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虹色の腕輪

 アオイが特別入場口から入った広間。これは魔王軍の中でもかなり高い地位のものが登城する際に、その迎えと合流するための建物だった。


 つまり、城に入った者を迎える広間となっている。


 この広間はそれ一つで大きな建物を構成している。アオイがまるで神殿のようだと思ったのは、それだけ地位の高いものに失礼のないようにするためだった。


 そして、そこには大勢の精鋭が控えている。


 一つは単に、建物自体の警備のため。もしやってくる相手が戦闘能力に優れていない場合はその者を要人として警護するためでもある。


 そしてもう一つ。特別入城口が、不審者に使われたことを考えて、だ。


 あの通路にはさまざまな仕掛けがあり、万が一にも不審者が入ってこないように設計されている。


 わざわざ湖の底を通り、薄暗い通路になっているのは絶対に危険がないようにさまざまな仕掛けを施す都合上でもあった。


 だがしかし、いくら警備を強固にし、いくら守りを堅くしようとも、最悪の事態に備える必要があった。


 それはひとえに魔人と人間が戦闘状態にあることが原因。


 その最悪の事態に対処するため、魔王軍の中でも実力派が集まって警護している。ある意味、通路を見張っている。


 門から知らせがり、新たに人がやってくることを知った兵士たちは、いつも通り出迎えの用意をした。

 




 そして、アオイ達がいなくなったあとで。



 特別入城口の広間の中にいた兵士たちは、混乱の極みにあった。


 その理由は単純。絶対にここにいるべきではない人が、自分達と共に来訪者を出迎えていたからだ。それもごく自然に。


「ぐ、グリーガー様、なぜここにいらっしゃるのでしょうか」


 一人の兵士が冷や汗をかきながら老兵に話しかける。それを他の兵士たちは固唾を飲んで見守っていた。


 その態度はまるで、はるか雲の上の人を前にしたようだった。



 絶対にここにいるべきではない人、それがこの老兵、グリーガーだ。


 魔王軍はいくつかの大きな組織に分かれている。


 その中でこの老兵は、魔王都守護を行う組織の最高責任者。いわばこの広間にいる者たちの最終到達点とも言える立場にいた。



 決してこの広間にいる他の兵士とともに仕事をするような地位にはいない。


 兵士にしてみれば、先ほどきた者、つまりアオイに頭を下げることすらあり得ない。それほどの地位と権力を彼は持っている。


 アオイを持ってして、一人だけ実力が段違い、と言わしめたこの男。数多くいる兵士たちの中でたった一人、鎧の模様が違うのが彼だった。


「儂がここにいるのはなぜか。なぜだと思う」


「は?」


「なぜだと思う」


 一人兜を脱ぎながら、鋭い目つきで兵士を見つめる。


 その顔からは相応の歳を感じるものの、圧倒的な力強さが見てとれた。刻まれた皺の数、そして傷跡が老兵の実績を示している。

 

 すっかり萎縮してしまった兵士であったが、なんとか自らの上官の問いに答えようと必死に思考していた。


「……わ、我々に対する視察でしょうか」


 この兵士はそんなこと絶対にあり得ないと思いつつも、緊張し切った頭では他の答えも思いつかなかった。


「違う。それならば儂ではないものが動く」


 なんとか捻り出した答えも、バッサリと正面から否定された。


 まるで責められているような感覚を覚えた兵士たちに、重い空気が流れる。答えたものなど今にも泣きそうな気分になっていた。

 

「新たな銀環の品定め。それが儂の役だ」


「……それだけのために、我らとともに先ほどの方を迎えたのですか?」


 彼の立場では、アオイを後から呼び寄せるということもできたはず。それなのにわざわざ自ら足を運び、その上一介の兵士に扮するとは到底考えられなかった。


「すべては魔王陛下のため。………念のため貴様らに聞いておこうか。貴様らは、先ほどの銀環の者を、どう見た。なんでもいい。言ってみろ」


「……」


 兵士たちの間に沈黙が流れる。


 それは当然のことであろう。ついさっき目の前を通って行った人の感想をいえ、と言われて即座に答えられるわけがない。


 ましてや、彼らにとってアオイは立場が上の者。


 いくらさらに上の権力を持つ者に言われたとはいえ、そうそう簡単に評価を下せるわけがない。心理的にも、ハードルが高い。


「答えぬか」


 沈黙がしばらく続いたのを見て、老兵はある提案をする。


「ならばこうしよう。もし、貴様らの中で、儂が感心するほどの観察力を持つものがいたら……儂が魔王陛下に『見どころあり』と伝えよう」


「!」


「どんな批評でも躊躇いなく述べよ」


 この建物内全てに聞こえるような声で彼の声が響く。その言葉に兵士たちは打って変わって色めき立った。


 魔王都守護の最高責任者によって、自分の名が魔王に伝わる。


 それがどれだけの価値のあることか、わからぬ者はいない。


 出世が確約されるのはもちろんである。それ以上に、魔王に名を知られるのは魔王軍において、いや魔人ほぼ全ての中で最高の名誉と言える。


 それをつかみ取れるかもしれない。


 そう思った兵士たちからは様々な考察、意見が飛び交った。

 

「あれはコネで入ったタイプでは?」


「いや、むしろ地方都市から引き抜かれてきた優秀な書記官とか」


「あの見た目で戦闘系はないだろう」


「もしかしたら俺らの政務官の補佐に入る方かもな」


「いや、軍の作戦の立案かもしれない」


 ちらほらと失礼な発言が聞こえるものの、皆それぞれ自分の思ったことを素直に言っていた。


 だが、それを聞いてもグリーガーはニコリともしない。無表情に、むしろ先ほどより冷たい目で兵士たちを見ていた。


「鎮まれ」 

 

 少々鬱陶しいほどの喧騒に包まれていた広間は、彼の一言で静まり返る。


「貴様ら、数多く適当に言えば良いというものではないぞ。儂は賭け事をしたいのではない」


「……」


「……あの銀環の者は、軍の上官だと思うか? それとも、政務の上官だと思うか?」


 厳しい空気の老兵に緊張していた兵士たちは、その簡単な質問を聞いて一気に顔の緊張を緩めた。



 魔王軍、といっても、それは単なる軍隊だけを指すのではない。魔王の配下全体を指して、魔王軍、と呼ばれる。


 その中には名前の通り軍、つまり戦闘を任務とする者もいれば、逆に政務を司る者たちもいる。


 故に兵士たちの鑑定眼を試すために、老兵はこう聞いた。アオイは、戦闘任務か、それとも政治を主に任務とするものか。


「政務の上官だと思うもの、手をあげよ」


 その言葉で、大半の兵士たちは手を挙げる。


「軍の上官だと思うもの、手をあげよ」


 それで手を上げたのはほんの数人。周りからは見る目がない、と笑われる始末。



 そう、多くの兵は気が付かない。どう見てもあれは、先ほど通った「銀環の君」は政務担当の方だろうと信じて疑わない。


 そもそもアオイは独立官。戦闘が主任務、むしろ戦闘特化ともいうべき立ち位置。だが、この精鋭たちでも気が付かない。


 表情には出ていないが、この時点で大半の兵士はこの百戦錬磨の老兵から見放されている。


「そこの者。なぜ、政務だと思う」


「はっ。まず私が着目したのは魔力です。見たところ、一般人並みの魔力しか感じ取れませんでした。また、特殊な戦闘系の『技能(スキル)』を所持しているならば、鋭い空気のはずです。今まで戦ってきたそのような相手は皆、何かしら異様な空気を纏っていました。ですが、あの方からは何も感じ取れませんでした。よって、政務を主な職とされる方だと判断いたしました」


 自信満々に答えた兵士には目もくれず、老兵はすぐに次の兵に話を聞き始めた。


「そこの者。なぜ、貴様はあえて戦闘任務だと答えた」


「え!? え、なんとなく空気が異様、という感覚だとしか……」


 周りから静かな笑い声が上がる。あいつはダメだな、という失笑だ。


 だが、老兵は少し口角を上げる。こいつは、いいぞ、と。


 彼はこの場では何もしない。ただ、後で名前を、経歴を調べ上げ、記憶に留めておくだろう。




 アオイは側から見ればかなり体の線が細い。そして魔力に関しても、アオイはほぼ無意識的に完全に支配下に置いている。


 魔力を体内に完全に止め、漏れ出ることは一切なく、ほぼ無限に体内で生成される魔力を波一つ立てずに備蓄している。


 それゆえに、アオイの纏う空気は見るものが見れば異様に感じる。薄く儚いのに、なぜか重々しい。人によってはそれを神々しいという。


 ブルーメが初対面の時に、魔法越しに感じ取ったのはこの魔力の特異性だった。


 だが、この広間にいる大半の兵士たちは気が付かない。単に魔力も少なく、筋力のかけらも見えない。弱々しいとさえ思っている。


「……儂は陛下のところに参上する」


 そういって老兵はさっていく。兵士たちの間には、困惑の空気がながれていた。老兵に向かって答えた兵士のうち1人は、名前を覚えてもらえなかったと悔しそうにし、一方は責められなかったことに安堵していた。



 


 彼は広間のある建物からしばらくいったところで、ふとつぶやく。


「儂の、身体か」 


 つい先程、アオイに言われた言葉だ。彼はゆっくりとその言葉を噛み締める。


「……老兵は、退場すべきかな」


 ポツリとこぼれたその言葉は、周囲の建物と木々に吸い込まれていった。







 彼の腕では、虹色の腕輪が輝いている。


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