か。この渡り廊下に入ってからずっと甘いくて少しヒリヒリする、花の香りが漂っている。


「こちらです」


 今、僕に与えられた部屋というのを目指して移動している。


 城に入ってから、かなりの長時間内部を歩き続けた。まるで城内が一つの大都市を形成しているようだった。


 不思議なことに、数時間歩いたにもかかわらず僕の通った道にはほとんど人が、魔人がいなかった。すれ違ったのは十人ほど。


「さすが、魔人の城だね。実力者ばかりだ」


 この城に入ってから見た魔人の中で少なくとも数人は、僕が戦っても負けるか相打ちというレベルだった。


 これは単純な直感だが、僕自身、己の直感はかなり信用している。なにせその感が鋭い肉体を創造して使っているのだから。


「ご安心ください。ご主人様もその強者の一人です」


「……そうありたいね」


 改めて実感したが、僕の一年の鍛錬如きでは当然ながら全く足りていないようだ。


 この分だと、凄まじい力の可能性を秘めた『英雄』はどれほど強くなっているのやら。


 復讐をすると誓っておいて相手の情報も現状も知らない自分に腹が立つ。


「ご主人様、部屋に続く部屋につきました」


「……ん?」


 そう言われて顔を上げるが、そこに部屋はなかった。


 先ほどまでと同じ、長い通路が続いているだけ。今までと何ら変わらない赤い絨毯がどこまでも奥まで続いている。


 最も、それは床についての話だ。廊下の壁、それがここだけ異様だ。

 

 今までは僕の右側の窓から入る光が通路を照らしていた。右を向けばさまざまな建物と、その隙間を埋めるような木々があった。


 だが、今右を向くと、こちらを眺める僕の姿が目に入る。


 この場所だけは窓がない。右に一枚、左にも一枚の、天井まで届く鏡が壁に埋め込まれている。


 今まで壁には何かしらの絵画や彫刻、もしくはガラス細工などで飾りが施されていた。


 だがここだけは美しさの欠片もない、単なる鉄の板のように、ただ鏡があった。


 互いに互いの写すものを反射し、同じ景色が延々と無限に繰り返されている。


「ご主人様、右の鏡を向いて(・・・・・)こう唱えてください。『銀は輝く』、と」


「右の?」


 わざわざ右の、という指定が入ったことに疑問を感じつつ、素直に右側を向く。


「……『銀は輝く』」


 そんなことをしても何も起こらないのではないかという心配はまさしく杞憂に終わった。


 鏡の中の(・・・・)銀の腕輪が光る。本体の、現実世界の方のは何も変化していないにも関わらず。


 鏡が今の現実を映していない。そのことに驚きつつ、次第に強くなってきた光を注視する。


「これは!?」


 ぐわん、と僕の立っていた地面ごと揺れた。ように感じた。


 正確には強制的な転移の力が働こうとしている。床の絨毯の毛先が動いて、波のように幾何学的な模様を編んでいる。


 これに対抗する力を発生させるべきかのか、それとも素直に転移に従うべきなのか。


 抵抗自体は簡単にできる。なんといってもこの転移のシステムは荒すぎるからだ。


 例えば主さまの仕掛けてくる空間攻撃は、布に織り込まれた模様のように、全く隙間なく作られている。僕から介入して止めるのはかなりきつい。


 だが今のこれは、綱渡りのようなレベルでギリギリ成り立っているにすぎない。


 わずか10分の1秒にも満たない瞬間にここまで考えるが、やはり僕はこのまま転移されることを選ぶ。


 万が一の時のために、『星夜奏』や『亡霊ノ風』を用いた防御を準備しておく。


 そんなことを考えているうちに、いよいよ光が強くなっていった。






「ここは……?」


 今までほんのりと感じていた花の匂いが一層強烈になった。辺りを見ると、見慣れない木蓮が一輪、植木鉢に咲いていた。


 銀色の木蓮。まるで彫金の結果のような、とても自然物とは思えないものがそこにあった。


 壁中に石が飾られているだけの、不思議な正方形の部屋。何か美しい石でもなく、単に路傍の石といったものが何十と並んでいる。


 よく見るとそれぞれに番号が彫り込まれていた。1番からざっと見たかぎり、90番台まである。


 これが本当に単なる石なのかは怪しい。僕が『空断ちの呪い(シュナイデン)』をかけた剣と似た空気を感じる。


 わかりやすくいうなら、「何か仕掛けがありそう」だ。


「こちらは鍵の管理室。通称、『部屋に続く部屋』、でございます」


「鍵……もしやこの石のことを鍵と言っている?」


「その通りです。こちらの石は各個人の部屋への転移道具です」


「それをこんなに量産できるんだ……」


「いえ、そう簡単に大量生産できるものではありません。転移道具は必要だと判断されたごく一部の者が持っています」


 例えば私ども隠密部隊は配布されています、と言われた。


 そう簡単に大量生産できない物を、今ここにこれだけの量を揃えている。それだけでどれだけ魔王軍が力を持っているかわかるというもの。


 その技術力と城内の至る所に仕掛けられた数々の魔法。純粋にすごいと思えるしロマンを感じる。


「そういうのの生産とか管理って誰がしてるの?」


「技術部隊の管轄です。隠密部隊と技術部隊、これが魔王軍に二つある特殊部隊です」


 聞くところによると、普通「部隊」と名前につくものは何らかの大組織の管轄下にあるそうだ。


 例えばあの上空警備部隊。あれは魔王都守護軍という大きな軍の下位組織らしい。


 だが、隠密部隊と技術部隊、この二つは「部隊」という名前ではあるものの、魔王軍の中で一つの独立した組織になっている。


 それぞれの任務の特殊性を考慮して、そのような部隊編成になっているそうだ。


 例えば隠密部隊は純粋な潜入任務から国内での保安維持活動、要人の警護保護まで。


 技術部隊は魔王軍を支える根幹のシステム、たとえば転移の道具や不可視の結界をはる技術などを研究、開発、そして運用しているらしい。


「石を手に取り、魔力を注いでください。ご自身のでない石には触れられないようになっていますのでご注意を」


「どれが僕の石?」


「ご主人様の銀の腕輪、その裏側に数字が彫り込まれていませんか?」


「裏側……」


 腕輪を外して目線の位置に掲げ、普段は目に入らない内側を覗き込む。


 しかし改めて見ると簡素な腕輪だ。表面には魔王軍の紋章と思われるものがポツンと刻まれているだけ。


 全体的に細身で、無駄がない。それなのに色々な仕掛けを作動させるキーになっている。


「あ、あった」


 裏側にほんの小さく、文字のサイズが数ミリ単位で刻み込まれていた。23、と。


 これが僕の番号らしい。壁に近づき、23の字が刻まれた石に手を伸ばす。無事、手に取れたということはこれが僕の鍵、なのだろう。


 拳大の石からひんやりと冷気が伝わってきた。想像よりはるかに重い。




 落とさぬようにしっかりと握りしめながら、僕の魔力を手から石に向かって流し込んでいく。


 ある一定のところまで流したところで、ふと浮遊感を感じた。


 


 こうして僕は「部屋に続く部屋」から転移されていった。

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