幻想的な大樹
『もうすぐだよ〜』
初めてヘノーにあったところから一時間ほど歩いた時、ようやくもうすぐと言える距離になったらしい。
「そういえば主さまってどういうとこに暮らしてんの?」
わかりやすくこの川のそばの小屋住んでいるとか洞窟の中とかそういうところなのか。
それとも森の中のどこかと言った感じに毎日移動してるのか。
今までヘノーが魔人ではないって言っていたから人間なんだろうけど、危険な森の中の生活ってどういう物なんだろう。
『主さまはね〜木に住んでるんだよ』
「木?」
木に住んでる? 人間が? ツリーハウスとかそういったところに住んでるのかな。
『ほら、あの木だよ〜』
「どの木?」
『ほら、あっちのでっかい木』
「ああ、あれ………え?」
さっきまで木の影に隠れていたのか見えなかったが、ようやく見えた。が、巨大。この一言に尽きる。
超高層ビルを余裕で超すような大樹。
その葉の大きさだけで、おそらく大型のバス一台以上はある。
本当に御伽話の中でしかみないような、凄まじく大きな木。
その周辺にはところどころ普通の木が生えているが、巨大な木の根が地面の多くを覆っている。
まるで大樹を中心にした超巨大な広場のようになっている。この森そのものが、目の前の大樹のための庭園のようにも思える。
「この木光ってる?」
『よく気づいたね〜。ボクは初めてみた時は気のせいだと思ったよ』
なんとなくだが光ってるような気がしてボソッと言ったのにヘノーが反応した。
どうやら勘違いでははなく本当に光っているらしい。夜にここを見たらさぞかし幻想的で美しい風景が見られることだろう。
それに、今の光景だって十分常識から外れている。何せ、この大樹には影が存在しない。
正確には、あるけどものすごいうっすらとしたものしかない。
普通のビルの場合、太陽が当たって、大きな影ができる。だが、この雲の高さまである木には、一つの影も存在しなかった。
葉の重なりあう影も、大樹の幹の影も、何もない。あるにはあるがとてもうっすらとしている。
まるでこの木はここに存在するけど、だけどどこにも存在しないような儚さを纏っていた。
それ自身が光っているからだろうか。
「なんで気がつかなかったんだろう」
こんなに大きい木があれば絶対に別の場所から見て気がつくはずだ。なのに僕は今の今まで気が付かなかった。
この体の元の人格の記憶にもこんな大樹は存在しない、はず。
余談だが、この体の元の人格の記憶はだんだん薄れている。僕の記憶と混ざるとかじゃなくて、完全になくなって来ている。
これで『僕』と元の人格が混ざるとかになったら面倒だったが、そんなことはなくもう完全にこの体は『僕』のものになって来ている。
『アオイが見えなかったのは主さまがここに結界を展開してるからだよ〜』
「結界?」
『なんか遠くからだと大樹に気付けないらしいよ』
結界を使うと外から見えなくなるのか。その結界も主さま、が作っているとなると、主さまは相当強力な『技能』を所持しているのか。
少なくとも僕の今使える『技能』のなかでこんな巨大な木を覆い隠せるほどの範囲に効果が及ぶものはない。
そもそもこの大樹はなんなんだ。この世界の木は地球と大して変わらないこはず。今まで森を歩いていても、こんな規格外な木はなかった。
この大樹だけが、異質。
いや、こんな木に住んで、この木の周辺を他から見えないようにしている主さまというのも何者なんだろう。
「………主さまってこの木のどこに住んでるの?」
巨大すぎてどこに人が住んでいるかなんて全くわからない。この木の根のうちのどこかのそばに家があるのだろうか。
『主さまがいるのは………』
「っ!」
『告害』から過去最大級の警告が発せられた。
今すぐに逃げ出さないと危険だ。だけど逃げても無駄。どこまで逃げようとコレは避けられない。
そんな確信めいた予感が僕を駆け巡る。本能が嫌というほど悲鳴をあげる。何が襲って来るのか、全くわからないのに危機感だけ募っていく。
そして、ヘノーの言葉、主さまがどこに住んでいるのかは最後まで聞くことはできなかった。
なぜなら、僕の意識が途切れてしまったから。




