忌まわしきその剣 ⑤
「う゛っ……はあっ、はあっはあはあ………」
頭がはち切れそうだ。吐き気がして、心臓の音がうるさくて、呼吸が乱れて、視界が暗転し初めて、立っていられなくなる。
いいかげんやばくなってきた。
『闇奏』が多すぎる。こんな量を、人の身でコントロールするのは無謀だったか。
だが、今ので十分だ。
今や草原は真っ黒な『闇奏』の破片に覆われている。それも太陽光すら地面に届かない密度で。
鼻血が出てきて、節々に激痛が走り始める。
それでも、今だけは全ての痛みを無視してコントロールに集中する。
「……頃合いか。周囲の、魔物を……殲滅しろ!」
___億を超える黒の欠片が、大きく、そして高速で渦巻き始めた。
魔物を殺し尽くすのが先か、僕の頭が限界を迎えるのが先か。地獄のギャンブルだ。
「はぁっ」
あたり一面に広野が広がる。見渡す限り、全ての場所に切り刻まれた魔物の屍がある。
身体中強烈な寒気がする。ステータスの変化を知らせているのだろう。
歩くのも億劫なほど疲労が溜まっている。
それでも僕は動けている。死んでない。
腕からも足からも頭からも血が出ているが、死んでない。
「剣は……あそこか」
死んだ魔物の血の湖の中で、相変わらず剣は禍々しく光輝いている。
まだ戦いは終わっていない。早く剣のところに。忌まわしきあの剣が魔物を生み出す前に。
疲れすぎてて、早く歩けないのがもどかしくてたまらない。ジャブジャブと音を立てながら近づいて行く。
「……触れた………」
傷だらけの手で『忌ムベキ剣』をしっかりと掴む。見た目に反して、その剣はとても軽かった。
もう、魔物が吐き出されることはない。
「ああ」
剣が儚く消えて、僕の中に吸い込まれていった。
達成感と共に、今まで無視していた疲労と猛烈な頭痛が襲ってきた。
疲れた……意識が、もう…………
座ったまま意識を失っているアオイの横に、一体の霊獣が舞い降りた。
『全く、無茶をしたな。下手すれば己の肉体が耐えきれずに四散していたぞ』
咎めるような内容とは裏腹に、穏やかな顔つきでアオイを見つめる。
『我は言っただろう。他の技能も使え、と。なぜ黒の欠片だけで全ての魔物を片付けようとしたのやら』
そう言いながらアオイに治癒の炎を纏わせる。万が一にも傷が残ることのないよう、丁寧に、全て包み込むように。
『それにしても神の名も持たぬのに、あれだけの数を操るか。流石に屍を冠するだけのことはある』
神の名、それは何百年、場合によっては何千年かそれ以上の死闘を続けたもののみが手に入れる、至高の『技能』。
この霊獣も、昔は魔物であった。だが、数えるのも億劫なほどの死線を抜け、そして最後に神の名を冠する『技能』を手にした。
その恩恵は莫大。霊獣を霊獣たらしめるのもその『技能』。絶対的な戦闘力をもたらし、その生物を不死とする。
さて、今度は屍の名を冠する『技能』について考えよう。その効果をアオイは『転生できる』と考えている。
だが、その考えは正確ではない。正しくは、『神の名を冠する技能の一部能力を使える』だ。
もちろん神の名を持つものとは天と地ほどの差がある。いわば下位互換。絶対に埋められない差がある。
それでも、ほんの一部だけでも神の名をもつものの力を使える。それがどれほどのことか。
アオイはまだ知らない。
なんの戦闘経験もなかった時から、『屍ニ生キル』を獲得していたと言うことの意味を。
アオイはまだ知らない。
不吉だ無能だと騒がれた原因が、実はほんの一握りの、極々一部の天才の証であることを。
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