湖に反射して
「ご主人様はお優しいのですね」
「そうかな?……そうだとは思わないけど」
ブルーメがどこか感心したように言ってくるが、僕自身は自分のことを優しいとは思わない。そして優しいという他人からの評価によって定まるもの自体どうでもいい。
「ご主人様はあの無礼者どもをお許しになった。よほどの心が広くなければ出来ないことです」
「あれはめんどくさいからだよ。どうして僕があれ以上あいつらに関わる必要がある」
それに、と心の中で続ける。
本当に優しい人間ならば、生まれ変わってまで復讐をしようとなどしないだろう。
どこか僕の心はおかしいと自分で思う。
矢を射られて、仕返しに叩きのめした。その時点であれらへの関心が大幅に減った。
正直、あのあとあそこで虐殺を起こしても僕は何も感じなかっただろう。すでに一年前の時点で人殺しへの拒否感が鈍化している。
あそこで、自分の首を差し出すから、と隊長が言った時もそうだ。よく言えるな、すごいな、とは思った。
だが、そこで別に心は動かなかった。こいつの首があっても邪魔だな、とさえ感じた。
やられた分をやり返すという義務的な思考で攻撃をしても、本当にそいつらが何を考えていたかはどうでも良かった。
自分の考えが自分でもわからない。果たして僕の思いとはなんだろう。他人への関心がどうにもおかしい。
まあ、わかっている必要などない。
自分の心など把握している必要はない。ただ復讐を。今の思考はそれだけだ。
「……ああ」
復讐だけ、と思った後にすぐに思い直す。それだけじゃダメだ。ヘノーたちを忘れたらダメだ。
あの笑顔が見れなくなる。それだけは、絶対に嫌だ。しっかりしないと。
「ご主人様、止まりましょう。あと少し進むと城の厳重警戒の領域に差し掛かります。城上空での飛行は基本最高幹部、または陛下以外は禁止されています」
城の上空ともなると、警備が厳重なのだろう。最高幹部と魔王以外は飛行禁止。
階級的に最上位でないと飛べないとは、さすが王のいる場所だ。
ちなみに僕は階級的には「銀環の君」だそうだ。銀環とはこの腕にある、魔王から与えられた銀の腕輪を指しているらしい。
魔王軍では階級によって様々な印が渡される。その中で、僕のような階級の人を指していうのがその言葉だそうだ。
僕があそこの街の壁にいた上空警備隊長を処罰できるということは、おそらく魔王軍は厳格な階級制度なのだろう。
そうでなければ、いくらなんでもいきなり入ったばかりの新入りが処罰できるはずがない。
僕も目上に対しては注意を払おう。できれば近寄らないのがいいかもしれない。
「……この下に城があるの?」
あのあと、再び僕らは飛行の魔法を使って城に向かうことになった。僕らのいた魔王都の端から城まではある程度かかるらしい。
そして今はかなりの高度を飛行している。雲が真下に見える高さ、というとわかりやすいだろう。
かなり温度が低く、空気も薄い。生身でこんなところに行けるのも、肉体を造り直したおかげだ。
対してブルーメはみたところ生身。特殊な魔法を使っている様子もない。それを思うとブルーメの使っている精霊魔法の優秀さがよくわかる。
「ご主人様は初めて城に来たのですよね?」
「うん、そうだよ」
「では、私が城の外観を説明するのはやめた方が良いでしょう。ぜひご自身の目で」
そう言いながらブルーメがだんだん高度を下げ始める。僕もそれに倣って、だんだんと目下の雲に近づいてゆく。
「雲を抜けます」
ひと足さきに降りていたブルーメが僕に教えてきた。確かに感覚的にもそろそろ雲の終わりに近いはずだ。
「……おお!」
「あそこに見えるのが、魔王陛下の城となっています」
雲をぬけ、最初に目に入ったのが巨大な塔
摩天楼という言葉がふさわしい、城の中央に聳える塔。
今の僕の位置にいて、その塔の頂点が目に入る。つまり、雲もう少し手を伸ばせば触れられそうな高さを持っていた。
ドイツの古城を思わせるデザインの、とても巨大な城。
長い歴史を感じる重厚感のあるデザインだが、決して古臭いわけではない。レンガに似た色の物質で作られ、ところどころ植えられた緑の木とよくマッチしている。
そして最大の特徴は、周囲の広大な湖。
周囲の建造物から湖を挟んで遠く離れており、ここが少し前まで見ていた魔王都とは思えなかった。
青い水面にその城のすがたを反射して、まるで地下に逆さの城があるように思える。
物語の世界に放り込まれたと錯覚するほどの美しい孤城がそこにあった。




