有意義な実験を
飛び始めてからしばくたっても、まだ大樹海が目に入る。
そんな太古のジャングルを思わせる空気感の中、遠くからこちらに向かって飛んでくる魔物が目に入った。
「僕はあまり魔物に詳しくないんだが、あれは?」
「あれはこの周囲によく出没する魔物です。任務の行手を阻むものとして私が殺しますが」
徐に短剣を取り出した彼女が、よろしいですか、と聞いてくる。
見た感じ、そして魔力的にも大して強い魔物ではない。
保険もあるし上司としてはここは任せる、と言った方がいいのだろう。
だが、ここは僕自身も殺してみたい。
単に戦ってみたいというのと、もう一つ大きな理由がある。
「精霊魔法を試したいから今回は僕がやる」
せっかく先ほど手に入れたのだから、『精霊魔法:風』を使ってみたいと思うのは当然のことだろう。
「かしこまりました。私は後方で控えております」
二人とも進むのを止めて僕は前に、ブルーメは少し後ろに行きホバリングのようなことをする。
そうこうしているうちに、魔物は完全にこちらをロックオンしたようだ。
改めてこちらに向かってくる相手を観察する。
形状は羽毛が非常に多そうな鳥。基本白色だが、ところどころ血の跡のような赤黒い模様が入っていた。
嘴は黄色で、敵意の高そうな目をこちらに向けてくる。縄張りに侵入されたとでも思っているのだろうか。
「弱々しいな……」
なんとも救いようのない弱々しさが漂ってくる。
普段から主さまという世界最高峰であろう不死鳥を見ていたせいで、僕の魔物に対する評価基準はかなり上がっている。
数十羽のカラスもどき如きに怖がっていた一年前が妙に懐かしい。
「___キリリリ!」
そんなことを考えていると、魔物が鳴き声を上げた。
随分と音程の高い。遠くまでよく響く鳴き声だが、どちらかというと聞き苦しい部類に入る。
さっさと実験に移ろう。
「“風の精霊よ”」
ブルーメに教えられたように、自然に魔力を与えていく。
まだ慣れないせいか、普通の魔法よりも時間がかかる。まだ敵が遠いからいいが、これでは近距離戦で使えない。
これからの訓練の必要性がよくわかる。
「 “風の刃を我に” 『飛来する刃』」
ふっと周囲の空気が動くのがわかる。とりあえず魔法の発動というところまでは成功。
しばらくの間周囲の空気が集まり続けた。纏まって圧縮された空気が刃となり、鳥型の魔物に牙をむいた。
問題はこれでどれだけのダメージを与えられるかだ。
鳥の頭に切れ目が入る。血が流れ出て、地上に向かって落ちてゆく。
白かった羽毛が魔物自らの血で緑に染まっていった。
「キ、キ、リリリリリリ!」
攻撃されたことに気がつき、興奮状態になっているように見えた。
冷静な判断ができないのか、猛スピードでこちらに向かって突進してくる。
「流石に無理だったか……まだ威力が弱いな」
結果として攻撃にはなった。だが一撃で殺すまでにはいかない。もっともっと空気を圧縮しなければ意味がない。
しかしどうすればいいのだろうか。改善策として例えば魔力出力を上げて見るなどがある。
だが僕の経験則と呼べるほどでもない経験則が告げている。それでは意味がない、と。
今重要なのはこの精霊魔法を何度も使ってみることだろう。
そうすることによって経験が増え、それを解析して行くことでマスターに一歩近づいてしていく。これからが楽しみだ。
「……様、ご主人様! 魔物がこちらに!」
「ん?」
ずっと考え込んでいたが、ふと注意を前方にやると目の前に魔物の顔があった。
まさに目と鼻の先。最初に攻撃を加えてからほんの10秒ほど。もうここまでやって来たとはまあまあの速度だ。
もし後一瞬、瞬きの間ほど魔物が動けたのなら、その勢いに乗った嘴が僕の頭を貫いていただろう。
そう、ほんの一瞬だけ。
その一瞬を掴み取れなかったのが目の前の哀れな魔物だ。
「……しっかりと機能するね」
体から生えた真っ黒な棘を伝って、ポタポタと緑色の液体が滴り落ちる。
生きているかのような闘志を燃やした目で僕を見つめる鳥のような魔物。その体の内部からは何十もの棘がはえ、全身に黒い大穴を開けている。
もはやソレは生物ではない。単なる肉であり、哀れな魔物の死骸であった。
「いつの間に、殺したのですか?」
ブルーメが全くわからなかったというように聞いてくる。どうやら彼女の目から見てもコレはわからないらしい。
「殺したのついさっきだけど、僕がこれの命を握ってたのは初めからだよ」
精霊魔法はまだ攻撃には使えないが、こちらは十分攻撃になることを確認できた。それだけでも戦った甲斐があったというもの。
「初めから……」
まだ理解し切れていないといった様子だが、これ以上の説明を今ははしない。
僕が命を握っていたのは初めから。そんなことを言ったのはつい先ほどの攻撃の特性が関係している。
『闇奏』が進化し、新たに『独自技能』となった『星夜奏』。
これの性能は一見以前と変わらない。いつも通り、あらゆる形に変化する黒い物体が創造できた。
だが、これは『独自技能』。何も変化していないわけがない。
そう思い僕はずっとこれまで魔王が来るまで、そして飛行しながらも極小サイズの黒い物体を創造して実験していた。
その結果わかったのは、『星夜奏』はかなり圧縮できる、ということだ。
大量の黒い物質を圧縮して、目に見えないサイズにまで縮められた。もちろんそこから元のサイズに戻すこともできる。
それを利用したのが先ほどの攻撃。魔物が見えた瞬間に、その圧縮した極小『星夜奏』を飛ばした。
そして魔物自身さえ気付かぬように口から体内に侵入させ、待機させた。
いわば体内に爆弾を抱えた状態。それを巨大化させれば、あっという間に体の内側からの攻撃で死んでいく、という寸法。
まさに命をこちらが握っている状況。試してから気がついたが、これは暗殺向きだ。
これを防ぐのは、少なくともそこら辺の魔物には無理。おそらく何も鍛えていない人間にも不可能だ。
その分僕の負担も大きいが。
気が付かれないように細心の注意を払わなければいけない上に、目に見えないサイズのものを操る負担。
これは『天骸』による思考の超高速化がなければ制御できなかった。
「『星夜奏』解除。 “風の精霊よ” “風の刃を我に” 『飛来する刃』」
最後に、真っ黒な棘を消し、実験体となった魔物を切り刻んだ上で落下させる。これほどの高度からだと凄まじい勢いがつきそうだ。
総括すると、色々な意味で『独自技能』の素晴らしさを体感できる有意義な実験だったと言える。
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