『鏡』
……誰かに抱きつかれてる気がする。
「……ん」
目を開けると予想通りの光景が広がっていた。
「……おはよう、ヘノー」
「……ユウキ?」
まだ寝ぼけているのか視点が定まっておらず、トロンとした目をこちらに向けてくる。
しばらくすると覚醒してきたのか、こっちをはっきり見て……目を見開いた?
「……どうしたの?」
「おき、たの? アオイ、大丈夫!?」
驚いているような、それでいて物凄い心配そうな顔でヘノーが迫ってくる。
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「また気絶してたんだよ! 最近アオイ倒れすぎだよ!」
倒れすぎか……それは否定できない。自分でも無茶をしているんだろうという自覚がある。
「ボク、すごい心配したんだからね!」
「……」
そうか、心配、か。僕を心配してくれる人が、ちゃんとここに居るんだ。
僕を殺したような、『英雄』のような奴もいれば、心配してくれる人だっている。
どれだけヘノーのような人がいることが嬉しいことか。
『客人、謝罪する。客人の肉体の限界を見誤った』
「いえ、別に貴方に殺された訳でもないですし、そんなに気にしなくて大丈夫ですよ」
『……そうか』
なぜかすごい微妙で複雑そうな声で返された。なんでだ?
『客人はもっと自分の心配をした方が……いや、いい。なんでもない』
「ん?」
『気にするな。それより、客人が試したあの修行法だが……』
あの修行法というのは、目に見えないサイズの『闇奏』を周囲に大量に作り出すやつのことかな?
「こうやって気絶してしまったので、次からは量を減らしてやりますね」
『そうではない。もうあれはやめろ』
「え?」
あの修行法はやめろ? なんでだ? そんなに危険なのか?
「大量に操るのは難しくても、少量なら安全なんじゃ……」
『そういう問題ではない。客人の肉体の限界だ』
「肉体の限界?」
『すでに客人は高速思考の技能を獲得している。だが、それでも昨日気絶しただろう』
何か、嫌な話の流れだ。
『技能』があっても気絶した? だから、この修行をやめる? なぜだ?
何か僕にとって非常に嫌な理由が奥にあるような気がする。
嫌な話の流れだ。
『わかりやすく言おう。客人の才能の限界だ。これ以上鍛えたところで、伸びはしない』
「……」
『落ち込むなよ。同時に操る数が頭打ちというだけで、他に伸ばすものはいくらでもある』
「……」
『たった一つの才能の限界を迎えただけだ。そう、深く考えなくてもいい。まだいくらでも可能性はある』
「……才能の、限界か」
いくらでも鍛えれば伸びる、そういうわけではないのか。才能の限界か。
僕が落ち込まないように、主さまが色々言ってくれている。でも、そんなのはどうでもいい。
いくら鍛えても、これ以上は無理なのか。
「……主さま、一つ聞きたいことが」
『なんだ? 我に答えられることならなんでも教えよう。客人を鍛える、と誓ったからな』
「才能の限界と言いましたね。それは、『僕』という存在の限界なのか、それとも『僕の肉体』の才能の限界なのか、どっちですか?」
『……後者だ』
「なるほど。ふふっ、後者か」
『僕』という存在そのものの限界というわけではない、と。この身体の問題か。
『おい待て客人、それは!』
あ、主さまは僕の考えてることがわかったらしい。すごいなぁ。
いろんな『技能』のことを知ってて、僕の体の才能の限界まで見抜くなんて。
「でも主さま、こうすれば、何も問題はないんでしょ?」
『理論上はそうだ。だが客人、それはあくまで理論上。客人が使うには危険すぎる!』
「ええ、理論上、危険ですね」
主さまはどうやら全力で止めようとしてるみたいだ。でもこれしか手段はないし。
僕もそんなのんびり強くなりたいわけじゃないからな。少しのリスクくらい、どうでもいい。
「アオイも主さまも、なんの話してるの〜?」
「ん? 僕が強くなるために、『技能』を使うかどうしようかな、って」
『客人、本当に、鏡を使う気か?』
明確に答えず、ニコッと笑っておく。
『封ジラレタ鏡』
僕が持っている中で、トップクラスで性能が狂っているものの一つ。
効果は主さまに教えてもらった。肉体を、改造する。それだけのもの。
自らが望む姿になれる。最大限の才能を引き出した完璧な体にも、究極の身体能力を持つ体にもなれる、素晴らしいチートスキルだ。
どんな姿にもなれる。
何もかも失った、醜い化け物になるリスクと引き換えに。
素晴らしいと思わないかい?




