王の来訪
幻世樹の周囲、その領域に侵入者が現れるなどなどほぼほぼあり得ない。
なぜならばここには、ここを知るものでなければ入れない、という結界があるからだ。
そして万が一何かが入ってきても、僕がそうであったように強制的に拘束され転移させられる。
どれもこれも森の頂点たる主さまが、自分の住処である幻世樹を守るための措置。
だから、今の状況は、本来あり得ない。あってはならないはずなんだ。
「どうした。そう怯えずともよい」
「……」
素人目にもわかる豪奢な服装。容姿を一般的に評価するなら、端正と言える。
頭から生える一本の山羊のようなツノ。初めてみたが、これが魔人という種族なのだろうか。
圧倒的な自信や余裕を感じさせる黒い瞳をむけ、目の前の女性が語りかけてくる。
僕が朝適当に魔物でも狩るかと森に行こうとして、声をかけられた。
おかしい。ありえないはずのことが起こっている。
ここは単なる森じゃない。
なぜこの女性はここにいるんだ。ここはまだ、幻世樹の領域。普通立ち入ることすらできない。
「なぜお主はここにいるのだ? ここは森の最深部、非常に危険だ。親にでも捨てられたか?」
なぜここにいるはこっちのセリフだ。僕はここで暮らしているからここにいる。だがそれはどうでもいい。
返答する余裕なんてない。
この目の前の女性は主さまの仕掛けた強制転移に抵抗できている。かなり、かなり強い。少なくとも僕よりは。
何か嫌な予感がして目に魔力を込めた。魂を観測するために。
「っ!」
声を上げそうだったが、ギリギリのところでこらえた。
目の前の女性の魂が、はっきりと見えたのだ。それが意味するのは上位の魂を持っているということ。
主さまのような霊獣と同格。単独で大陸を落とせる不老不死の生物。
もし相手と戦闘になったら僕に勝ち目はない。転移して逃げることすら怪しいかもしれない。
「なんだ? 何を怖がる。それよりここは危険だ。部下に送りとど……」
僕に近寄ってくる。
一瞬、強烈な光が走る。続いて大地を揺らす轟音。
僕より1mほど離れたところから、森も魔人も全て跡形もなく消し飛ばされていた。
『___客人、無事か!』
今まで見たどの瞬間よりも焦っている蒼い不死鳥が現れた。
「……何をする」
「!」
先ほど完全に消し飛ばされた筈なのに、何事もなかったかのように五体満足のツノの生えた女性が現れた。
少し顔を歪め、不機嫌そうだ。
今までは隠していたのか全くわからなかったが、膨大な魔力を周囲に撒き散らしている。
恐ろしい量だ。僕自身もほぼ無限に魔力を持っているが、この人は一瞬のうちに撒き散らす量が桁違いだ。
僕なんかとは出力が違いすぎる。
『貴様こそ何をしに来た。ここは我が領域だ』
しばらく両者が睨み合い、張り詰めて今にも切れそうな空気が漂う。
「…………そこの子供はどうした。魔人の子を食うというのならば私が相手になるぞ」
この場において、子供と呼べるものは僕しかいない。しかし主さまが僕を食べる? そんなわけないだろう。
『我が客人を食うわけなかろう。鍛えているだけだ。むしろこちらこそ手を出すならただではおかぬぞ』
「鍛えている? 不死鳥が鍛えたら大抵の魔人は死ぬぞ…………いや、魔人ではないな? 人間でもない。いうならば完璧に造られた人工の肉体だ」
完璧に造られた、か。この世界の美的感覚がわからなかったが、最低でもとち狂った見た目ではないことが確定した。
しかし僕は人間でも魔人でもないらしい。種族的に孤立しているのではないかという疑問さえある。
「不死鳥、まさか子を攫って肉体を無理やり改変させたのか? そうであったならば私は貴様と戦う義務がある」
少し緩んだと思った空気がまた張り詰める。
『我が子を攫う? するわけがない。なぜわざわざ面倒なことをする。魂をよく見ろ』
「魂がなにか…………なるほど。まさか中位とは」
何かに納得したかのように少し頷いている。
『我が何かしたわけでない。肉体を変えたのも本人だ』
「ではそこの者に挨拶をするとしよう。少々どけ」
『なに?』
「なんだ? 不死鳥は挨拶さえ見守らないと気が済まないのか? 出会い頭に吹き飛ばしてくれた礼をしても良いのだぞ?」
暫く睨み合った後、「手を出したらただじゃ置かない」と言い残して主さまが下がった。
常にこの2人の会話には棘がある。そこまで仲が悪いのだろうか。そしてようやくこの女性が誰なのかがわかる。
そして先ほどまでの空気はどこへ行ったのかと言うほどの優雅な雰囲気を醸し出し__
「では改めて、自己紹介を。私はフィブリオテーク。全ての魔人の王だ」
__衝撃の事実を告げられた。




