主さま
『では屍の名を持つのか』
「!?」
屍の名を持つ、それはつまり僕の『職業』の『屍ニ生キル者』を指しているのか!?
『そうか。果たして屍の名を持つものが現れるのは幾年ぶりであろうか……』
まるで独り言のような物が聞こえた。幾年ぶり、つまりこの『職業』を知っているのか!?
『では、改めて問おう』
「っ!」
その質問と同時に威圧感が溢れ出す。絶対に嘘は許さぬとでも言わんばかりに。
気を少しでも緩めると気絶してしまいそうなほど。今まで対峙してきた魔物なんて比べ物にならない。
『貴様は、何用で、幻世樹の領域に足を踏み入れた』
圧力に負けて今にも屈服してしまいそうだが、なんとか声を絞り出す。
「………知り、ません」
『知らぬと申すか。ならば如何にしてこの地に辿り着いた。この地を知らぬのであれあばその目に樹は映らない』
「……」
なんと言われようと答えは変わらない。答えられない。
『幻世樹の領域』がどこか知らない以上、どのようにと聞かれても何も言えることはない。
「………そもそも、ここは、どこなんですか」
『ここは幻世樹の領域に無断で足を踏み入れた者が強制的に送られる空間だ』
ヘノーと話している時の『告害』の警戒はそれが原因だったのか。
敵もいないのに猛烈に危機感だけがあったのも強制的にここに送られそうになったからか。
どういう仕組みでそんな仕掛けをしているのだろうか。召喚があるくらいなのだから踏み込んだ相手を強制的に飛ばす術くらいありそうではある。
どちらにしろ目の前の相手が何かを仕掛けてきたのは変わらない。
さて、貴様はなぜ領域に入り込んだ。そんなことを続けてまた聞かれる。
「……ここが幻世樹の領域と言うのは今初めて知りました。歩いていたら着いた、としか言いようがありません」
『歩いていただけで着くわけがない。ここはそういう場所だ』
堂々巡りだ。このままだと埒が開かない。まず幻世樹とはなんなんだ。
「……貴方は誰なんですか」
なんとか現状を変えようと苦し紛れにした質問だったが、思わぬ回答がやってくる。
『我はこの森の頂点、幻世樹に住む者だ』
「え?」
この森の頂点? この目の前のがヘノーが言っていた『主さま』なのか?
もしこの目の前のが主さまだとしたら、幻世樹というのはあの超巨大な木のことなのか? でも主さまは人間なんじゃ……
「………ヘノーを知っていますか?」
『なぜ貴様があの子の名を知っている』
問いに問いで返された。だが、ヘノーのことは知っているんだ。
「この森の『主さま』ですか?」
『確かにあの子からはそう呼ばれている』
「僕はそのヘノーと一緒にここに来たんです」
『なに?』
一瞬だが目の前の、もとい主さまの動きが止まった気がする。ようやく問題解決の糸口が見えてきた。
「嘘だと思うならヘノーを呼んでください」
『………いいだろう。ただしあの子に傷をつけたのならば貴様の命はないと思え』
それと同時に主さまの炎の一部がドームの天井近くまで昇っていく。その途中で何本かの細い炎の線に枝分かれし、複雑な幾何学模様を編み出している。
どうにも召喚された時の模様に似ている。あの国王を思い起こすと嫌な気分になってしまう。
そうこうしているうちに幾何学模様が光だし………
『アオイ〜!』
元気なヘノーが飛び出してきた。
『ごめんね。樹に近付こうとすると転移させられるの忘れてた』
「できれば忘れないで欲しかったなぁ」
こんな大事になる前に先に言って欲しかったのが正直なところだ。
『ヘノー、君の招いたもので間違いないか?』
『うん、そうだよ主さま』
僕の肩に乗るサイズのヘノーと燃え盛る巨大な鳥の主さまが仲良く話しているのはチグハグ感がすごい。
でもなんかヘノーを見てるとほっこりする。
『そうか悪かったな客人。幻世樹を狙う愚か者が後を絶たないもので我も神経質になっていたようだ』
そう言いながら羽をサッと一振り。僕を拘束していた光の輪と十字架は消え去った。
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