肉体の限界
『そういえば客人は高速思考の技能を持っているのだったな』
「はい。『忌ムベキ剣』を使った時に手に入れました」
『なら、あの闇の色の破片を常時100ほど出し続けてみてはどうだ? いい訓練になるはずだ』
「常時……」
100くらいなら簡単に操れるが、常時となるとどうだろう。試したことがないからな。
「じゃあ試しにここで……」
『ああ待て、ほんの小さな欠片でやれ。小刀を100も出す必要はない』
じゃあ今着ている服から分裂させて、ホコリのようなサイズで生み出そう。流石に刃物を常時浮かべてたら邪魔で仕方がない。
まず一つ、二つと『闇奏』で作り出して、僕の周囲に浮遊させる。
『……そろそろ100になるはずだ。どうだ?』
しばらく増やし続けると、主さまに声をかけられた。
「まだまだ余裕です」
前に億単位で操ろうとした時に比べればどうってことはない。ただ埃を100個同時に動かせばいいだけだ。
『高速思考』のおかげか全く負担に感じない。
『では、そこから立ち上がって歩いてみよ。もちろん、己の周囲に黒の破片を浮かべたまま』
……少しコントロールが大変になるな。立ち上がった時もそうだが、自分の体が動くのに合わせなきゃいけない。
「全体的にできないほどでもないです」
『そうか。では、その黒の破片をさらに細かくしてみろ。目に映らぬ程まで』
「自分で見てもわからないくらいですか?」
『そうだ。ただし空間網を展開してしっかりと位置は把握しろ』
『空間網』か。空気中のどうでもいい埃とかまでわかるからあんまり好きじゃないんだよな。情報が膨大すぎる。
だが強くなる為にそんなことは言ってられない。情報が多すぎるなら絞ればいいだけだ。
「__『空間網』展開、『高速思考』の出力最大、『闇奏』の精密コントロール開始」
集中しろ。
本当に細かく『闇奏』をバラしていくんだ。
今の小さな埃サイズのを、さらに100に分割しろ。……これでもまだ大きすぎる。肉眼で確認できる。
「『闇奏』、さらに百に分割__成功したか」
これでもまだ小さくできる。『空間網』で1000000の『闇奏』をしっかり捕捉する。
「__さらに百分割……いっ!」
鋭い痛みが僕の頭を襲う。小さいもののコントロールは難易度が上がるのか。これくらいできそうだったのにな。そろそろ脳が限界なのかもな。
どうせならもっと性能のいい思考加速の『技能』が欲しいなぁ。
さて、現実逃避はここまでに。
今空気中にある分だけでもしっかり制御しないと、誤って呼吸と同時に吸い込みかねない。
それだけならまだいい。今空気中にあるのは見えないだけでかなりの量になっている。
それぞれ近くの『闇奏』同士で結合して、暴走して猛スピードで襲ってきたら対処できない。
『客人? 大丈夫か?』
「……」
できれば話しかけないでほしい。
空気中に散らばっている大量の『闇奏』を制御しているんだ。会話話する余裕なんて正直ゼロだ。
『汗がひどいな。みたところ頭痛もあるのではないか?』
「……」
答える余裕などない。なんとか目線だけで肯定の意を示す。
『制御し切れないのか。ならば、先ほどやったのと逆のことをやれ。どんどん集積してくのだ』
さっきからやっている。だが、意図的な結合は分割よりはるかに時間がかかる。
簡単に言うと、バラバラにするより、一つにまとめる方が難しい。
これを紙粘土だと思うと当然のことかもしれない。粘土をバラバラにするのは、ひたすらちぎっていけばいい。
逆に、一つにしようと思うとまずバラバラのものを探すことから始めなきゃいけない。
下手すると乾いていてもうくっつかなくなってるかもしれない。
こんな風に、『闇奏』もバラバラのを一つにする方が難しい。
『おい、客人? 大丈夫か? 顔が真っ青だぞ?』
主さまの声が遠くに聞こえる。
『待て、客人の肉体の限界……』
だんだん声が聞こえなくなってきた。
主さまが慌ててる……? なんで、だ、ろ………………




