広間と老兵
カン、カンと足音が響く。高さ、横幅ともに数メートルはあるであろう通路。唯一の光源は、壁に立てかけられた松明たち。
松明の炎が揺れるたびに、不気味に僕らの影が揺らいでいく。
「僕らはどこを歩いているの?」
「ここは、湖の底。湖底通路でございます」
「へえ」
僕自身の感知能力を上げて周囲を確認すると、確かに僕らのはるか頭上に大量の水が存在した。
一見何の変哲もない柱が通路に変わり、湖の底に掘られた通路を進んでいる。どれだけの技術をここに注ぎ込んでいるんだろう。
「一定以上の階級の方がスムーズに登城できるよう、作られたそうです」
「それだけのためにこれだけの設備か……」
空間の揺らぎがひどいとはいえ、転移できる装置。先ほどの仕掛け。
そしてこの腕輪には魔王との緊急連絡機能があるという。
さらに魔力を込めれば別のところにいるブルーメに合図を送れるらしい。彼女はそれを受けて転移してくるといっていた。
この技術の数々。下手すると地球よりはるかに高度な文明かもしれない。
しばらくすると、目の前が壁になって行き止まりになっていた。
だが単なる壁ではない。よく見ると、先ほどの門の柱にあったのと同じ装飾が施されていた。
ここも先ほどもだが、無駄にデザインが細かいのは何故だろうか。
ここに腕輪をかざせということだとは容易に推測できる。
「また同じ仕組みか」
ガッという固い音が響き、ゆっくりと目の前の壁が奥に倒れていく。だんだんと奥の空間が見えてきた。
うっすらと見えて来たのは、段々が奥に続いているような形状。平たく言えば、階段だ。
最後にズン、と音を立てて完全に倒れた壁は、地面にゆっくりと沈んでいった。言葉通り、沈んでゆく。
目の前の地面は今までと何ら変わらない煉瓦造りで、先ほどの壁など最初からなかったようだ。
階段がはっきりと見えるようになった。
「この先が城の内部と繋がっております」
「ようやくか」
長く暗い道がようやく終わると思うと少し嬉しくなる。
先程までより幅が微妙に狭くなった階段を上がっていく。しばらくすると、今度は金属製の扉が見えてきた。
今度は何の仕掛けもなくただ押せば動くようだ。ギギッという音を立てながら扉が開いて行った。
少しずつ向こう側の明かりが漏れ、こちら側の闇が薄らいでゆく。
「……」
完全に扉が開いた時、そこには衝撃的な光景が広がっていた。そこは、広間だった。
長方形の広間の、一面の中央。
だが別にそれが予想外だったわけではない。その広間の端には、数多くの兵士らしき人がいたのだ。
僕とは少し離れたところ、壁の近くに規則正しく整列していた。
おおよそ100人はいるかいう兵士たちは、こちらが見た瞬間、一斉に跪いていった。
「ご主人様、あちらの扉から出ましょう」
「……わかった」
そういって指さされたのは、ちょうど僕と反対側にある扉。
戦闘を想定しているのか、みな完全武装。少し周囲の気配を探ってみたが、この広間自体も他の建物から少し離れている。
そして感覚的なものだが、ここにいる兵士たちは手練れが多い。少なくとも先ほどの上空警備部隊の輩とは比べ物にならない。
実力にあまり差はなさそうだが、一人だけ鎧の意匠が違う。
今僕のいるこことは反対側の、外につながっているであろう扉。そこの横にいる奴だけは確実に他より強い。
僕の目の前だけ人がおらず、人混みの割れ目、そこが反対側の扉とつながっていた。
特に何を話すでもなく、彼らまたは彼女らはただ跪いていた。
ブルーメが何かを言うわけではないので、これがイレギュラーだったり、何か僕がすべきことがあるわけではないのだろう。
僕がわざわざ何かを話すはずもなく、ただ大勢に跪かれながら扉に進んでいく。
そして外に出るための扉の一番近くに行った時、徐に兵士の一人が口を開いた。一人だけ実力が段違いの魔人だ。
「新たな銀環の君の誕生、慶賀の至りにございます」
重く声が響くが、それは思ったよりもしわがれていた。鎧で顔が見えないが、かなり老齢なのだろう。
改めて観察すると、跪いている時の体の形が少しおかしい。重心も少しぶれている。どこか体が悪いのだろう。
こちらが祝福されているのだ。こちらも何か言葉を返すべきだろう。
「そちらは身体を大切に」
「………はっ」
そういって少し頭を下げたっきり、もう一言も話さなくなった。相変わらず他の兵士たちは身じろぎ一つしない。
もう話すことがないのを確認し、僕は扉を開けた。
久しぶりの直接の日の光。
少し進むと目の前に噴水があり、キラキラと日光を反射している。
振り返って自分の出てきた建物を見る。それはまるで神殿のような建物があった。
そこにはいかにも力の象徴といったように、剣や弓矢、槍、盾、そして杖のようなものが彫り込まれていた。




