独立官
魔王と幻世樹を結んだ直線上、そこに僕は転移した。
全てがいつもと違って見える。いつも見慣れているはずの巨大な根も、動物の気配が全くないこの空気感も。
相変わらず魔王の服は豪華、それでいてそれがしつこい程でもない。自らを美しく魅せる、その方法をしっかり知っているのだろうコーディネート。
僕の方を見た魔王がピクッと一瞬揺れた気がした。
「……結論を聞こうか」
少し目線を僕の手にむけて何か動揺したような間ができる。そして暫くの空白ののち、本題である勧誘の可否について聞いてきた。
「勧誘を受けます」
「ほう。我軍に加わるか。ではまずここから離れよう。部下をこの樹の結界外に待たせているのでな」
ついてこいと言わんばかりに魔王は幻世樹の領域外に向かって歩き出す。
魔王について外に向かいながら、ふと後ろを振り返る。
初めてここにきた時と何も変わらず、天に聳える大樹がある。
僕自身はここにきてから大きく変わったと思っている。だが、この大樹は、この空間はそのままだ。
「私はな、お主がこの勧誘を受けるとは思っていなかった」
歩きながら魔王がポツリとこぼす。それにしても勧誘を断られると思っていたとは。あの自身たっぷりな調子からは全くそんな様子が感じられなかった。
「なぜ?」
「理由は単純だ。お主は不死鳥に愛されている。きっと手放さないだろうと。その手の甲にある金の紋様。それを見ればわかる」
金の紋様、それは僕が貰った祝福のことだろう。主さまは気軽に贈ってくれたが、この祝福にはその重みがあるのだろうか。
「それだけに私はお主を歓迎しよう。もうすぐ結界を抜ける。そこでお主の専属の紹介をしよう」
その言葉の通り、結界をいま通り抜けた。
これまで過ごしてきた、この世界においての故郷と呼べる空間からついに離れてしまった。
いかにも森と呼べる匂い、そして木々のざわめきが聞こえる。この感覚が妙に懐かしい。
なぜならこれらは決して幻世樹の領域にないものだから。どんな動物も魔獣も基本立ち入れない神聖な空間をぬけ、一気に「この世」にきた気分だ。
「……誰だ」
ふと目の前の景色に違和感を感じた。『天骸』による第六感のようなものが、確かに人の存在をとらえている。
一見しても何もない。誰もいない。だが明らかに人の気配がする。
「お主は見つけたか。おい、出てこい!」
「はっ!」
少し景色が揺れたかと思うと、魔王の前に1人の魔人が跪いていた。
何というか気配が薄い。見えているのにどことなく透けて奥が見えているような感覚がある。もちろん実際に透けてなどいないが、それだけ希薄。何か特殊な『技能』を使っているのだろうか。
「例のあれを持っているな? こやつに渡せ」
「はっ。こちらをどうぞ」
そうやって僕に向かって、赤い布に包まれた銀色の腕輪を見せる。手に取ると、見た目に反して非常に軽かった。
「これは?」
「軍の内部の地位を示すものだ。それには個人情報の登録や、緊急時の私への直通の連絡装置としての機能などがついている。離れたところに声が送れる」
身分証付きの小型携帯電話のようなものか。僕が作ってへノーに私たものと似ている。個人情報の登録などはできないから僕のより高性能だが。
止金部分を外し、僕の腕につける。細かい装飾が彫り込まれているので一見すると単なる装飾品のよう。
「魔王の名において、現時刻よりアオイを新たに独立官とする。これは正式なものだ」
「かしこまりました」
正式な、というのでしっかりと礼を取る。少なくとも失礼には当たらないように。
「その銀の腕輪をなくすなよ。それは場内でも警備の厳重な地点に立ち入る鍵ともなる」
「はい」
「……いや、違うな。言い方を変えよう」
取り扱いに注意しようと思ったところで、魔王が何故か違うといいはじめた。何かおかしいところがあったのだろうか。
「お主ほどの実力者に、無くすなというのもおかしな話だ。故に言い換えよう。奪われる前に、破壊しろ。よいな?」
「少なくとも余裕があれば必ず」
少しふざけた答えだ。だが考えてみてほしい。僕からものを奪い取るやつは、絶対に僕を殺せるやつだろう。
「なにか直近の仕事はありますか?」
「まずは城にいってからだ。基本連絡は専属を通して行う」
「わかりました」
「だが、一つお主に常に求めるものがある。振る舞いだ」
振る舞い。それはどのような意味での振る舞いであろうか。敬意を以て魔王と、といった類のものか?
「その地位は決して軽くない。それに相応しく、堂々と振る舞え。何もプライベートにそれを求めるわけではない。軍のものとしての行動の際には、他者が頼るべき者となれ」
そういう意味か。ある程度上に立つものがみっともなく慌てふためいていてはいけない、ということだろう。
つねに頼られるような人であるように、か。
そこまで高い地位であるという気はしないが、なるべく高待遇で迎えると言っていた。決して最底辺ではないのだろう。
果たしてどんな生活が待ち受けているのだろうか。




